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※『我らが愛しの弟が生き残れる術を探せ』番外編。


「・・・あ゛っ」

何度も何度も死んだエースは、何度も何度もその夢を見る。

自分を助けるために死んだ仲間のことも夢に見る。目の前で死んだ仲間、それを助けることが出来ずに死んだ自分。

恐怖のあまり飛び起きたエースの身体は全身汗でぐっしょりと濡れていた。

もう一度寝てしまえば夢の続きを見てしまいそうな気がして、エースはもう目を閉じることが出来なくなった。

仕方なしにベッドから抜け出し、失った水分を補給しようと食堂へと向かう。

普段仲間たちの声がひっきりなしに聞こえる賑やかなモビーの中は夜間であることもあってとれも静かだ。エースは声を殺しながら、食堂の扉を開いた。


「どうかしたのか?エース」


食堂の椅子に腰かけた名前が、エースと見て声を上げた。

誰もいないと思っていたはずの場所で声を掛けられたエースはその肩を軽く揺らし、名前を見る。

「・・・水を飲みに」

「そう。てっきり、おなかが空いて食糧を漁りに来たのかと思った」

小さく微笑む名前を後目に、エースは目当ての水をグラスに注ぐ。グラスに注ぎ終わった当たりで、名前が「エース」と呼びかけた。

「ちょっとこっちにおいで、エース」

ぽんぽんと隣の席を叩く名前を拒絶する理由はなく、エースは水の入ったグラスを手に名前の方へと向かう。

席に着いたエースの背にそっと名前の手が添えられた。

「何か悪い夢でも見たのか?」

「・・・見た」

どうやら目の前の兄貴分には何でもお見通しらしい。エースが素直に頷けば、どうやらエースが見た夢の内容まで何となく予想がついてしまったのか、名前は静かに「別の何処かの、エースとは関係のない出来事だ。気にするようなことじゃない」と諭すように言う。

「けど、実際にあった出来事だ」

「難しいことを考えるもんじゃない」

「名前だって死んだ。俺のせいで」

「エースのせいじゃないさ。頼まれてもないのに、勝手なことをしたのは俺だから」

優しく優しく背中が撫でられる。飲もうと思っていた水に口を付けず、エースは水面を睨み詰めるように見つめていた。


「飲まないのか?エース」

「・・・名前だって、寝るのが怖い癖に」

ぽつりとエースが呟いた言葉に、名前の手が止まった。

「眠るのが怖いから、此処にいるんだろ?」

エースが視線を水面から名前へと移す。笑顔の名前はその視線を受け、ゆっくりと瞬きをした。


「・・・全部全部、都合の良い夢だったんじゃないかって、不安になるんだ」


瞬きをすると、名前の笑顔は消えていた。

先程までの笑顔が嘘だったみたいに、名前の顔から表情というものが消えた。

エースは、本当は名前に否定して貰いたかったのかもしれない。

今名前が起きている理由が自分と同じではないと、夢なんて気にすることじゃないと、はっきり否定してもらいたかったのかもしれない。


「寝て、目が覚めたらまた俺はエースを失ってるんじゃないかって。サッチも、親父も、仲間を誰一人助けられなかったんじゃないかって。これは、狂いきってしまった俺が見ている、一時の夢なんじゃないかって・・・とても不安になる」

どろりと暗い色に染まった名前の目に、エースは泣きたくなる。

エースの記憶の中で、わざと自分に嫌われようと振舞う名前がいる。狂って狂って、エースどころか船員皆に嫌われてしまった名前が、たった一人で死んでしまう記憶。

きっとあれも、名前が望んだとおりの結末の一つだったのだろう。自分ひとりの犠牲を持って、大事な大事な弟を助け出したのだ。

でもその結末を許さなかったのは、他でもないエースだ。ある種のハッピーエンドを拒絶したあのエースの結末は、名前が再びループをしていることから考えれば、実にわかりやすい。

名前はエースと仲間たちが全て救われることを望んだ。エースは、そんな名前が救われることを望んだ。

その結果が今なのだから、きっと今が間違いなくハッピーエンドなのだ。そのはずなのだ。


「俺は、此処にいてもいいのかと、不安になる」


名前の口元に、薄っすらと笑みが浮かんだ。

全員が助かって、もう名前はループしなくても良くなった。間違いなくハッピーエンドなのに、なのに名前は今、暗い目をしている。昼間はにこにこと楽し気に、毎日が幸せだと言わんばかりに笑っているのに、今こうして暗い目で薄暗く笑っている。

エースはそれが嫌だった。

もしかすると名前が言うように、今この時が名前の見ている夢なのかもしれない。それか、エースが見ている夢なのかもしれない。

名前の死をもって救われたエースが見ている、都合の良い夢なのかもしれない。浮かんだ想像に、エースは恐怖した。


「名前・・・俺のこと、ぶっ叩いてくれ」

「どうして?」

「今が夢じゃないって証明してくれ」

「俺ですら夢じゃないかと疑っているのに、俺に証明しろっていうのか」

名前は笑う。笑いつつ、そっと手を振り上げた。

ぱちんっと軽い音がした。軽く軽く、エースの頬を引っ叩いた。


「どう?痛い」

「・・・痛い」

「そう。良かったね」

「・・・名前のこともぶっ叩いていいか?」

「お手柔らかに」

お手柔らかにと言われながらも、エースはグーを振り上げた。

ゴッと鈍い音がした。テーブルが揺れて、グラスが床に落ちる。

ぱりんっという音と共に割れたグラスから、水が全部零れ落ちた。

殴られた頬を押さえた名前が「痛いなぁ」と苦笑した。

「じゃぁ、現実だな」

「そうだな、現実だ」

頬を押さえつつ「明日、サッチにグラスのこと謝るんだぞ?」と言いつつ空いている手でエースの頭を撫でた。


「さぁエース、これが現実だってわかったけれど、眠れそうか?」

「まだ無理」

「・・・ふふっ、じゃぁ添い寝でもしてあげようか」

冗談のつもりで少しおどけたように言う名前の服のすそを、エースが「ん・・・」と掴んだ。

ぱちり、と名前は瞬きを一つ。その顔には穏やかな笑みが浮かんだ。

「仕方ないなぁ」

「うるせぇ」

「エールは何時まで経っても、可愛い可愛い末っ子だなぁ」

「うるせぇって」

うるせぇうるせぇ言いつつも、名前が嬉しそうに『末っ子』と呼んでくれる姿に、エースは人知れずほっとした。




傷はまだありますが




「・・・いや、流石にこれはやり過ぎだろ」

朝目が覚めて、一番に飛び込んできたのは名前の胸板だった。ちらりと上を見れば、名前がすよすよと眠っている。

どうやらエースは、名前に抱きかかえられたまま眠ってしまっていたらしい。

流石に羞恥心を感じたエースは、こそこそとベッドから抜け出しつつ熱くなった頬にぱたぱたと手で風を送った。




お相手:エース
シチュエーション:sssの完結より、「我らが愛しの弟が生き残れる術を探せ」のその後

心の傷はそう簡単には消えないよねって話でした。
たぶんサッチとかマルコとかも人に言わないだけでこっそり魘されてそう。
白ひげ海賊団は仲良く癒え難い心の傷を抱えてしまいました・・・
時が解決してくれるといいですね。


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