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同期の獪岳が羨ましい。

剣士としての才能に溢れているし、話術もあって、相手によって態度を変えられる対応力がある。

育手はかつて鳴柱だった人で、立派に鬼狩りとして任務をこなす彼を見る限り、本当に素晴らしい育手なのだとわかる。

あぁ、獪岳が羨ましい。


「・・・ねぇ、珍しい羽織だね」

「覗き見してんじゃねぇよ、根暗」

「もしかして、誰かから貰ったの?・・・いいなぁ」

獪岳との何度目かの合同任務で、一緒に藤の家紋の家に泊まることになった。

部屋は隣同士で、折角だから何かお喋り出来ないかなって襖を開いたら、獪岳が見慣れない羽織を膝の上に広げていた。

勝手に襖を開けたからか獪岳は嫌そうな顔をしたけれど、怒鳴ったりはしない。たぶん怒鳴っても無駄だと思われているのかも。

怒鳴られたり追い出されたりしないのをいいことに、そっと部屋の中に入る。舌打ちしたけど出てけとは言わないから、隣に座って羽織を覗き込んだ。


「獪岳が羨ましい。誰かから着物が贈られるなんて、凄いことよ」

「・・・ふんっ」

「誰に貰ったの?」

「育手」

「育手がくれたの?獪岳の育手は獪岳のことを大事にしているのね。私のところとは大違い」

羨ましくって羽織に手を伸ばしたら、ぺちって叩き落とされた。そのまま羽織を折りたたんでしまい込んでしまう獪岳に「着ないの?」と問えば睨まれた。

着ない理由があるのかな。私にはわからない。誰かに何かを貰えるだけでも私にとって奇跡だから、どんな理由があろうとも身に着けたい。


「獪岳の育手の人、優しい?」

「・・・先生は厳しい人だ」

「けどちゃんと育ててくれる人なんでしょ。いいなぁ」

「お前だって、呼吸と型を教わってるじゃねぇか」

「教わってないよ」

「はぁ?」

「『俺の手間を掛けさせるな』『見て覚えろ』『それも出来ねぇクズはとっとと鬼の餌になって死ね』『とっとと消え失せろ出来損ない』・・・初日にたった一度見せられた呼吸を、何とか覚えたの。あのたった一度が教えるに含まれるなら、教えて貰ったのかもしれないけど、私はそうは感じなかったなぁ」

理解できないって顔してる。じゃぁなんで私を弟子に取ったんだって。


「・・・本当は、男で才能のある弟子が欲しかったんですって。でも私なんかが来たから、育手は酷くがっかりしてて・・・私、物覚えも悪いから、育手は何時も怒ってた」

「たった一度見ただけで教わってもない型が出来るわけねぇだろ」

「でも、出来ないのは事実だから。・・・でもでも、いいなぁ、獪岳の育手は、獪岳が失敗しても、獪岳のことを裸で木に吊るして放置したりはしないでしょう?いいなぁ」

ずっとずっと消えない縄の痕があるから、私は人前で肌を晒すことは出来ない。汚くて気持ち悪いから。

蝶屋敷も嫌い。治療のために肌を見せなきゃいけないこともあるから。一度だけ蝶屋敷でお世話になって、気の毒そうな目を向けられたから、もう行かないって決めた。


「最終選別の時もね、もういらないから勝手に死ねって、家を追い出されたの。新しい弟子がね、来たの。育手がずっと望んでた、才能あふれる男の弟子だったの。獪岳は弟弟子はいる?」

不機嫌そうに「いる」と返事をする獪岳。なんだ、獪岳にも弟弟子いるんだ。私とお揃い。

「いいなぁ、獪岳。弟弟子が出来ても、追い出されなかったのね。それどころか、弟弟子と同じように、ちゃんと育てて貰えたのね。それってやっぱり、獪岳が才能に溢れる有能な弟子だったからよ。やっぱり羨ましい」

「・・・平等なのが羨ましいってか。俺は、そんなの望んじゃいなかった」

平等が嫌ってことは、獪岳は育手の特別になりたかったのかな。

私はせめて、私をきちんと扱って欲しかっただけ。一人の人間として、出来ることなら弟子として扱って欲しかっただけ。


「獪岳は凄いね。一番になる努力をしてる。それに、獪岳は生きるのが上手。私、愚図だから、自分が生き残るのも上手く出来ない。私、最終選別で獪岳を初めて見た時から、ずっと獪岳が羨ましくてたまらなかった」

最終選別で見た雷があまりに力強くて綺麗で、獪岳の技術と強い生命力を感じた。

私とは違う、凄い存在だって。その事実が羨ましかった。


「ごめんね、こんな愚図に付き纏われて、獪岳は嫌でしょう。獪岳が私に付きまとわれることだけは、とても可哀想だと思うわ」

不思議と獪岳との合同任務が多いから、獪岳を羨ましい羨ましいと思うことも多くて、ついつい本人にそれを伝えてしまう。

鬱陶しいと一度怒鳴って、それこそ私の育手のように顔面をぼこぼこに殴って追い出してくれれば、流石の私も距離を置くのに。獪岳は私が隣にいてもそれほど強く怒らないし、話しかけても不機嫌そうにはなるけれどきちんと返事をしてくれる。今みたいに話を聞いてくれる。


「でも私、初めてなの。これほど沢山羨ましいと思える人。獪岳になりたいなんて言わないから、獪岳が本気で嫌になっちゃうまで、獪岳のこと、羨んでもいい?」

「どんな確認だよ・・・」

「駄目?」

「あまりにも鬱陶しければ叩き切るからな」

すぐには突き放さない。私に譲歩してくれている。本当なら突き放されても可笑しくないのに。


「私、死ぬのは嫌だけど、獪岳になら殺されてもいいかもしれない」

「どうせなら肉盾にでもしてやるよ」

「うん。その時は、そうしていいよ」

どうせ私は型の殆どが扱えず、常中も出来ない。ただでさえ生存確率の低いこの組織において、私みたいな人間は死にやすい。

どうせ死んでしまうなら、どうせ骨も残らないなら、焦がれてしまいそうなほど羨ましい目の前の彼の生きる術の一つになれればいいなんて・・・

それって、我が儘なのかな。


「その代わり、獪岳は長生きしてね」

約束、と言えば獪岳は舌打ちを一つして「お前なんかよりうんと長生きしてやる」と言ってくれた。その長生きの理由の一つに、私もなれたらいいな。




貴方の長生きの秘訣になりたい




その日獪岳と私は別々の任務に当たっていた。

鎹鴉が、獪岳と上弦が遭遇したとの情報を運んできた。私と獪岳がよく合同で任務に当たっていたから、わざわざ教えにきたらしい。

死体はなく、しかし喰われた様子もなく・・・

もしかするともしかして、そんな風にそわりとしながら藤の家紋の家を飛び出して、獪岳獪岳とその名を呼びながら彷徨って・・・

「あぁ、やっぱり」

目の前で唸り声を上げて苦しんでいる彼を見つけて、私は・・・


「長生きしてね」


まだ死臭のしない彼に向けて両腕を広げて笑った。あぁよかった、私が一人目ね。



あとがき

出生ガチャにも失敗し育手ガチャにも失敗した不運ガール。
一度見ただけの呼吸と型を完全ではないものの再現できていたため、実は天才。きちんと指導者がいればとんでもない化け物になっていた。
因みに男尊女卑の考えがつよつよだった育手が待ちに待った男弟子は最終選別であっさりリタイアした。

根暗で鬱陶しい自分の話を不機嫌ながらもきちんと聞いてくれる獪岳が好きだった。
獪岳の力強い生命力を羨みながらも、もしもの時は獪岳の踏み台になってもいいやと思っていた。
鬼になった獪岳に一番乗りで食べられに行った。一番に出会えたのは奇跡だった。

キメツ学園時空でもおそらく出生ガチャと里親ガチャに失敗するけど、再び出会えた獪岳がいるから何とかやっていけるはず。



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