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小銭を入れてボタンを押すだけ。たったこれだけの作業に失敗する程、俺は疲労していたらしい。

直属の上司の鬼怒田さんのもと日々研究と開発を繰り返す我が部署は、年がら年中忙しい。特に俺みたいな下っ端は、雑用という雑用が全て回ってくるのだ。


少し前に起こった大規模侵攻で本部はボロボロになりその修復作業に追われ、それが終わったと思えば今度は敵近界民の記憶と意思を持ったラッドの記録をまとめたり、敵近界民の技術である『角』の調査をしたり・・・やることはいくらでもある。終わりが見えない。

他の同僚も俺同様にふらふらで、立ちながら寝る奴も出てくるぐらいだ。まぁそんなの鬼怒田が許さないわけだけど。でも鬼怒田さんだって目の下にくっきりとした隈を作るほど疲れているのだ、皆揃って少しぐらい休んだってバチは当たらない気がする。

そんな地獄の職場で人一番ぐったりしていた俺に気を利かせたチーフの寺島さんが「ジュースでも飲んで休憩していいよ」なんて言ってくれたから良かったものの、あのままだと倒れてそのまま気絶していた気がする。

というのも、他の奴等がばたばた倒れるせいで嫌な具合に自分の休むタイミングがなくなってしまっていたのだ。抜けた穴は埋めなきゃいけない、働かなきゃ!という具合に。そんな中で告げられた寺島さんの言葉はまさに鶴の一声。俺、一生寺島さんに付いて行こう。



「・・・あーあ、失敗」

ふらふらと自販機のある休憩所まで行き小銭を入れたまでは良かったものの、ぼんやりとした頭で押したボタンに俺はすぐ後悔した。

本当ならアイスコーヒーが飲みたかったのに、出てきたのはその隣のジンジャーエール。

今欲しいのは炭酸ではなくカフェインだった。が、買ってしまったものは仕方ない。

ため息をつきながら取り出し口からジンジャーエールのペットボトルを取り出した時、背後から「あの」という声がかけられた。

まさか背後に人がいるとは思わず「は?」と割と間抜けな声を上げてしまった俺。振り返るとそこには我らがボーダー隊員が立っていた。


「あぁごめん、もしかして自販機使う?すぐ退くからさ」

「・・・いえ、そういうわけでは」

黒いスーツ姿のボーダー隊員は、確かB級の二宮隊隊長の・・・二宮なんとかくんだ。流石に名前までは覚えてない。


「珍しいですね、貴方がこんな場所にいるなんて」

珍しい、ということは普段俺がこんな場所にはこれないぐらい忙しいことを知っているのだろう。俺は相手を知らないが、相手は俺を知っているらしくちょっと申し訳なく思った。何処かで喋ったことあったっけ?



「以前、貴方にトリガーのメンテナンスをしていただきました」

俺が二宮くんのことをよく思い出せないことに気付いたのか、二宮くんは自分からそう説明してくれた。だがその情報だけじゃ思い出せない。

「そうなんだ。でもごめんね、結構大人数のトリガーをメンテナンスするから、隊員の顔までは覚えてなくて。・・・あ、トリガーを見せてくれれば思い出すかも」

俺の言葉に二宮くんは大人しくトリガーを差し出してくる。それを受け取り、いろんな角度から見た。

「あぁ、覚えてるよ。確か半年前の定期メンテナンスの時だったかな、綺麗に使われてたからよく覚えてる」

たまに物凄く薄汚れたトリガーとか、やけにデコられたトリガーがメンテナンスに出されてる時があるから、新品同様にぴかぴかのトリガーは案外よく覚えているものだ。


「丁寧に扱ってくれてるんだね、有難う」

「いえ、こちらこそ有難う御座います。・・・あの」

「ん?」

「そのジンジャーエールは・・・」

二宮くんが俺の手にあるジンジャーエールのペットボトルに視線を向ける。


「あぁこれ?本当は別のを買うつもりだったんだけど、ぼんやりしてたら押し間違えちゃったんだ」

「そうなんですか」

俺の説明にそう頷いた二宮くんは財布から千円札を取り出し、俺の横をすり抜け自販機にそれを投入する。ぴかりと光り出したボタンの中の一つに迷うことなく指を伸ばしてそのまま押した。

ピッという軽快な音の直後にガタンッと取り出し口に商品が落下してくる音。二宮くんが少ししゃがんでそれに手を伸ばした。

出てきたのは缶のアイスコーヒーで、二宮くんはそれを手に持ったままこっちに数歩近付いた。



「これ」

「ん?」

「アイスコーヒーが飲みたいなら、これと交換しましょう。値段は同じなので、大丈夫ですよね?」

「いや、確かに一緒のようだけど・・・」

何故知っているんだ?と自分の手にあるジンジャーエールと差し出されたアイスコーヒーを見比べながら首をかしげる。


「あ、ごめんね。もしかしてさっきの『あー、失敗』って台詞聞いてた?気を使わせちゃったみたいだ」

何となくそんな仮説を立てて声を上げる。まぁそれでも、俺が本当はアイスコーヒーが飲みたかったのを知ってる理由にはならないけれど。

正直疲れた体と頭じゃ上手いこと正解にたどり着けそうにない。もういっそ清く受け入れた方が楽だ。


「有難う。でもいいの?ジンジャーエール飲める?」

差し出されたアイスコーヒーを受け取ってジンジャーエールを渡しながら問うと二宮くんは「はい、好きなので」と言って頷いた。

「へー、ジンジャーエール好きなんだ。俺も普段は炭酸飲んだりするんだけど、仕事中はアイスコーヒー派だからさ」

「知ってます」


「うん?」

「ずっと見てたので、知ってます。今回は一段と長く研究室に籠っていたようなので、此処で会えるとは思わず嬉しかったです」

上手いこと頭が回らないが、彼は中々に重要なことを言ってはいないだろうか。

ずっと見ていた、今回は一段と長く研究室に籠っていた、俺が仕事中アイスコーヒーを飲むことを知っている・・・



「休憩中、すみませんでした。姿を見たら嬉しくなって近づいてしまって」

「あ、いや、えーっと・・・」

「では俺はこれで。失礼します」

困惑する俺を他所に二宮くんはさっさと去って行く。



「・・・二宮、何だっけ」

結局名前は思い出せなかったけれど、彼の顔は忘れられそうにない。






おつかれさまです






「寺島さん、二宮隊の隊長って二宮何くんでしたっけ」

「二宮匡貴だよ。あぁ、もしかして会ったの?」

「まぁはい。やけに俺に詳しいな、と」

「苗字は知らないだろうけど、たまに様子を見に来るからね」

「何の」

「苗字の」

何で?と首を傾げれば寺島さんは「そりゃ・・・」と俺を見つめる。


「気に入られちゃったからじゃない?」

「えー、全然身に覚えがない」

「仕事に集中すると周りが見えなくなるからね、苗字は。まぁそんな苗字を好きになっちゃった理由は本人にしかわからないだろうけど」

ほら休憩終わり、仕事仕事。と言う寺島さんに俺は「はーい」と自分の持ち場に戻った。予想外だったとはいえ、二宮くんに交換してもらったアイスコーヒーで少しは疲れが取れた気がする。



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