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※『エメトフィリアな恋人』続編。嘔吐表現注意。


甘やかな声で愛おしそうに僕を見つめながら「ディド」と呼ぶ日は、彼が『そういう欲求』を抱いている日。

愛する人に呼ばれて嬉しいはずなのに、喜びの中にこれから始まることへの恐怖を感じてしまう僕は、きっと可笑しくはない。けれど名前だって可笑しくない。きっと、可笑しくない。


僕に自分の性癖を告白した時、名前は泣き出しそうな顔をしていた。

こんな異常者と付き合うなんてよした方がいい。今からでも普通の恋愛が出来る相手を見つけた方がいい。正義の味方がこんな異常者の相手をする必要なんてない。

当初、名前はいろんな言葉で僕を逃がそうとしてくれた。名前は確かに人が嘔吐する姿が好きな特殊性癖の持ち主だけれど、嘔吐させるためには僕の喉に手を突っ込むことや鳩尾に拳をねじ込むこともいとわない暴力的な面もあるけれど、それでも優しい人なんだ。

愛されている自覚はある。僕が嘔吐している間はもちろんのこと、名前の欲求がひとまず満たされると彼は僕をそれはもう大切に扱ってくれる。まるでか弱い姫君を相手にするように、優しく優しく、愛してくれる。


それでも、僕はふと不安になる。

名前は『僕が吐いている姿』が好きなんじゃなくて、自分の性癖に付き合ってくれる人なら誰だって良かったんじゃないかって。欲求を満たすうえで恋人という立場の方が頼みやすいから僕を嘔吐させているだけで、他にも彼の欲求を受け入れられる誰かが現れれば、名前はそっちに行ってしまうんじゃないかって。

不安で不安で、すっかり吐き癖が付いてしまった口からツンと酸っぱいものが零れてしまいそうになる。

それを何とか抑え込んで今日のパトロールをしていると、誰かの助けを呼ぶ声が聞こえた。

声がする方へと急行すれば、そこにはいつも通りの地獄絵図。途中で少し酸っぱくなった口の中を漱ぎに公衆便所に寄ったのがいけなかったらしい。

地獄絵図に耐え切れずに嘔吐している子供に「大丈夫かい」と声を掛けようとしたところで、僕は動きは止まった。

少し離れた場所に、愛する恋人が立っていた。その恋人は地獄絵図に唖然としながらも、嘔吐する子供に視線をやっている。口からこぷこぷと流れる嘔吐物を、名前が見て・・・


「うっ・・・」

思わず口を押えてその場から逃げ出す。

違う、逃げる必要なんてない。名前はただ見ていただけ。別に、その目に熱が灯っていることも、その表情に愉悦が浮かんでいることも、そんなことはなかった。

けれども先程の光景は僕の不安を爆発させるには十分で、僕はその日はもうヒーロー活動をすることができなくなった。


名前と一緒に暮らす家の寝室で、僕はシーツにくるまって泣きじゃくる。

わかってる、わかってる。名前は僕を愛してくれている。愛していてくれているはずなんだ。

嘔吐する僕を愛おしそうに見てくれて、嘔吐が終わっても優しく介抱してくれる。けれど、やっぱり僕が嘔吐している時の方が、彼は僕を愛してくれている気がするんだ。当然だ、それが彼の性癖なんだから。

じゃぁ今の状態の僕は?何で僕を嘔吐させる時しか愛称で呼んでくれないの?何で普段から「ディド」と愛おしさのたっぷりこもった声で僕を呼んでくれないの?



「スプレンディド?具合でも悪いのか?」

名前が帰ってきて、寝室で丸くなっている僕を見つける。

不思議そうな声を上げながら近づいてこようとする名前に、僕は「ねぇ」とかすれた声をかける。

「名前は、僕のこと愛してる?」

「何言ってるんだ。そんなの当たり前・・・」

「嘔吐している時と同じぐらい?それ以上に愛しいと思ってくれてる?」

「スプレンディド、何を不安に思っているのか知らないが、俺は・・・」

枕を掴んで名前に投げつける。少し力が籠ったせいで名前の痛そうな声がした。


「僕はっ!吐くことでしか君に愛されない!君の欲求を満たすことでしか、価値を見出してもらえない!」

「ごほっ、そんなわけないだろう」

枕が当たった箇所を押さえながら怪訝な表情で言う名前に涙がぼろりとあふれ出す。駄目だ、もうちょっと理性的に話さなきゃいけないのに、頭の中がぐちゃぐちゃで、胃や食道も気持ち悪くて・・・

「名前は僕が好きなんじゃない!吐いてる僕が好きなだけ!吐いてない僕にも優しいのは、無理をさせてるっていう罪の意識から!僕はっ、僕は愛されてない・・・名前は、嘔吐するなら誰でも良かったんだろう!?違うかい!?」

「お前、ずっとそんなこと思ってたのか?」

「っ!ずっと、不安だったんだ。嘔吐するのは苦しい。苦しいけど、それで名前の欲求が満たされるならって!愛故なら、それも仕方ないかなって!でも、でも・・・吐いてない時も愛されてなきゃ、意味がないよ・・・」

涙も鼻水も止まらない。ひっくひっくと喉が引きつって、元々具合の悪かった胃や食道が痙攣を始める。


「うっ、ぷ・・・ひっく、名前、僕、僕は、君に愛されたい。愛されたいよ・・・」

「スプレンディド」

「やだっ、やだやだっ、もっとちゃんと僕を愛してよ!ぅぷっ、おえ・・・愛して、ぇっ、よぉ・・・」

こぷこぷと口から吐瀉物が流れる。泣きすぎて、ずっと喉と食道が痙攣している。もう自分で抑えることも出来なくて、僕はベッドの上で嘔吐した。

何時もなら名前が近づいてきて僕を介抱するかもっと吐かせるのに、名前は近付いてはこない。

吐きながらなんとか見れば、名前は複雑そうな表情で僕を見つめていた。


「・・・スプレンディド」

「うぷっ、お゛・・・ぇえっ・・・ひゅっ、ふ」

「俺は確かに、誰かの嘔吐や吐瀉物に興奮する。それを自覚したのはずっと前のことだから、当然スプレンディド以外に興奮を覚えたこともある」

ぼろっと吐瀉物の山に涙と鼻水が落ちる。

「俺の性癖が世間一般から見て異常なことも、気持ち悪いこともわかってた。好きな奴ほど吐かせたい、吐いてる姿を見たい。それを告白して、いい顔をした奴なんていなかったよ。・・・お前を除いて」

名前が性癖を告白した日はよく覚えている。確かに吃驚したし普通とは少し違うとは思ったけれど、それを隠さず告白し、更には僕に逃げ道を与えようとした名前に、僕はとても嬉しく思ったんだ。

「スプレンディドが受け入れてくれて、嬉しかった。受け入れられてるんだっていう考えで歯止めが利かない時もある・・・それがお前を不安にさせたなら、お前がもう嫌だっていうなら、もうしない」

「っ、ぇ・・・」

「吐きたくないなら、無理に吐かせない。今まで俺のワガママに付き合ってくれて有難う」

まるでその言葉がお別れの言葉のようで、僕は「待っ、て」とベッドの上をよろよろと這った。

震える身体を叱咤して何とかベッドから降りようとすれば、ずるりとシーツに手を取られる。

あっ、という間抜けな声と共にベッドから落ちそうになってしまった僕に咄嗟に手を伸ばした名前は「危ないだろう」と声を上げた。僕はその身体に返事もせずに抱き着いた。


「ち、がうっ、僕、苦しいけど、頑張れるから。ごほっ、名前、捨てないで」

「・・・捨てられるのは俺の方だと思うんだが」

縋りつくように抱き着く僕の背中に名前の手が添えられる。

「勘違いしているみたいだから、一応言っておくが・・・俺はちゃんと、お前自身も好きだよ。お前が好きだから、お前の吐く姿に興奮するんだ」

「でも、今日、公園で・・・他の人が吐くの、見てた」

「ん?あぁ、あれか。別に興奮なんて欠片もしてない。お前には俺が興奮してるように見えたか?」

「そうは、見えなかったけど・・・」

「視界に吐いてる人間がいたらつい視線を向けるもんだろう?けど、そのせいでお前を不安にさせたなら謝る。ごめんな、スプレンディド」

「・・・名前、も」

名前?と名前が首をかしげる。

よくよく見れば、名前の服は僕の吐瀉物でどろどろに汚れていた。ベッドもぐちゃぐちゃで、僕の涙腺がぶわりと更に熱を持つ。

「そういうことがしたい時以外も、ディドって呼んで欲しい」

「・・・そうか。俺は、本当に配慮が足りないな、ごめんな、ディド」

「んっ・・・いい、いいよ、名前がちゃんと僕を愛してくれるなら」

冷静になれば名前が僕の吐く姿だけを愛しているんじゃないのはわかる。けれど吐いている時といない時のほんの少しの『差』が、僕を不安にするんだ。


「俺がいろいろと配慮が足りないから・・・ディドが嫌だと思ったこととか、こうして欲しいって思ったことは言って欲しい。可能な限り叶えるから。だから、これからも俺と一緒にいて欲しい、ディド」

ぎゅっと抱きしめられる。ひゅっひゅっ、と痙攣していた身体が少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

「僕を愛して」

「愛してる。ディドに伝わってなかったなら、これからはもっと伝わるように愛すから」

「僕が君の性癖に付き合うのは、君を愛してるからだよ。君が喜んでくれると、僕も嬉しいから、だから、このことがきっかけで我慢する必要はないからね?」

「・・・いいのか?苦しい思いをするのはディドの方だ」

こちらを見つめる名前の表情は、性癖を告白したあの時みたいだ。

不安で不安で仕方ない、泣き出してしまいそうな顔。

「いいよ。だって、君を愛してるから」

名前はあの時みたいに、酷く安心したような、やっぱり泣き出してしまいそうな顔で笑うと、僕を強く抱きしめた。




エメトフィリアの反省




「・・・思った以上に全身汚れてしまったね」

沢山沢山抱きしめられて「愛してる」と「ごめんな」と繰り返された僕は、漸く完全に落ち着いた。そして部屋とお互いの惨状に気付いた。

「部屋いっぱいにディドのにおいがする」

「・・・嬉しいような嫌なような、複雑な気持ち」

名前は「ごめん」と笑いながら僕の額にキスをした。




お相手:英雄
シチュエーション:HTFの『エメトフィリアな恋人』の続編をお願い致します。吐けるなら誰でも良いんじゃないのか、吐くことでしか愛されないのか、と不安になる英雄と、確かに性癖は性癖だけど、本当は英雄さえ居れば良い主のすれ違いガチ喧嘩(嘔吐)の末のハッピーエンドが見たいです…。

英雄の力で枕を投げられた夢主はおそらく肋骨を負傷しているので、早急に病院に行った方がいいかもしれません。
愛しててもやっといいことと悪い事があるので、今回の件で夢主は自重を覚えたかもしれません。


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