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美しい娘だと言われた。

けれどそれは私にとって、誉め言葉ではなかった。

両親も、親族も、他所の男たちも、私のことを『美しい娘』と称した。笑みを・・・それはそれは気色の悪い笑みを浮かべて。


顔は私の価値だった。他所へ売り飛ばされる時の、花嫁としての、価値の一つだった。

呪力も、多くはないもののある程度は持ち得ていた。ある程度は戦えた。

女としての価値と術師としての価値は、私の『胎』としての価値を上げた。

勿論そんな価値は望んではいなかったが、周囲が私に望むのは結局はソレだった。


美しいと称されるのが嫌いだった。憎らしくすらあった。

だから私は自分の顔が嫌い。こんな顔、潰れてしまえばいいのに。

けれどそれは両親が、周囲が許さない。頼んでも無いのに使用人たちが私の顔を手入れし、美しい美しいと褒めそやす。

他人に顔を晒すのが嫌だった。男共は、どいつもこいつもこの顔を値踏みする。こんな小娘に対して、性を孕んだ視線を寄越す。気持ち悪い奴らめ。


婚約者『候補』は数多くいる。欲を出した両親が、相手方の婚約の申し出をことごとく『保留』としたのだ。

娘はまだ幼いから、娘の意思を尊重したいから・・・これっぽっちも思っていないことを理由を並べ立て、何時の間にやら婚約者候補の多いこと多いこと。

私はそんな婚約者候補たちから逃げるように、京都ではなく東京の呪術高専へ入学した。婚約者をまだ一人に定めたくない両親にとっても婚約者候補が一人もいない東京校への入学は好ましかったのか、特に反対はされなかった。



高専での生活は案外悪いものじゃなかった。

相変わらず私の顔は美しく、周囲にも「美しい」と言われたけれど、私が自分の顔を褒められると不機嫌になる様子を何度か見せつけてやればそのうちはっきりとは言われなくなった。

美しい顔をそのままに高専で過ごした。今までの人生の中で一番穏やかな気持ちになれたと思う。

三つ年の離れた後輩として五条の次期当主が入学したけれど、何なら「顔以外雑魚じゃん」とか言ってきたけれど、家よりはずっとマシ。

同じく三つ年の離れた後輩の硝子は可愛いし、五条と同レベルのクズだけれどまだマシな方の夏油は可愛くはないが嫌いではない。


今日はそのまだマシな方である夏油との合同任務。欝蒼とした森の中での呪霊退治。

入学してからあっという間に私の階級を越えた夏油の付き添いのような任務で、私は今呪霊と対峙している。

夏油はと言えば、少し前に私と対峙しているのとは別の呪霊を追いかけて去って行った。呪霊操術を持つ夏油にとって都合の良い呪霊だったのかもしれない。

そうして取り残された私の目の前にやってきたのがこの呪霊。夏油の実力なら余裕の、私の実力ならギリギリ勝てそうな感じのソイツは容赦なく私に攻撃を仕掛けた。

正直なところ、私のことを美しいと褒めそやす両親や親族、婚約者候補たちよりかは呪霊の方が好感が持てる。何故って?私の顔でさえ、奴らは容赦なく攻撃してくるから。

まぁ好感が持てるからといって、祓う祓わないの話とは別。あちらに私を殺すという意思があるなら、私もそれに応えるべきだろう。でないと私が死ぬ。


夏油が戻ってくる様子はなく、私と呪霊の泥仕合のような汚い闘いは続いた。

私もだが、呪霊も十分ぼろぼろだ。後少しでとどめ、というところで呪霊が抵抗するように腕を振るう。



「あっ」



顔に向かって呪霊の鋭い爪が迫る。

下手な避け方をすれば頭部という急所に当たる。そう判断した私は、顔を少しだけ後ろにずらすだけで大きく避けはしなかった。

頬から鼻の上に向かって一直線に顔が裂ける感覚。


・・・顔が引き裂かれた瞬間、私は確かに笑った。

アイツらが何が何でも守ろうとしたこの顔が、呆気なく傷つく様が酷く愉快だった。

ケラケラと普段の私からは想像できないような甲高い笑い声を上げながら、私は呪霊を祓った。普段の倍は力が出た気がする。私は消える寸前の呪霊に向かって「どうも有難う」と形ばかりのお礼を言って微笑んでやった。

喜べ、お前が最期に目にしたものは、一等美しいと称された顔。それも笑顔だ。まぁ、その顔もお前のおかげで傷ついたのだけれど。


呪霊が消えた頃に夏油が戻ってくるのが見えた。上手く呪霊が手に入ったのか、手の中の黒い玉状のソレを飲み込もうとしている。

「あぁ夏油!いいところに!ちょっと記念撮影に付き合って!」

そう言いながら駆け寄れば夏油は「ひゅっ!」と喉から変な声を出し、手の中からぽろりと黒い玉を取りこぼした。

何やってんのと私がその玉を拾い上げてやれば、がしりと肩が掴まれる。


「か、かかっ、顔!」

「そう!顔が潰れた記念に写真を撮るの!」

顔!顔!と言っていた夏油は仕舞いには変な悲鳴を上げ、あろうことか私を担いで走り出した。

森の外で待っていた補助監督が私の顔を見て夏油と似たような悲鳴を上げる。そのまま夏油の指示で高専まで素早く戻り、再び夏油に担がれて医務室へと運ばれた。

医務室には可愛い後輩の硝子がいる。結局まだ記念撮影が出来ていないし、夏油が使い物にならないなら硝子にお願いしようか。


「硝子!硝子硝子硝子!」

「何だクズ、そんなに慌て、て・・・?」

「顔!かおっ!先輩の顔がっ!」

「硝子!見て!この憎たらしい顔が潰れたの!夏油ったら全然記念撮影してくれないの!硝子が代わりに撮影して!」

夏油とは違って可愛い後輩の硝子にそう言うと、硝子は悲鳴を上げながら私に駆け寄って私の両頬を掴んだ。いつも冷静な硝子なのに珍しい。


「せ、先輩っ!名前先輩っ!すぐ、すぐ治しますから!」

「えっ、やめてよ硝子、私はこんな顔捨てたいの」

「血がっ、あぁっ、傷が深いっ、止血!そ、それからっ」

「慌てなくてもいいよ硝子、止血は嬉しいけど、傷跡はそのままにしてね?」

「で、でも・・・」

「お願い硝子。ね?お願い」

硝子の頬を撫でて、唇をつんっとつついて『お願い』する。硝子の目にじわりと涙が浮かんでも、私はそのお願いを取り下げるつもりは無い。

硝子が反転術式を使って私の血を止める。けれど頬から鼻上にかけての肌の引き攣りは残ったまま。


「有難う、硝子」

ぐすっと硝子が鼻を啜った。

あぁ可愛い後輩の硝子に意地悪をするつもりはなかったのに。

私を抱えたまま茫然としている夏油の肩を叩き、床に降ろして貰う。夏油の代わりに持っていた黒い玉を夏油の手にしっかり握らせ、私は医務室に設置された鏡を見た。

私の顔に、見事な傷跡が残っている。しっかり目につく、そこそこの大きさの傷跡。

ふふっと口元に笑みを浮かべながら傷跡を愛おし気に撫でれば、ぐすぐすと鼻を啜る硝子に抱き着かれた。

「顔に傷のある私は嫌?」

「っ、どんな、名前先輩でも、好きに決まってる」

「有難う硝子。相変わらず可愛い子だね」

よしよしと硝子を撫で、相変らず茫然としている夏油をそのままに夜蛾先生へと報告へ向かった。夜蛾先生も私の顔を見るなり酷く狼狽してしまい、私はつい苦笑いを浮かべてしまった。



顔に傷が残った私は、嬉々としてその写真を実家と婚約者候補たちの家へと送ってやった。

すると、私の顔が一等好きだった婚約者候補筆頭が婚約白紙を申し出てきた。

両親は「顔の傷は整形で消します!」と訴えたが、相手方は「自然な美ではなくなる」と一蹴したらしい。

高専に届いた手紙でその一連の出来事を知った私は腹を抱えて笑った。

顔の傷一つであれだけ望んでいた婚約をなかったことにする男も、そんな男に縋りつく両親も、愚かしくて仕方ない。


「あぁなんて晴れやかな気分!この傷跡一つで人生がくるりと一回転!美しいお人形さんは傷物ゲテモノ売れ残り!あぁっ、こんなことなら早く顔を潰しておけば良かったのに!」

他の婚約者候補たちも、私がこの顔の傷を消す意思が無いとしれば婚約を白紙に戻してくるだろう。相手からの私に対する愛情なんてそんなもの。あいつらは私の顔が好きなだけで、中身なんて見ちゃいなかったんだから。

鼻歌交じりに高専内を歩けば、あの日茫然としたままだった夏油と会った。

夏油は私の顔の傷を見ると再び茫然としかけ、それでもなんとか「き、傷の具合はどうですか」と尋ねて来た。夏油が五条よりまだマシな理由はコレだ。形だけでも、きちんと『先輩後輩』としての態度を取ってくれる。

五条は駄目だな。あいつは私を見るなり「はっ?え?名前?か、顔?は?何それ?何それ???」とバグってしまった。名前じゃない、名前先輩と呼べ。


「傷の具合は良好。跡が残ってるだけで、硝子の処置は完璧。ちょっとこの辺りに肌の引き攣りが残ってるけど、その程度のものよ」

つんつんっと鼻の上に触れる。

「先輩、あの、私は先輩の顔に傷があっても、先輩のことが・・・こ、好ましく思います」

「あら、何よ夏油。私は別にこの傷が辛すぎて明るく振舞ってるんじゃないの。反吐が出る程嫌いだったこの顔に欠点が出来たことが嬉しくてたまらないの。慰めなんていらない」

「慰めではなくっ!」

「あー、はいはい。夏油にしても五条にしても、私の顔だけは好きだもんね」

夏油が慌てたように「顔だけなんてそんな」と言っているけれど、正直どうでもいい。


「ねぇ夏油?私はこの顔の傷がとても好きなの。私の人生を変えてくれた恩人のようなものなの。『顔に傷があっても』じゃなくて『その傷ごと』私のことを好ましく思えないなら、夏油もそこまでってことよ」

「っ、その傷ごと!名前先輩のことが好きです!」

必死の形相で、叫ぶようにそう言った夏油に私は笑ってしまう。

「何そんなに必死になってるの?ふふっ、夏油、あんた結構面白いところもあるのね」

「わ、笑って・・・!先輩は、その、面白い男の方が好きですか?」

じわじわと顔を赤くしながら問いかけてくる夏油にまた笑ってしまった。今日の夏油は面白い。


「なぁに?変な質問。そうね、聞いても無いうんちくを披露してきたり、こっちをこき下ろすしか能のない奴よりは、面白い男の方がずっといい」

今の夏油みたいにね、という言葉を添えてぽんっと肩を叩いてやれば、夏油は真っ赤な顔のまま「ひょっ」と変な声を上げた。




彼女はマドンナ




その後、私の言葉をどう解釈したのか、夏油は夏油から私が『面白い男が好き』という情報を与えられたらしい五条と共に『祓ったれ本舗』という謎の漫才コンビを結成した。

定期的に私と硝子の前で漫才ショーを披露する二人に、私は腹を抱えて笑い、硝子は二人を冷めた目で見ていた。



あとがき

・顔がべらぼうに美しい歌姫成代り主。
顔で国が傾けられるぐらいの、まさに傾国顔。
呪力もそこそこあってある程度戦えるため、胎としても期待されている。ただし本人はどんな手を使ってでも抵抗するつもり。
今回『おもしれぇ男』ムーブをした高専のマドンナ。

・マドンナの前では反応が童貞臭い夏油
何をどう解釈したのか呪術師兼マドンナの前限定で漫才師になった。
普段しかめっ面のマドンナが笑ってくれて嬉しい。

・恋愛テクが小学生な五条
意地悪な言動と悪戯を繰り返してはマドンナに構って貰っている。
この度相棒と一緒に漫才師にもなった。
マドンナが笑ってくれたのが嬉し過ぎて、今後ネタの完成度が増す。

・婚約者候補
今回の一件で婚約者候補が少し減った。少し。
顔の傷は治療させればいいじゃんって考えの者と、顔に多少傷があってもまだ顔面力はあるから大丈夫って考えの者がいる。
もしかすると禪院家の次期当主候補筆頭も婚約者候補かもしれないし、顔に傷が残っても婚約者候補であり続ける者の一人かもしれない。



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