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※天女ネタ、死ネタ注意。


その天女様は、他の天女様と何ら変わらない天女様だった。

露出の多い短いすかぁと、変なお香の臭い、虫を見れば叫ぶし、すぐ僕の蛸壺に落ちる。

初めて天女様が僕の蛸壺に落ちた日、落ちたらそのまま埋めてしまえば良いと思って覗き込めば、天女様は僕を見上げて「あらあら」と笑った。


「まんまるなお空に藤が咲いた」


その瞬間から、天女様は“何ら変わらない天女様”ではなくなった。

名前さんという天女様になった。

蛸壺から引っ張り上げた天女様は僕の髪を見て笑う。

「綺麗な藤ね」

名前さんは花が好きだった。何で花が好きなのかと問えば「風流だからよ」と答えた。

“平成”の天女様の口から『風流』なんて言葉が出てくるとは思わなくて目を丸くしていると、名前さんは可笑しそうに笑った。

私が雅を感じられない人間に見えてしまったかしら。そう言って、まるでどこぞの姫君のような淑やかな笑みを浮かべる名前さんに「はい、ちょっと」と返せば、また可笑しそうに笑う。

生きる世界は違っても、美しいものは美しいのよ。沢山の花々の中で大輪を咲かす花は美しい、道端でひっそりと力強く咲く花は美しい・・・花はみな美しいわ。人の心を洗ってくれる。

うっとりとした顔で言いながらも彼女が見つめるのは僕の髪。


ねぇ知ってるかしら。藤の花言葉は『優しさ』なのよ。後は『歓迎』と『決して離れない』と・・・ふふっ、後は何だったかしら。

虫は苦手だけど、花の蜜を吸っている姿は好きよ。蝶やミツバチが花の周りを飛び回る姿も、風流でしょう?

優しげな笑みを浮かべながら沢山の言葉を口にする彼女を鬱陶しいとは思わなかった。不思議だなぁ、今までの天女様はその声を聞くだけでも不愉快だったのに。

名前さんの声は聴くだけで酷く落ち着いた。まさか僕も天女様の幻術に?と思ったけど、別に天女様だけに夢中ってわけでもなかった。蛸壺も普通に掘れた。


けれどその日から、僕はよく名前さんに近付く様になった。

名前さんが食堂で食器洗いをしていれば、それをじーっと見詰めてた。

名前さんが掃き掃除をしていたら、それを少し離れた場所で蛸壺を掘りながらじーっと見詰めてた。

見詰めていると名前さんはすぐに気づいて僕の方を見る。僕を見て、にっこり笑う。

その笑顔を向けられてから、僕は近付いて行く。

近付けば彼女は「今日も綺麗な藤ね」とうっとりする。

その顔が好きだな、と思った。


僕じゃなくて僕の髪を見ているんだけど、別にそれでも良かった。

彼女がそんな顔をするのは、僕の髪を見た時だけだった。

立花先輩の艶々した髪を見ても知らんぷり。タカ丸さんのキラキラした髪を見ても知らんぷり。綺麗な髪なんていくらでもあるのに、名前さんは僕の髪だけを「綺麗」だと言って笑ってくれる。

優越感だったのかもしれない。それでも嬉しかった。

ある日先輩たちに怒られた。天女に近づきすぎるなと。

それを無視して彼女に近付いた。彼女はうっとりとした顔で笑った。嬉しかった。

けどそれがいけなかったんだ。




「・・・名前、さん」

唖然としながら名前を呼べば、虫の息の名前さんがゆっくりとこちらを見る。

あらあら、と名前さんの唇が動く。初めて会った日みたいに。


「最期に、藤を見れて・・・良かったわぁ」


最期にうっとりと微笑んだ彼女とは真逆に、僕の眼からは水が流れた。





貴女を愛してしまったんです





○○番目の天女様は無事に天へと還りました。



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