「馬鹿だなぁ、名前は」
しゅるっと自分の右腕に包帯が巻かれていく様を見ながら、名前は眉を下げた。
「ごめん」
「ごめんって言うぐらいなら、しなければ良いのに」
「・・・でも、したかったんだ」
しょんぼりとする名前は、まるで母親にしかられた小さな子供のようで、伊作は小さくため息を吐いた。
こんなに落ち込まれちゃ、これ以上強く言えないじゃないか。そう思いながら。
「でもね、名前・・・野生には、野生の生き方ってものがあるんだよ。僕等人間が、無闇に手を出して良いものじゃない」
「・・・一度、手を出してしまった。最後まで面倒を見るのが、うちの委員会の矜持なんだ」
しょんぼりした顔を一変させ、強い意思を感じさせる真剣な表情をした名前に、伊作は「もぉ・・・」と苦笑する。
##NAMME1##と言う生徒は生物委員会に所属している。
だが、六年生の実習の多さに加え、本人が個人的に森の動物たちの保護を行っているため、委員会に顔を出すことはあまりない。
個人的な保護というのは、森の中で怪我を負い、自身の力ではどうすることもできない動物の世話を一時的に行うと言うものだ。
「まだ小さいし、あの子は心細いんだ・・・頼れる親も仲間ももういない、独りぼっちの存在なんだ」
大雨の日、森の中でずぶ濡れになっていた狼の子供を発見したらしい。
小さな狼の傍には腐敗した親と思しき狼の死体があり、周囲に仲間がいる風でもなさそうだったから、名前が世話を始めたのだ。
世話をしている場所は発見した森の中。元々の住処であったろう場所で世話をしている。が、その狼は名前に警戒しっぱなしで懐く様子が全くない。
「でも、引っ掻かれて噛み付かれるってわかってるのに、手を伸ばすなんて・・・」
「毛並を整えてくれる親がいないから・・・やってあげようと思ったんだ」
小さく微笑む彼は、申し訳ないとは思っているものの、反省はしていないらしい。
それは何時もの事で、伊作もこれ以上説教をする気にはなれなかった。
だが、伊作はその白い包帯の下に獣に引っ掻かれた、それはそれは酷い怪我の存在を知っている。
その他にも、衣服の下に隠れた数多くの傷跡の存在を知っている。
「名前・・・何も、君一人だけで世話をすることないじゃないか。いっそ、委員会の活動にすれば良いんじゃないかな?竹谷だったら、喜んで参加すると思うし」
頭の中に動物大好きの後輩の顔を思い浮かべて伊作は言ったが、名前はすぐに首を横に振った。
「駄目だよ。今で十分なんだ。あまり多くの人間と関わると、それこそ野生に戻れなくなる」
上級生になれば仕事上都合の悪いニオイは消せるものの、下級生にはそれが難しい。それに、多くの人間と関わってしまうと、野生としてやっていけなくなってしまう。
「でも・・・名前が怪我をしてしまうよ」
「これぐらいで丁度良いんだ。変に懐かれるより、ずっと良い。伊作も言っただろう?あの子は野生。本来なら、人間が無闇やたらに手を出して良い存在じゃない。だから、警戒されて攻撃される方が良い」
名前は優しい。その笑顔も、その手つきも、その声も、全部全部優しい。
・・・だからこそ伊作は、見ていられないのだ。
名前の優しいその性格は好き。でも、その優しさが時に恐ろしい。
何時か名前はその優しさのせいで死んでしまうかもしれない、そう思うと酷い恐怖に襲われる。
だからせめて自分が傍にいる間は、呆気なく死んでしまわない手当てをしてやりたいと思うのだ。
「あーもぉ・・・」
「ごめん、伊作。心配かける」
「心配かけてるってわかってるなら、もうちょっとどうにかしてよ」
少しわざとらしく怒った表情を浮かべた伊作に、名前は真面目腐った顔で「気を付ける」を深くうなずいた。気を付けるといっても、きっとまた次も酷い怪我をして伊作のところへ来るのだろう。
「・・・次森に行くときは、僕も連れて行って」
そんな伊作の言葉に名前は「伊作にはちょっと厳しいかもしれない」と言って少し眉を下げた。
生物委員会六年生の個人活動
「うわぁっ!?」
「伊作、落ち着け。今落ちてきたのは蛇じゃなくてただの蔦だ」
「ひぃいっ!?」
「足元に気を付けてくれ伊作、此処は足場が悪いんだ」
「おぎゃぁー!?」
「伊作、伊作、何でピンポイントで溝にハマるんだ」
最終的には名前が伊作をおぶって森の奥へと進むこととなった。