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三つ年の離れた兄さんは僕にとっての特別な存在だった。

僕が幼稚園生の頃、小学校低学年だった兄さんは僕を大事に大事にしてくれた。

小さくて動きも鈍い僕を自分が守らなければと思っていたのだろう。僕が何かをすれば必ず兄さんが傍にいて、逆に兄さんが何かをする時には僕が後ろからついて行った。傍にいる僕を見つめては嬉しそうに笑う兄さんが、僕は大好きだった。


実のところ兄はもう一人いるのだけれど、僕が幼稚園の頃すでに中学生だったもう一人の兄さんはどちらかといえば『大人』の部類で、世話はして貰えるけれど一緒に遊ぶような相手ではなかった。勿論もう一人の兄さんのことも好きだけれど、やっぱり僕にとっては兄さんが特別だった。

兄さんが大好き、一番大好き、ずっと一緒にいてね。

そう伝えれば嬉しそうに笑ってくれる兄さんが「俺も大好き、ずっと一緒にいよう」と言ってくれれば、それだけで僕は幸せだった。

何をするにも兄さんと一緒。ご飯を食べるのも、お外で遊ぶのも、お風呂に入るのも、眠るのも・・・


僕にとってはこれ以上にない幸せな日々だった。けれどその幸せは、長くは続かなかった。

何時からか正確には思い出せないけれど、何時の間にやら兄さんの隣には『ゼロ』という友達がいた。

気付けばご飯を食べる時に兄さんが口にするのは「今日はゼロが」「ゼロと一緒に」「ゼロが言ってた」とゼロの話ばかりで、僕はその話を聞く度にもやもやとした何かを感じていた。

大人になれば三つの年の差なんて小さなものだろうけれど、子供の三つの差は大きい。小さな僕と一緒じゃ兄さんは不自由だった。それまでは不自由を不自由とも感じてなかったようだけれど、ゼロと出会った、ゼロと駆けまわるようになった兄さんはだんだんと僕と一緒にいる『不自由』を感じるようになってしまった。

ゼロと遊びに行くと言う兄さんに「僕も」と言えば、兄さんは少し困った顔をするようになった。


今日は木登りをするから名前はまた今度、今日は虫取りをするから名前はまた今度、今日は他の同級生も混ざって追いかけっこをするから名前はまた今度、また今度、また今度、また今度、また今度、また・・・

また今度っていつ?と僕は兄さんがいなくなった家で泣きじゃくった。

置いて行かれて泣く僕を見た母さんが「名前も連れて行ってあげなさい」と言えば、兄さんは僕が母さんに告げ口をしたのかとまるで責めるような顔をした。

母さんに言われて仕方なくという風に僕と一緒に家を出る兄さんに僕はひっそりと傷ついた。それでも兄さんと一緒にいられることが嬉しかった。


その日はゼロと駆けっこの練習をする予定だったらしい。僕がいるのにゼロとばかりお喋りをする兄さんの気を惹きたくて「見て、虫さん」とダンゴムシを見せたり「見て、この石きれい」と何度も話しかけたら「今ゼロと話してるから後で」とあしらわれた。

ゼロもゼロで初対面の年下の子供とどう接したらいいのかわからなかったのか、僕のことをちらちらと見るだけで話しかけてはこなかった。

僕は寂しくて、ゼロと楽しそうに喋る兄さんを見たくなくて、ただただ泣かないように我慢した。ダンゴムシも綺麗な石もぽいっと投げ捨てた。

ゼロと兄さんが楽しそうに駆けっこの練習を始めると、いよいよ僕は独りぼっちになった。もやもやが爆発しそうになった。

「兄さん、兄さん、僕とも遊んでよ。一緒にブランコしよう」

駆けっこの練習がひと段落して、ようやく僕とも遊んで貰えると思って、そう話しかけた。すると兄さんは、困ったような顔・・・ではなく、嫌そうな顔をした。

そう、心底嫌そうな顔をしたのだ。


「・・・ブランコぐらい、一人で出来ないのか?」

ぴしりと何かがひび割れた気がした。


流石に傍にそれを聞いていたゼロが「ヒロ!ちょっと言い過ぎだぞ」と注意をしたけれど、兄さんは小さく「・・・だって、名前がいると遊べない」と呟いた。

そうだ。幼稚園生の僕は、小学生の遊びには邪魔だった。

駆けっこも出来ない、かくれんぼも傍についてなくちゃいけない、ブランコも一人じゃこげない、一人じゃ家に帰れない・・・

何をするにも一緒が幸せだった時期はもう終わっていた。兄さんはもう僕と一緒は望んでない。兄さんが今望んでいるのは『外』の『友達』だった。

それに気付いてしまった僕は、もやもやが爆発してしまった。

大きな声で泣き、兄さんに「何で遊んでくれないの!また今度遊ぶって言ったのに!」と訴え、ゼロには僕から兄さんを盗るなと、お前なんか嫌いだと叫んだ。

するとどうだろう。兄さんが「煩い!」と怒鳴った。

驚いた僕はぺたんっとその場に尻もちをついた。


たぶん、初めて兄さんに怒鳴られたんだと思う。キッと僕を睨みつける兄さんが怖くて、怖くて怖くて仕方なくて、僕は泣きながら駆けだした。一人じゃ出歩いちゃいけませんと母さんが言うから外に出る時は大抵兄さんは母さんと一緒だったけれど、道はちゃんと覚えていた。

わんわんと声を上げて泣きながら家に帰ってきた僕に、母さんはとても驚いていた。

それからしばらくして帰ってきた兄さんを母さんが叱った。兄さんは僕を睨んだ。

・・・もう、兄さんは僕に優しく笑ってはくれなくなった。

もう僕に大好きとは言ってくれない。もう僕と一緒にいてはくれない。

この世の終わりのような絶望を味わった僕は、せめてこれ以上兄さんに嫌われないように、兄さんに付きまとうのを止めた。

兄さんは一人じゃ何も出来ない僕が嫌になってしまったんだと、僕はある程度のことは一人で出来るように頑張った。兄さんに迷惑をかけるのが、怖くなったんだ。

やってみたら案外出来ることはあった。一人でお風呂に入れるようになった、夜一人でも眠れるようになった。

いつしか一人で出来ることは増え、一人でいることが当たり前になった。


幼稚園を卒園して小学校一年生になった僕は、一人で公園に遊びに行けるようになった。母さんは出来るだけ大勢で遊びなさいと言ったけれど、人見知りの僕には友達なんてこれっぽっちもいなかった。

そうして独りぼっちで公園のブランコで遊ぶ僕は、一人の大人に出会った。

出会った大人はあまりいい大人ではなかった。

気付いたら車に乗せられて、気付いたら知らない場所にいた。

僕は誘拐されたらしかった。車で移動中、車内から兄さんとゼロの後ろ姿が見えて咄嗟に呼ぼうとしたけれど、兄さんの嫌そうな顔が頭をかすめると声なんて出なかった。




僕を誘拐したのは身代金目当てとか、そういうわけではなかったらしい。まるで病院のような場所に連れてこられた僕は、白衣を着た大人たちに囲まれた。

お家に帰してと泣く僕を、大人たちは鬱陶しそうに見ていた。

あの時の兄さんも泣く僕を嫌そうに見ていたから、きっとこれが普通の反応なんだなって思った。僕は泣くのを止めた。

真っ白な病室で毎日毎日いろんな種類の薬を打たれて、でも泣かずに我慢すれば、ご褒美だと言ってチョコレートを貰えた。・・・そのチョコレートも、多分薬が沢山入っていたみたいだけど。


薬の影響か過度のストレスからかはわからないけど、僕の髪は真っ白になってしまった。兄さんと同じ黒髪はなくなってしまった。きっと、兄さんに嫌われてしまった僕には兄さんと同じ色を持つ資格はなかったんだな、とひっそり傷ついた。

髪が真っ白になった頃、僕は実験だけではなくて実験をする組織のお手伝いをするようになった。組織の人間が殺した相手を片付ける、死体を処理するお手伝い。

沢山の死体を切り刻んで、沢山の死体を燃やしたり溶かしたり埋めたり流したりした。そんな中、虫の息ではあったけれど生きている人もいた。そういう人を僕は殺した。死体が生き返っちゃいけないから。

そうやって死体処理を続けていると、ある日から僕は実験をしなくてもよくなった。組織のお手伝いだけをするようにいわれた。

ただの実験動物から組織の構成員なんて、凄い出世だった。畜生から人間になったんだから。

正式に組織の構成員になってからは、死体の処理だけじゃなくて生きている人も殺すようになった。小さな子供も沢山殺した。あの頃の兄さんと同じぐらいの子供も、あの頃の僕と同じぐらいの子供も。

何で殺さないといけないのかな?と疑問を持ったことはあるけれど、疑問を持っても仕方ないんだって知った。僕が殺さなくても別の誰かがターゲットを殺すなら、僕が苦しまないように殺してあげた方がいいんだ。それに、殺さないと僕が殺されるし。

そんな風に沢山沢山殺したら、僕には本名とは別の名前が付けられた。幹部だけに与えられる、コードネーム。僕は畜生から人間になって、ただの人間から幹部になって、そうして今に至る。




「というのが、僕が組織入りした経緯かな。まぁ完結に言うと、子供が一人で遊ぶと危ないよねって話です」

最近幹部になったウイスキートリオの案内役をジンに任された僕は、幹部昇進祝いにと彼等を自分のセーフハウスへと招いた。もちろん、数あるセーフハウスのうちの一つだ。

四人でそこそこお酒を飲んでいるとバーボンが唐突に「そういえば貴方はどういった経緯で組織に?」と尋ねてきた。別に隠していることでもないからとこれまでの経緯を離せば、何故だか元々顔色が良くなかったスコッチとバーボンが更に顔色を悪くした。

すっかり真っ青になってしまったスコッチとバーボンに首をかしげていると、ライが無言で僕の頭を撫でてきた。ライはジンと同じで悪人面だけど、悪いヤツではないらしい。犯罪組織だから良いヤツではないだろうけど。


「家族の様子を知りたいと思わないのか。兄との確執があったとしても、他の家族はそうじゃないだろう。幹部になったのだから、調べることは出来る」

その言葉に「んー」と軽く唸る。

「実は、兄さんの顔が思い出せないんです。兄さんの顔どころか、小さい頃知っている顔全部。なんだかトラウマになっているらしくて、思い出すと僕の心がクラッシュして廃人になるだろうから、思い出すのは止めた方がいいって組織の研究者から言われました。幼少期の心の傷は一生ものなんだなと身をもって知りました」

あ、スコッチが机に突っ伏してしまった。バーボンも両手で顔を覆っている。

「でもいいんです。兄さんは僕のことが嫌いになってしまったから、きっと今更僕と出会っても嫌な思いをさせてしまうだけです。それにほら、組織の人間に相応しく薄汚れてしまったので、合わす顔が無いですし」

机に突っ伏したままのスコッチがズズッと鼻を啜った。バーボンは両手で顔を覆ったまま動かない。

二人とも相当酔っているのかな?

介抱してあげた方がいいかな?と思った時、ふと明日の朝早くからの予定を思い出した。


「っと、しまった。明日は朝から志保の買い物に付き合う約束でした。この部屋は好きに使っていいので、僕は失礼します」

割と長い付き合いの志保はとても可愛い。妹ってこんな感じなのかな?と思いつつ、つい可愛がってしまう。

そんな可愛い志保から買い物に行きたいと言われれば、荷物持ちを自らかって出てしまうのも仕方ない。

僕は明日のことに胸を高鳴らせながら、三人を置き張りにセーフハウスを出て行った。





ぼくをすきじゃないおにいちゃん





「・・・違うんだっ、お前のことが嫌いになったんじゃなくて、あの頃は反抗期みたいなやつで・・・」

「あの時気付いていれば名前くんは誘拐されなかったのか?いや、あの時俺がもっとヒロと名前くんの仲を取り持っていれば・・・」

酔いとショックでパニックになっているらしい二人からポロポロ零れる情報に、ライは「もしかしてこの二人もNOCか?」なんて察してしまったらしい。

二人にとっては最悪な事態だが、FBI捜査官の赤井秀一からすれば協力できる相手が二人も発見出来たのはとても良いことだった。



あとがき

・兄さんに嫌われちゃったからもうどうだっていい弟
兄さんの拒絶でSAN値直葬
兄さんに嫌われた自分が嫌い
小さい頃から鈍臭くて一人じゃ何もできない駄目な自分と、何でもできる完璧な兄さん(一部思い出補正アリ)。本人は気付いていないけれど、そこそこスペックは高い
口癖は「あぁ、だから兄さんに嫌われたのか」

・幼き日のしっぺ返しがデカすぎた兄
弟のことは大好きだが当時は遊びたいざかりだった。
弟の面倒を母親から任されて友達と遊ぶ約束が出来ないのが嫌だった。弟が嫌なのではなく、遊べないのが嫌だった。でもどう言い訳をしたって今更遅いと本人も気づいてる。
どんなに後悔したって弟を傷つけた事実も弟が誘拐されてそのまま帰ってこなかった事実も、弟が組織で手を汚してもう戻れないところに来ている事実も、全て変わらない。
今後弟が「こんなんだから兄さんに嫌われちゃったんだろうね・・・」という自虐ネタを口にするたびにSAN値が削れていく。



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