※天女ネタ。暗い。
僕の好きな人は嘘吐きだったのかもしれない。
幼い頃から、彼と僕は一緒だった。
家が隣同士で、母親同士が仲良しで・・・
気付けば名前は僕を守ってくれていた。
生まれた時から不運な僕を、一生懸命守ってくれた。
僕の代わりに怪我をすることだって沢山あったから、僕の治療の腕はぐんぐん伸びた。もちろん、名前も僕の治療をしてくれるから、名前の治療の腕だって伸びた。
僕が忍術学園に入学することになった時だって、名前は『伊作が心配だから』と笑って付いてきてくれた。
不運のせいで周りに馴染めない僕を励ましてくれて、友達が出来たと報告したときは、まるで自分のことのように喜んでくれた。
『伊作はずっと私が守ってあげるよ』
小さい頃に交わした約束。
それを僕は、ずっと大事に心に留めている。
名前と僕はずっと一緒にいる。これは絶対。破られちゃいけない約束事。
僕は名前が好き。名前も僕が好きだって信じてる。じゃなきゃ、あんなに身体を張ってくれる訳がない。
僕を何時だって助けてくれる名前だからこそ、“今回も”と信じていたのに・・・
「天女様!今度一緒に甘味を食べに行きませんか」
「わぁ!良いわねぇ!」
・・・何で名前は何もしてくれないの?
僕がこんな得体も知れない女に操られているのに。
身体が勝手に、彼女に媚を売るんだ。
この声は名前に甘えるためにあるのに。
この手は名前に握られるためにあるのに。
この身体は名前に守られるためにあるのに。
なのになのに、全部この・・・天女と呼ばれる女が舞い降りてきたせいで、全て奪われた。
空から落ちてきて、小平太が受け止めた天女。
彼女を見た瞬間から、僕の身体の自由は消えた。
その時傍にいた名前を無視して、僕は天女の元へと走ったのだ。唖然としていた名前を今でも思い出す。
前々から名前と約束していたお出掛けもすっぽかした。通常の僕だったらありえないことなのに、名前は「まぁ・・・そんな日もあるか」と苦笑を浮かべただけだった。
どんどん僕の行動が可笑しさをエスカレートさせていく。
委員会に参加しなくなったり、授業をすっぽかしたり。
ねぇ、普通に考えて可笑しいでしょう?なのに、どうして名前は僕を助けてくれないの?
助けて助けてって、何度も目で訴えた。
口や身体は言う事を利いてくれない。
だから、目で一生懸命訴えたんだ。助けてって。なのに、なのに・・・
「天女様・・・僕は、天女様を愛しています」
・・・僕がこんな風になってしまうまで、どうして助けに来てくれなかったの?
見守ることが優しさだと思ってたの?
僕は、僕を叱ってでも奪いに来て欲しかったのに。
僕を助けてくれると言うのは嘘だったの?
ねぇ、ねぇ、名前、ねぇ!!!!
「・・・伊作」
「何だい、名前。僕は今忙しいんだ。これから、天女様と出掛けに・・・」
「伊作!聞いてくれ!」
がしっと強く掴まれた肩。
自由の利かない身体が、それを力いっぱい突き放す。
肩から離れた手が恋しくて、僕は心の中で泣いた。
ねぇ、気付いて。わかるよね?
名前だったら僕が異常な状態だってわかってくれるでしょう?
ねぇ、ほら、今すぐ助けて。
「伊作!もう天女に入れ込むのは止めるんだ。あの天女はどう考えたって普通じゃない。さぁ、伊作・・・今からでも、保健委員会に行こう。後輩たちもお前を心配している」
そう言って手を差し伸べてくる名前。
それがたまらなく嬉しいのに、顔には笑顔じゃなくて嫌悪が浮かぶ。
名前の目に映る僕の顔は醜い。あぁ、こんな表情名前には見せたくないのに。
差し伸ばされた手を叩き落とした僕に、名前がぐっと眉を寄せる。
「頼む、伊作・・・正気に戻ってくれ」
戻りたいよ。だから、戻してよ。
「・・・名前」
今すぐ名前への愛を叫びたい。ただの幼馴染なんかじゃなくって、いっそ、もう僕を・・・
「幼馴染だからって、何時までも構ってられちゃ迷惑なんだ・・・頼むから、もう僕に構わないでくれ」
口から出る言葉は、僕が欠片も思っていないこと。
違う違う。そんなこと言いたいんじゃない。僕が言いたいのは、名前への愛の言葉だ。こんな言葉しか言えないなんて、なんて苦しいんだろう。
・・・でも名前だったらわかってくれるでしょ?僕がそんなこと言う訳ないって。
ねぇ、何でそんな悲しそうな顔をするの。
すぐにでも僕を抱き締めてよ!
助けてくれるって言ったじゃないか。僕を助けられるのは名前だけなんだ。他でもない、名前だけ。
「・・・そっか」
嘘吐き嘘吐き。ねぇ、助けてよ。
本当は天女様なんて好きじゃない。僕には何時だって名前だけなのに・・・!
ねぇ、お願いだから気付いて。
それは僕の本心じゃないよ。僕がそんなこと言う訳がない。
だから、ねぇ、お願いだから・・・
「・・・ごめん。もう、伊作に迷惑はかけないさ」
ねぇ・・・
助けて、よ
嘘吐きは助けてくれない
・・・ぱきりと、少年の心が砕ける音がした。
あとがき
天女ネタで、意識だけは正常だといろいろ悲惨だよねって話。
そのうち傍観主とかが現れてどうにかしてくれても、伊作くんの砕け散った心はどうにもならない。
廃人状態になった伊作くんを幼馴染主がお世話すればいい・・・