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※三ツ谷母親主。


夫が糞野郎だと気付くのが遅すぎた。


長男の隆が生まれて、長女のルナを妊娠する前ぐらい。

夫は「心の病気だ」と言って会社を辞めた。何の相談もなかった。


その頃の私は夫の言葉をこれっぽっちも疑わず「じゃぁまた頑張れるように、今はゆっくり休んでね」と夫を支える決断をした。

働けない夫の代わりに朝から晩まで仕事を入れて、体力が許す限り精一杯働いた。

昼間、夫が何をしているかなんて気にする余裕はなかった。


頑張って働いたおかげか家計には多少余裕があって、そんな中でルナを妊娠、出産した。

夫は「お前の邪魔になるのは嫌だ」といって、よく出かけるようになった。今思えばよくわからない理由だ。邪魔になるのが嫌だと言うが、だったら家事の一つでもして欲しかった。・・・長男の隆は、いつの間にか家事が出来るようになっていた。

ルナが保育園に預けられるようになってからはまた精一杯働いた。夫が「通院費と薬代が必要なんだ」と言って、よく私に金を要求するようになった。前までは自分の貯金からどうにかしていたらしいけれど、それも底をついたらしい。

この頃も私は夫の言葉をこれっぽっちも疑っていなかったから、すんなりとお金を渡した。


可笑しいなと思ったのは、長男の隆が夫を「お父さん」とも呼ばず、まるでいないものとして扱っているような雰囲気があったこと。そんなに露骨な様子ではなかったけれど、そんな感じがした。対する夫も、隆に興味がないようだった。

可笑しいな可笑しいなと思いながらも精一杯働いた。隆に新しい服を買ってあげたい。あの子は私の目から見ても整った顔立ちをしているし、妹のルナだってそう。流行に則った服を沢山買ってあげたいし、玩具も沢山買い与えてあげたい。もっともっと頑張ろうと決めた。


・・・頑張ってるのに、疲れているのに、夫は夜中でもお構いなしに『夜の営み』を強請ってくる。けれど拒絶すると「俺のことを愛していないのか」「俺だって心の病気と闘ってるのに、お前は俺を支えようとは思わないのか」「この薄情者、酷い奴だ、妻失格だ」と矢継ぎ早に罵ってくる。

そうやって罵られながら妊娠したのがマナ。可愛い可愛い、私の二人目の娘。

マナの妊娠が切欠で、私はようやく夫が可笑しいことに気付いた。

妊娠中で働けない私は、ルナを妊娠したときよりも心が落ち着いていた。

私の世話を焼いてくれようとする隆。わざわざ私の食べたいものを聞いて、重い買い物袋を抱えて「今作るから!母さんは休んでて!」と笑顔で言ってくれる隆。

ルナがぐずれば「母さんは休んでていいってば!」とルナの世話までかって出てくれる。


出来過ぎた息子。それに引き換え夫は、昼過ぎまで寝て、起きたかと思えばふらりと財布を手に消え、夜遅くに帰ってくる。

通院している様子はない。処方されているという薬を飲んでいる様子も、そもそも薬が入っていそうな袋も見当たらない。


ある程度身体を動かしても大丈夫な時期になってから、私は夫に「ねぇ、本当に通院しているの?普段何処へ出かけているの?」と問いかけた。・・・頬を殴られた。

は?と小さく声を漏らす私を夫は激しく罵った。途中で帰ってきた隆とルナ。怒鳴られている私を見て、隆が「やめろ糞野郎!」と怒鳴り、夫を私から引き離した。

糞野郎。隆が夫をそう呼んで、私はそれがしっくりと来た。

あ、そうなのか。私の夫は糞野郎だったのか。


おそらくだが、夫はずっと『こう』だったのだろう。私が働きに出ている間なにもせず、通院費だとか薬代だとか言って私から受け取った金で、毎日遊び歩いていたのだろう。隆はそれを知っていた。けれど毎日仕事に明け暮れる私に心配をかけまいと、口を噤んでいた。口を噤み、家事やルナの面倒を一身に引き受けてくれていた。



「・・・出てけ糞野郎」

「は、はぁ?お前、何言ってんだ」

隆に引きずられていた夫が唖然として、その後ろにいた隆も唖然としていた。


「聞こえなかったか糞野郎、よくも人の顔面殴ってくれやがったな。まさか私がいない間に隆やルナに手ぇ出してねぇだろうな?あ?もういい加減うんざりした、ろくに治療も受けてねぇ癖に何が心の病気だ。まずは診断書見せろや。興信所雇ってお前の今までの行動調べて貰うからな。もしお前が実は病気うんぬんについて嘘ついてたならどうなるかわかってんだろうなぁ?まぁ結果はどうあれ、お前とはもう離婚だからな糞野郎。隆もルナも私が一人で育てる。今が殆どその状況なんだからお前一人が消えてもどうとでもなる。むしろお前がいた方が隆とルナとおなかの子の教育に悪い。ほら、自分の通帳と携帯持ってさっさと消えろ。あぁ勿論、その携帯代ももう払ってやらんから自分でどうにかしろ糞野郎」

すたすたと夫の通帳と財布を掴んで叩きつける。ちらりと中身が見えたが、どうやら中身は空っぽ。

私の剣幕についていけなかった夫を隆と一緒に引っ張って外に叩きだし、内側から鍵を閉めた。


しばらく外から「おい開けろ!ふざけんな!」「おい、話を聞けよ、ほんとに病気なんだって」「こんなことしてただで済むと思ってんのか!」と聞こえ、次第にそれが脅迫めいたものに変わったため私は真顔で警察に通報し、糞野郎はその場で御用となった。

その後有言実行で興信所を雇った私のもとへは、出るわ出るわ夫のクソ行為。心の病気云々は高確率で嘘。そもそも仕事を止めた理由は、職場の女の子への度を越したセクハラが原因だった。その後私の稼ぎで十分生活していけるのだと知った糞野郎は私の金で昼間から飲みあかし、最近では飲み屋の女の子に手を出し、女の子の夫を名乗る怖いお兄さんから慰謝料請求をされているらしい。その請求が真っ当なものなのかはどうだっていいが、夫は現在怖い人たちから追われる身。これは早々に離婚するべきだろう。

私の顔の殴られた痕もしっかり撮影して、浮気の証拠、金遣いの荒さや現在多額の借金を背負いかけているという証拠を全てまとめて弁護士に相談、弁護士の腕が良かったのかそのまま上手いこと離婚まで進んだ。


マナが生まれたのは無事に離婚が済んでから。糞野郎とはもう関わり合いになりたくないため『慰謝料や養育費は請求しないかわりに今後私たちに関わらないこと』という内容をきちんと書類を用いて誓わせた。これが破られる場合、私は夫の居場所を怖いお兄さんたちに追われる切欠となった飲み屋の女の子が働いている店に通報するということも伝えている。

あと、駄目押しで糞野郎の実家にも今回の経緯を伝えた。糞野郎を監督して貰えるように「もし夫が約束を破ったら、夫の居場所どころか夫の実家の場所も怖い人たちに伝えちゃうかもしれません」と言ったため、彼等も必死になって夫を見張ってくれるだろう。





「・・・ふぅ」

まだ乳児のマナを抱き、大きめのため息を吐いた。


「母さん、疲れた?俺が代わるからゆっくり休んで」

「ううん、大丈夫だよ隆。隆こそ疲れてない?お母さんの隣においで、一緒にお昼寝しましょう」

右隣にはルナが寝ている。左隣が開いているんだから、隆も此処で寝ればいい。

そう提案すると、隆は少し照れたような顔でそっと私の隣に座った。そして、こてっと私の身体に身を寄せる。


「母さんごめん。母さんの負担になるんじゃないかって思って、糞野郎のこと黙ってた。あいつ、ルナが泣いてても無視して遊びに行くんだ。保育園のお迎えも一度だってしてくれたことなかった。・・・でも、こんなことならもっと早く言うべきだった」

「ううん、隆はお母さんに気を遣ってくれただけ。隆が悪いことなんて一つだってない。全部あの糞野郎が・・・ううん、糞野郎が糞野郎って気付けなかったお母さんも悪い。ごめんね隆、お母さんお金稼ぐのに必死で、家のことちゃんと見えてなかった」

「母さんが悪いわけあるかよ!・・・ぁ、ごめん、大きな声・・・」

「ふふっ、セーフ。ルナもマナもよく寝てる」

もごもごと口を動かしながらすよすよ寝ている可愛い娘二人の頬を撫でてから、隆の頬も撫でる。息子も可愛い。


「あのね隆、お母さんこれからも沢山働く。隆とルナとマナに、可愛いお洋服とか玩具とかを沢山買ってあげたいの。美味しいものも沢山食べさせたい。行きたい学校に行かせたいし、やりたいことがあるならそれを叶えるための手伝いもしたい。お母さん、やりたいことが沢山あるの。・・・けどそのせいで隆たちに寂しい思いをさせるのは本意じゃないから、稼ぎ方はいろいろ試行錯誤していくつもり」

「・・・母さん、辛くない?前に母さんが現場で土運んでるの見たけど、滅茶苦茶大変そうだった」

「え!?どの現場!?もしかしてお友達も一緒だった!?ご、ごめんね隆・・・お母さん泥だらけで、みっともなかったでしょ」

「母さんをみっともないって思ったことなんて一度もない」

「ひえぇ・・・いつの間にか息子がジェントルマンになってる」

息子は実は少女漫画の中から出てきたヒーローだった???枯れたはずの乙女心が少し疼いた。


「辛い辛くないで言ったら、そりゃ体力的に大変な時はあるけれど、帰ったら三人の可愛い顔が見れるんだって思うと辛くはないよ。通帳のゼロの数が増えると謎の快感を感じる瞬間もある」

「・・・母さん、その快感はあまり感じない方がいいと思う」

「も、勿論!溜め込むのが好きなんじゃなくて、それを隆たちのためにパーッ!と使うのが好きなの。今までは糞野郎のせいで余計な出費があったけど、これからはその分貯金できるし、休みの日とかに四人で遊園地とか水族館、動物園にも行ける。そう思うと楽しみで楽しみで・・・あぁ、もっと働きたい!って身体が疼くの」

「それって職業病とかになってない?」

「隆は物知りねぇ。そのへんは大丈夫だから心配しないで。ねぇ隆、まずは何処に行きたい?」

「そういうのはルナに聞いた方がいいよ母さん」

「どうして?今まで家事もルナの世話も、一生懸命頑張ってくれた隆の行きたいとこを聞きたいのに。勿論、次はルナの番だけどね」

母さんに教えて、と隆の頭を撫でて額にキスをする。照れた顔はするけど拒否しない息子が可愛い。


「じゃぁ・・・駅前の、手芸屋に行きたい」

「手芸屋さん?」

「うん。前、家庭科の時間に裁縫やったんだけど・・・結構、楽しかった」

頬を赤らめながらそう説明する隆の頭をぐりぐり撫でる。

「うん、うん、じゃぁ今度駅前の手芸屋さんにいって、美味しいもの食べて、電気屋さんにも行こうか」

「電気屋さん?どうして?」

「そりゃ勿論、ミシンとか買い揃えないとでしょ?お母さん調べとくから、その日に必要なもの全部買おうね」

「む、無駄遣い!」

「無駄じゃない!息子のやりたいことのを応援するお母さんの真っ当な出費!」

慌てだす隆を片腕でぎゅっと抱きしめて「大丈夫よぉ」と囁く。


「お母さん、隆のやりたいことなら全部応援する。だからね隆、これからは我慢しないでね。約束よ」

「・・・わかった」

しばらくして隆からずずっとすする音が聞こえて、あぁもっと早くあの糞野郎と離婚すればよかったと後悔した。さっさと離婚すれば、隆に我慢を強いることなんてなかったのに。

これまでの自分の行動に後悔しながらも、これからは絶対に隆たちに我慢はさせないと心に誓った。




めっちゃ働くお母さん




「お、今日は母さんが帰ってくる日だ」

東卍の集会が終わった後、携帯を見た三ツ谷はそう言って口角を上げた。

突然なんのことだかわからない武道は「えっ、三ツ谷くんのお母さん?」と首を傾げる。他の面々は慣れているのか「おぉ、今日だったのか」「良かったな三ツ谷」と軽く声をかけるばかり。


「うち母子家庭でさ。母さんは女手一つで俺たちを育てるためにいつも一生懸命働いてるんだ」

「へぇ、立派な人なんだ」

「あぁ。けど母さん、働いてる間に俺たちが寂しくしてるんじゃないかって何時も心配してる。そんな母さんがここ数年で考えたのは『一定時期に稼ぐ日を集中させそれ以外は家族にあてる』こと。だからより稼ぎがいい仕事のために、何日か家を空けるんだ。で、今日はその仕事が終わって帰ってくる日」

嬉しそうなのが表情だけでなく声からも伝わる。三ツ谷の年頃で母親のことを話せば揶揄ってくる者もいそうなところだが、東卍のメンバーで揶揄う素振りを見せる者は一人だっていない。三ツ谷が母親をいかに大事にしているかを、皆よく理解しているからだろう。

「今回は確かマグロ漁船だったな。おっ、写真も送られてきてる」

そう言って流れるように三ツ谷が武道に見せた携帯の画面には、にっかりと笑ってマグロを両腕で掲げる思ったよりもずっと若い女性がいた。


「え、若っ、は、マグロでかっ、え?え???」

「ははっ!うちの母さん力強くてさ、この間は海外行ってスタントマン業で荒稼ぎして帰ってきたんだ。すげぇだろ」

自慢の母親なのだろう。三ツ谷は楽しそうな顔で母親の武勇伝を語る。

「もっと前なんか、賞金欲しさに指名手配犯を・・・」


「たーかしー!迎えに来たよー!」


集会場である神社に響く元気な女性の声。

全員が釣られてそちらを見れば、Tシャツとジーンズ姿の、シンプルだがスタイルの良い女性が一人立っていた。小脇にヘルメットを抱えてにかりと笑う姿は健康的なエロさがある。

「母さん!迎えに来なくていいって言っただろ?」

「久しぶりに可愛い息子と一緒に我が家に帰りたかったの!ほら見てこれお土産!今日はマグロパーティーだからね!」

「バイクの後ろに冷凍マグロ括ってんの初めて見た」

「私も初めて括った!此処にくるまでにちょっとずつ解凍したから、家に帰りつく頃には食べごろだからね!」

駆け寄ってくる三ツ谷と軽いハグをした女性はその後ろにいる東卍メンバーに向けてにこりと笑った。


「何時もうちの隆と仲良くしてくれて有難う。これからも仲良くしてね!」

「母さん、それちょっとはずい・・・」

苦笑いを浮かべた三ツ谷は「ほら、早く帰ろう」と女性の腕を引いた。



あとがき

お金を稼ぐこととそれを子供たちのために使いまくることが好きなお母さん主。
息子のやることなすこと全てを全肯定してるけど、息子も息子でそんな母親を悲しませないように一定のラインは超えない。ただしバイクの無免許運転はする。

キレた時の言葉の端端から漏れでたかもしれないが、お母さんは割と口が悪い。
最近更に息子が少女漫画に出てくる不良系イケメンに成長してて慄いている。
あと、息子から「母さんの見た目ならこれぐらい余裕だろ」と可愛いワンピースをプレゼントされてときめいた。

それはそうと、息子は最近母親と一緒に歩くと『エロい年上彼女と一緒に歩いてるようにしか見えない』と言われて困ってる。年相応の主婦っぽい恰好をさせると『エロい人妻と若い燕にしか見えない』と言われるため、究極の選択で前者の方で妥協することにした。



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