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何もしなくても欲しいものが手に入るのは、ほんの一握りの人間だけ。欲しいと思ったものが努力次第で手に入る人間もいれば、どんなに努力しても手に入らない人間もいる。

努力じゃどうにもならないならどうすればいい?諦めればいい?それとももっと努力すればいい?

幼い頃、何も持っていなかった僕に『手に入れる方法』を教えてくれた名前も知らないその人に、僕は感謝している。感謝しながら、全てを奪ってあげた。

努力しても駄目なら、努力の方向性を変えればいい。僕と同じものを欲しがる人は蹴落として、必要なら貶めて・・・

欲しいものはどんなことをしてでも手に入れる。そういう覚悟を持った人間が、欲しいものを手に入れられるんだ。


「ねぇ、あの子は誰?」

何も持っていなかったあの頃よりも大人になった僕は、今の『巣』である『掃除屋団体』の先輩に連れられて血と油と薬莢に塗れた現場の後片付けをしていた。

現場から少し離れた場所で何処かに電話をしている褐色肌にミルクティーみたいな金髪をもった若い男。その男がいる方を見て言えば、先輩は気だるげな表情で僕が見ている方向を見た。


「あ?あー、確か探り屋のバーボンとか言ってた気がするな。例の組織の幹部だから、あまり関わり合いになるなよ」

「・・・ふーん」

例の組織とは、掃除屋団体によく仕事を依頼してくる裏でも有名な組織のことだ。

金払いはいいからとよく仕事を受けているらしいけれど、それ以外の付き合いはない。何でも、深く関わり過ぎていいことなんてないから、らしい。

掃除屋はただ黙々と『掃除』をすればいい。先輩は「ほら、手を動かせ」と僕に向かって黒いゴミ袋を差し出した。僕はそれを受け取りつつ、バーボンという男に向けていた目をゆっくりと細めた。


欲しいなぁ。

何となくそう思った瞬間、それからの僕の行動は簡単に決まった。




「こんばんは」

「・・・おや、僕に何か御用ですか?」

お洒落な夜のバーに不釣り合いな作業着姿の男。

表情の動きは少ないものの、少年のようなあどけない雰囲気を持つその男に声を掛けられたバーボンは、小さく微笑みを浮かべる。

このバーが『そのスジ』の人間が多く集まる場所であることはバーボンも事前の調べで分かっている。この作業着姿の男もその類なのだろう。現に、彼が現れると同時にバーのマスターが慣れた手つきでバーボンが座るカウンター席の隣にウェルカムドリンクらしき酒を一杯用意した。

男本人も慣れた様子で椅子に座り、酒を一口。


「見たことがある人がいたから、つい声をかけたんだ」

「以前何処かでお会いしましたか?」

「一方的にね。僕、お掃除するのが得意な団体に所属しててね。組織からよく後片付けを頼まれるんだ。何度かそういう現場を見たことない?」

「・・・あぁ、そういえば腕の良い団体がありましたね」

濁しているのかいないのか、曖昧な言葉で自分の身分を明かした男は「一人で飲むのって寂しいよね、付き合ってよ」と少しだけ口角を上げる。バーのマスターが、入口のガラス扉のプレートを『CLAUSE』へと変えた。

バーボンの中での警戒心が高まる。男はそんなバーボンに気付いていない様子で「お酒、頼まないの?」と聞いてくる。

バーボンが組織の人間だということは男も知っているだろう。バーボンも掃除屋団体のことは知っている。が、男個人のことはまるでわからない。


「では、貴方のおすすめを。ご存知だとは思いますが僕はバーボン・・・よければ、お名前をお伺いしても?」

「名前だよ。掃除屋団体ではそこそこ長くいるから、何か仕事を頼みたい時は僕の名前を出せばいい。マスター、彼に僕のお気に入りをあげて」

偽名かもしれないが、あっさりと明かされた名前にバーボンは思わず目を細める。

掃除屋団体の存在は前々から知っていた。忘れられない、数年前に裏切者として処理されたスコッチの遺体を『処理』したのは、目の前の男が所属する掃除屋団体だ。

ジンが有無を言わさずスコッチの処理を掃除屋団体に丸投げしたせいで、スコッチの遺体は古巣へ帰ることすらできなかった。

名前という男から見えない位置で拳を強く握りしめたバーボンは「では、その時は是非お願いします」と笑みを浮かべる。

バーボンの目の前に酒が置かれる。


「ラムコーク、ですか」

「甘くて飲みやすいから。それに、酒言葉も気に入ってる」

「『もっと貪欲にいこう』、でしたっけ」

名前の目が嬉しそうに細められる。

「そう。貪欲っていい言葉だよね。短い人生だもの、欲しいものは手に入れてこそじゃない?」

「ふふっ。えぇ、僕も仕事柄、そう思います」

同意を得られたからか、男は機嫌良さげにウェルカムドリンクを飲み干し、バーボンに勧めたものと同じラムコークを注文した。


「・・・此処にはよく来るんですか?」

「職場の先輩によく連れてきてもらうんだ。僕は口が軽いから、余計なことを言わないようにって先輩が手を回してる。おかげで、普段は寂しく一人酒を飲むしかないんだ」

「おや、なら僕は良かったんですか?」

「んー・・・いいんじゃないかな」

適当な返事。何か裏があるはずだと睨むものの、この様子じゃ幾ら探ろうとも適当な返事しか返ってはこないだろう。

仕方なしにバーボンが名前の所属する掃除屋団体のことについて尋ねれば、驚くほどあっさり内情を明かしてくれた。

可能であれば団体が処理したスコッチの遺体の行方を知りたい。バーボンは少しずつ話題を団体の内情から『掃除の内容』へと移していった。

組織が生んだ死体の処理は団員複数で行うが、幹部や重要人物の遺体の処理は担当が決まっている。余計な情報を漏らさないための配慮、ということらしい。

では貴方は誰かを担当したことがあるんですか?というバーボンの問いかけに、名前は「まぁね」と頷いた。本当にあっさりと情報を与えてくる。


「スコッチ、っていう幹部の後片付けを頼まれたことがあったんだけど」


バーボンの呼吸が止まりかけた。スコッチの遺体の行方を知りたいとは思っていたが、まさか目の前の男がスコッチの遺体を処理した人間だとは思わなかったのだ。

「状態は綺麗だったし、バラして臓器でも売ろうかなって思ったんだけど、その後別件で忙しくなっちゃって、うっかり忘れてたんだ。もう臓器も売れるような状態じゃなくなっちゃったし、勿体ない事をしたよ」

「へぇ・・・それは残念でしたね」

声のトーンの変化に気付いた男が首をかしげる。

「スコッチは元幹部だし、当然知り合いだよね?」

此処で嘘を吐く必要はないと「えぇ」と頷いたバーボンの心は冷え切っていく。目の前の男はスコッチの遺体を金儲けの道具としか思っていない。何て下劣な、なんて劣悪な・・・バーボンは今すぐにでも男を罰してしまいたかった。

「・・・それで、スコッチの遺体の処理は済んだんですか?」

「それがねぇ、まだなんだ」

「まだ?スコッチの遺体はまだ貴方のところにあるということですか?」

少し、ぽかんとしてしまった。

スコッチが死んでから既に数年経過している。おそらくバーボンが最後に見た姿とはまた変化しているだろうが、それでもまだスコッチの遺体が手に入る場所にあるのだと知ったバーボンの意識は、完全に『スコッチ』に支配された。

その様子を目にした名前が、ほんの少しだけ目を細める。


「あるよ。後片付けを頼まれてたのに、それがまだ済んでないって組織にバレたら不味いでしょ?」

「それを、その組織の幹部である僕に言ってもいいんですか?」

「んー。バーボンだから教えてあげたんだ。・・・仲良かったんでしょ?スコッチと。知り合いに聞いた」

「まぁ、確かに彼がまだ裏切り者と知らなかった頃は比較的馬が合っていたと思いますよ。彼、誰とでも合わせられる特技のようなものも持っていましたし」

名前の言う『知り合い』が誰かを後で調べる必要があるが、それよりも先にバーボンはスコッチの遺体の居場所を知りたかった。

「裏切者の遺体になんて本来興味はありませんが、彼の遺体がまだ残っているならそこからわかることがあるかもしれません。良ければ、スコッチの遺体を見せて貰えませんか?」

「んー、どうしよっかなぁ」

「もちろん、遺体がまだ処理されていなかったことは誰にもいいません」

少し必死過ぎただろうか、とバーボンは自身を押さえようとする。しかしそれは上手くいかない。

名前もバーボンの必死さには当然気付いている。現にその口元にはしっかりとした笑みが浮かんでいるのだから。


「見返りが欲しいなぁ」


ぽつりと呟くように名前が言った言葉に、バーボンは「遺体のことを黙っていること以上の見返りですか?」と少しの脅しを含ませる。しかし名前はこれっぽっちも気にせず笑みを深める。

「わかるとは思うけれど、僕は善人でもなければ聖人君子でもない。バーボンが見たいって言ったからって、簡単に見せられるわけじゃない」

「どんな見返りをお望みですか?」

金か地位か、何らかの情報か・・・名前は「んー」とわざとらしく考える素振りを見せると、これまたわざとらしく「そうだ」と言って笑った。

「バーボンが欲しい、って言ったらどうする?」

思わず浮かんだ表情に名前は「あはっ、嫌そうな顔」と笑う。初めてバーボンが見た名前は表情の動きが鈍かったが、今はそんなこと嘘のようによく笑っている。まるでこの状況が楽しくて楽しくて仕方ないとでもいうように。

「まぁその話は追々。噂じゃスコッチの古巣はいまだにわからないらしいね。前の現場で会ったそっちの下っ端が喋ってくれた」

「えぇ。だからこそ、スコッチの遺体から情報を得たいんです」

「ふーん・・・でも実は、僕はスコッチの古巣はなんとなく予想がついてるんだ」

「・・・・・・。・・・それは本当ですか?是非、僕にも教えてください、貴方の予想を」

名前は「簡単な話だよ」と笑う。楽し気に。


「僕らの団体が仕事をするのは、何もそっちの組織相手だけじゃない。ちょっぴり知り過ぎたからという理由であっさり巣から追い出されてしまった可哀想な雛鳥が害鳥に成長しないように、処分工程を丸々依頼してくるお客さんもいる。・・・丸投げしてくるのは、表の組織が多い」

殆ど手が付けられていないバーボンのラムコークは既に全ての氷を失っている。

「少し前にね、先輩が一人の男を処理したんだ。上司と一緒にちょっぴり違法な方法で金儲けをしていたんだけれど、それがバレてしまいそうになった上司が部下であったその男をあっさり切り捨てたんだってさ。その男の身分がね、とっても面白いんだ」

「・・・誰だったんですか?」

「ふふっ、公安警察だって。警察なのに、金儲けの方法は裏の人間よりえげつないって先輩も吃驚してたよ」

「処理された元公安警察官が吐いたんですか?その、えげつない金儲けの方法って奴を」

「死ぬのが嫌だからってぺらぺら勝手に喋ってくれたらしいよ。殺さないで、知ってる情報は全部話すし、必要なら手足にもなるから。だって」

バーボンの記憶している中で、最近謎の死を遂げた公安の仲間はただ一人。

かつてスコッチの連絡係を務め、スコッチが死亡した時にはバーボン・・・降谷と同じように悔しそうに涙を流した部下。

「本当にえげつないよ?」

「構いません。どうぞ」


「ふふっ・・・仲間をね、お金欲しさに潜入先へ売ったんだって。命乞いをするときも、自分が知っているNOC情報も公安内部の情報も全部話すから!って、必死だったらしいよ。まぁ、先輩はそういう情報には興味ないから、あっさり処理しちゃったらしいけれど」

バーボンの思考が停止した。


「警察って怖いよねぇ。命がけで悪の組織に潜入してる仲間を、自分の利益のために切り捨てちゃうんだから」

名前の言葉を聞きながらバーボンが思い浮かべるのは、涙を流すかつての部下の姿。けれどそれは嘘だった。涙の裏で、かつての部下は何者かと手を組んで、スコッチを陥れた。自分の利益のために。

「もう僕スコッチが可哀想で可哀想で・・・ねぇ、聞いてる?バーボン」

「聞いて、ます」

「やっぱりバーボンも驚くよね。これじゃスコッチが報われないよねぇ、ほんと可哀想」

潜入捜査は生半可な気持ちで出来る者じゃない。何度も何度も心が砕けそうになりながら、じりじりと心をすり減らしながら、国のためにと何とか歩んできた。

それを、あっさり切り捨てられた。


「その男が売ったのが、きっとスコッチ。もしかしたら別の人の可能性もあるけれど、僕の中ではスコッチでまとまったんだ」

「・・・そうですか」

「長い事処理せずにスコッチを手元に置いてたからさ、結構愛着がわいてるんだ。お気に入りのお人形、みたいな?そのお気に入りをかつて酷い目に合わせた奴が、なんとなく気に入らなくてさぁ・・・ねぇバーボンは探り屋なんでしょ?僕個人からの依頼なんだけど、スコッチをこんな目に合わせた奴らを全員見つけて欲しいんだ」

「スコッチをこんな目に合わせた奴らを・・・」

「ね?かたき討ちしよう。バーボンだって、仲が良かった人が酷い目にあわされたら嫌だよね?一緒に協力して、正義面した悪人を退治しようよ」

名前はかたかたと震えているバーボンの手で両手でぎゅっと握り締めた。

そして光を失いかけているその目をじっと見つめ、にっこりと微笑む。

「これは僕からの依頼であってバーボンの意思とは関係ない。受けるも受けないもバーボンの自由。けれど、受けないともうスコッチには会えないよ?どうする?」

「スコッチに会えない・・・」

「かたき討ちは僕の意思。スコッチに会いたいのはバーボンの意思。悪い事なんて何一つないよ」

悪い部分は全部名前のせいにしてしまえばいい。バーボンが望んでいるのは、親しかったスコッチに会いたい、たったそれだけ。

スコッチに会いたいがために、スコッチを裏切った輩を排除する。スコッチにも会えて、悪人を排除できることはとてもいいことのはずだ。


一度停止した思考が、あまりよくはない方向へと動き出す。そうして、何時の間にやらバーボンは「・・・えぇ、いいでしょう」と頷いていた。

名前は嬉しそうに笑いながら握ったままのバーボンの手をぶんぶんと振る。

「有難うバーボン!僕も可能な限り手を貸すから、バーボンも気兼ねなく僕に頼ってね」

「えぇ、そうさせて貰います」

当初より幾分か穏やかに笑うバーボンに、名前は笑みを深めた。




もっと貪欲になるために




「せーんぱい、この間は素敵な情報流してくれて有難う」

「・・・別に。あの程度でお前を団体にとどめておけるなら安いもんだ」

「スコッチの件を譲ってくれたのも感謝してる。おかげで、欲しかったものが手に入りそうなんだ」

「団体をあっという間に掌握した悪魔のような男が次は何を欲しがるかと思ったら、まさか警察の人間なんてな・・・」

数年前まではただの下っ端だった目の前の男は、立場こそ下っ端のままではあるが、実質掃除屋団体を掌握してしまった。先輩と呼ばれてはいるものの名前に逆らうことが出来なくなっていた彼は、今から名前の手中に収まるであろう警察官の男に、心底同情した。




お相手:バーボンまたは降谷零
シチュエーション:男主は裏の人間で、バーボンが欲しくて下衆な手段で堕とそうとしていく。正体知ってても知らなくてもいい。な感じでお願いしたいです!

スコッチ(遺体)を使ってバーボンを手に入れようとする悪魔のような男の話でした。
スコッチの死の原因が仲間に売られたことだと知り情緒不安定になった降谷さんを慰めるフリをしてちょっとずつ堕としていく。ゲスい。


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