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私は既に死んでいる。

死因はわからないし生前のことは覚えていないけれど、私は確かに死んでいるのだ。

死んでいるくせに、身体がある。魂だけの幽霊じゃなくて、それを覆う身体で動いて考えている。

私のような存在はゾンビだとか、アンデッドと呼ばれるらしい。

ゾンビとアンデッドの違いはわからないけれど、要するに死んでるくせに動き回る奴らってことだ。単純な方がわかりやすい。

死体の状態が良かったのか、一見すると私は生者となんら変わらない見た目をしている。

言葉は喋れるし、死臭や腐臭は臭い消しを使えば多少はおさまるし・・・まぁ心臓は止まってるから心音を聞かれたら終わりなんだけれど。


そんな私が生者から『人間』と勘違いされるのはよくあること。

けれどまさか、ある日突然迷い込んでしまった『異世界』でまで勘違いされるとは思ってもみなかった。

ナイトレイブンカレッジという魔法使いの男の子を育てるための学校で私は特例の女子生徒として通っている。流されるままにそうなったけれど、生者に混じってなにかをするのは少し面白い。

購買部には臭い消しは勿論、防臭剤や防腐剤もある。獣人は鼻がいいのかたまに凄い顔で見られるけど、まさか私が死人だとは思ってもみないらしい。購買部のサムさんも、私が定期的にそういった類のものを購入することについては少しぐらい違和感を感じているだろうに、特に踏み込んだ質問はしてこない。商売人の鑑だと思う。


「おーい名前、何ぼんやりしてんだよ!授業遅れるぞ」

「次はクルーウェル先生の授業だ。課題はやってきたか?」

「ふなっ!?俺様、課題なんて知らないんだゾ!」

この世界で最初に仲良くなった二人と一匹は今日も賑やかだ。

「ほら急げって!」

ぼんやりしていた私の手を掴んだエースが「うひぃ!相変わらず氷みたいに冷たい手だな」と声を上げ、それを聞いたデュースが「女性は冷え性になりやすいと母さんが言っていた。冷え性には生姜がいいらしい」とアドバイスをくれる。けれど残念ながら、私のこの身体は生姜を丸齧りしたって冷えたまま。だって死体だから。


「グリムでも握っとけば?少しはマシになるんじゃね?」

「やーだね!子分に握られてたら、俺様まで凍えちまうんだゾ!」

私のカイロになるのを拒否したグリムに「うん、グリムが冷えちゃうから、別にいいよ」と言えば「す、少しだけならいいんだゾ!」と言ってくれた。なんだかんだ、グリムはいい子なのだと思う。

そんな会話をしながらもギリギリの時間に教室に飛び込む。


クルーウェル先生の授業は座学と実技があり、今日は実技の日。二人一組になるように指示され、私とデュース、グリムとエースでそれぞれ大鍋の前に立つ。

私とグリムは本来二人で一人の生徒だけれど、私とペアになるとグリムが私に全部丸投げしてしまう実態を問題視したクルーウェル先生が「必ずしもお前たちがペアになる必要はない」というこの授業限定の決まりを作ったのだ。

そのおかげかどうかは断言できないけれど、錬金術での大失敗は大幅に減り、クルーウェル先生にも「なかなか筋がよくなった」と言ってもらえた。


「名前、実の大きさはこれで大丈夫か」

「うん、いいと思う。デュースは刻むのが上手いから助かる」

デュースに刻んでもらった紫色の実を大鍋に入れら右に3回と左に5回・・・

大鍋の中でぐつぐつと煮込まれる液体の色は、教科書の写真と殆ど同じ。今回は目立つ失敗も見当たらないため、大成功するかもしれない。デュースもそう思っているのか、ややソワソワとしているけれど、もう少し我慢して欲しい。何事も終わりかけが一番失敗しやすいのだから。

もしかすると、そう思ったのがよくなかったのかもしれない。フラグというやつだ。

隣の大鍋で作業をしていたはずのエースとグリム。ちらほらと口論が聴こえていたけれど、それがどんどんヒートアップしている気がする。

気づいた時にはどうやら手遅れだったようで、唐突にエースとグリムの取っ組み合いが始まると、そのままエースの背中がデュースにぶつかった。

あ、という言葉と共に、デュースが仕上げ用にと持っていた薬品が瓶ごと鍋へ・・・

私は咄嗟にデュースと近くにいたエースを突き飛ばした。死者特有の、リミッターが外れた腕力は軽々と二人を突き飛ばせる。

次の瞬間鍋が爆発する音がしたけれど、飛び出たのは液体ではなく剣山みたいな鋭い複数の鉱石だった。

飛び出したのが液体がなら教室が大惨事だっただろうけれど、固体なら大丈夫だろう。鍋のそばにいたデュースもエースも床に尻餅をついたままこちらを見上げている。あれ、顔色が悪い気がする。


「う、腕!名前っ、腕!」

え?と自分の腕を見れば、肘から下が無くなっていた。いや、あった。教室の隅に吹っ飛んでいる。

どうやら鍋から突き出した鉱石の一つがピンポイントで私の腕を吹き飛ばしてしまったらしい。

私がその腕を拾いに行くと、他の人たちの顔色はどんどん悪くなる。困ったな、まさかこんなところで腕が吹っ飛んでしまうなんて。

鋭い鉱石のおかげか断面はとても綺麗だけれど、掴んだ腕を肘に当ててもくっ付くわけがない。あ、誰かが失神した。

クルーウェル先生が「仔犬、すぐに止血をする!動くな!」と言っているが、止血してもこの血は止まらないだろう。血が止まって傷が回復するのは、生者の特権だ。

ならどうするか。答えは簡単、傷を塞いで血が溢れないようにすればいい。

一番いいのは縫合。針と糸さえあればいい。

でも残念、私は裁縫道具を持ち歩くような淑女ではない。

・・・あぁそうだポムフィオーレ。そうそう、あの寮の人なら裁縫道具くらい持ち歩いていそう。

ぐるりと教室を見渡せば、青い顔をした生徒達の中にポムフィオーレの腕章を見つけた。


「あの・・・」

「ひいっ!」

ぼたっ、と腐った血と脂が滴る。困った、これだけ液体が流れると、防臭剤じゃどうにもならない。

教室にいる一部の獣人の生徒があり得ないものを見る目でこちらを見ている。早く腕をくっ付けて、臭いのもとをどうにかしないと。

今にも気絶しそうなポムフィオーレ生。彼が気絶する前に裁縫道具の有無だけでも聞かなければ。

「腕を縫い付けたいので、持っていたら裁縫道具を貸して貰えませんか?針は消毒してから返します」

あ、失神した。




異世界アンデッドガール




「つ、つまり、貴女は動く死体、肉のあるゴーストであると?」

保健室の丸椅子に座り青い顔の保健医に腕を縫合して貰いながら、同じく青い顔でガクガクと震えている学園長に「はい、まぁ」と返事をする。肉のあるゴーストはなかなかに新しい表現で、少し気に入った。

ポムフィオーレ生が気絶した直後、私を抱えて保健室まで走ってくれたクルーウェル先生は、現在ぐったりとベッドに寝かされている。気絶をギリギリまで耐えて私を保健室まで連れてきたためだそう。クルーウェル先生には悪いことをした。

「でも別に、そんなに隠していたわけじゃないです。定期的に提出してる購買部の領収書の内訳は、防臭剤と防腐剤とツナ缶、大体この三つだけでしたよね?学園長からの生活費にはどう考えても人間一人と魔獣一匹の食費が含まれていなかったから、最初から死体で良かったです。本当に生きているなら、今頃死体になってました」

死体であることに感謝しながらそう口にすれば、いつの間にやら目を覚ましていたクルーウェル先生と私の腕の縫合を終えた保健医が学園長をぼこぼこにし始め、流石に驚いた。



あとがき

異世界にやってきたゾンビなガール。
ゾンビとアンデッドの違いはイマイチわからないけど、自分が生きていないことはわかっている。
たぶん元々はファンタジーな世界にいて、もしかすると勇者もいる世界だったのかもしれない。夢が広がる。
これを機に今後ゾンビであることを隠さなくなるかもしれない。防臭はマナーだからきちんと続ける。



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