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「てめェェ!あたしの水になんてことしやがる!」

そんな怒声が真後ろから聞こえて、私はきゅっと眉を寄せた。



刑務所の中は何時も何かしらの問題が起こっているけれど、その中でも喧嘩や騒音は嫌い。私に飛び火する可能性がある、近場の喧嘩は特に。

ちらりと見れば床にコップが落ちていて、その中から水が零れているのがわかる。『あたしの水』と怒鳴るぐらいだから、この水がそうなのだろう。

水が零れたとかなんとかでキレてるけど、ジュースやお酒ならともかく水なんて少し離れた水道からいくらでも飲める。零した相手が取っている、悪いなんて全く思っていないその態度は確かにムカつくだろうけど、何も私の真後ろでおっぱじめることないじゃない。


「このォ!許さないんだからな!」

その子が相手に殴りかかろうがかからないが私には関係のないことだけれど、正直このまま暴れられて自分に飛び火するのは困る。その可能性が少しでもあるなら、私はそれを防ぐべきだ。

「ねぇ」

今にも相手に殴りかかりそうなその子の肩をぽんぽんと軽く数度叩く。するとその子は「あっ!?」と怪訝な表情で振り返り、それから私の顔を見ると「あんた誰?」ときょとんとした表情で首を傾げた。

表情があまりにころころと変化するもんだから、私は思わず「ふふっ」と笑ってしまった。

するとその子は私が馬鹿にしたと思ったのか、また表情を険しくさせる。


「違うのよ、別に貴女を馬鹿にしたわけじゃないの。ちょっと面白くて」

「それって馬鹿にしてんじゃねーの?」

「違うわ、全然違う。ねぇ、そんなに水が飲みたいなら喧嘩するよりも水道で水を飲む方が効率的だわ」

私がそう説得する間にその子が殴ろうとしていた相手はさっさと逃げて行ってしまった。結局謝罪の言葉一つ口にすることはなかった相手。後で嫌な目に遭いますように。



「ほら、零れちゃった水より新しい水の方が冷たくて美味しいわ。それに、コップの中の限られた水よりも水道の方が魅力的でしょ?」

「んー、そう言われればそんな気もするけど・・・」

その子が何を言うよりも早く、私はその子の手を取って歩き出す。「あっ」とか「おいちょっと」と声を上げつつ、混乱しているのか抵抗らしい抵抗を示さないその子を水道の前まで誘導して「ほら、どうぞ」と途中で適当な奴から掠め取ったコップを差し出した。

差し出されたコップと私を見比べ「・・・ありがと」とコップを受け取り水道水を汲み始めるその子。うん、もう大丈夫そう。


「お水飲めて良かったね。私はこれで」

変ないざこざに私が巻き込まれないようにした親切はここでおしまい。私は笑顔のまま挨拶をするとそのままその場を離れようとした。

「あ、ちょっと」

呼び止められ、仕方ないから笑顔のまま振り返って「なぁに」と返事をする。その子はコップに並々注がれた水をごくごくと飲み干すとまたコップに水を注いだ。相当水が好きなのだろう、私にはもう関係のないことだけれど。

「あんた、良いヤツだな。あたしはF・F!よろしく!」

フー・ファイターズ?何だか不思議な名前。それにしてもただ水道まで誘導しただけで『良いヤツ』だなんて、この子の頭はお花畑なのかしら。ちょっと心配ね、もしものことがあっても助けてあげようだなんて思わないけど。


「あらあら、良いヤツなんて私に似合わない言葉だけれど、褒め言葉なら有難く頂戴するわ。F・Fなんて素敵な名前ね。さよならF・F、また会えたらお話しましょう」

目一杯の社交辞令を口にすれば返ってくるのは満面の笑み。

何だか刑務所が似合わない子ね。まるで、物事をまだ碌に知らない幼子のような子。そういう子が無自覚に問題を起こすんだから、私がこの子と関わるのなんてきっとこれが最後ね。

だって私、問題事が大嫌いだもの。


「あんたの名前は!?」

「ふふっ、名前って言うのよ。それじゃぁ今度こそさようなら」

「うん!また!」

私は『さよなら』と言っているのに、なかなか察しの悪い子ね。もしかしてこれだけでお友達判定とか受けてないわよね?あぁ、やだやだ、問題事なんてまっぴらごめんよ。






問題事は避ける主義






「徐倫、徐倫!すっげー良いヤツがいたんだ。名前って言うんだけどさ」

「名前?ねぇエルメェス、知ってる?」

突然出てきた名前という名前に心当たりのない徐倫がエルメェスに問いかけると、エルメェスは「うげぇっ」と顔を歪めた。


「おいおいF・F、お前マジであの事なかれ主義女が『良いヤツ』だと思うのかよ。あの女、自分に被害が出そうになると平気で他の奴を売る女だぞ」

「名前はあたしを水道まで連れてってくれたし、コップまでくれたんだ!あ!あっちに名前いる!名前〜!あんたもこっちに来て喋ろうぜー!」

少し離れた場所を歩いていた名前に気付いたF・Fは笑顔でブンブンッと大きく手を振った。


「おい徐倫、見ろよあの女。F・Fに声かけられた一瞬、物凄く嫌そうな顔しやがったろ?」

「そうね、けどすぐに笑顔を作って近づいてくるんだし、面倒事が起こらない限りは警戒する必要なさそうよ」

そんなこんなで『問題事の塊』ともいえる三人と深く関わり合いになってしまうことになる未来を、名前という女はまだ知らない。



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