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ショーウィンドウの向こう側にあるその靴を見た時、浮かんだのはあの人の顔だった。



「あ?何見てんだよ名前」

「あぁ、ザップくん。えっと・・・」

隣にいたザップくんが突然立ち止まった僕の視線の先を見る。


「あ?女の靴?プレゼントする女でもいんのかよ」

「えーっと・・・ううん、ちょっと見てただけ」

「真っ赤なヒールかぁ。相手は年上か?」


「綺麗な色だったからついつい見入っちゃっただけだよ。さ、早く事務所に帰ろう」

「馬鹿野郎、プレゼントならとっとと買ってこいよ」

「え?でも・・・」

「任務は二人一組だったが、帰りまで一緒じゃなくたって良いだろーがよぉ。ザップさんは先に帰るぜ、じゃぁな」

そう言うと、止める間もなくザップくんは去って行ってしまった。

取り残された僕は、しばらくそのハイヒールを見詰め、それから戸惑いながらも入店した。


「あの・・・飾られてる赤い靴、見せて貰っても良いですか?」

あの人の足は、どれぐらいだっただろうか。

履いて貰えないのはわかりきってるのに、不思議と胸は高鳴っていた。






「ただいま戻りました」

「おかえり名前、遅かったじゃないか。何時も真っ直ぐ報告しに来てくれる君らしくない」

「すみません。ちょっと寄り道しちゃって」

靴を買ってからすぐに事務所に戻ればそこいるのはスティーブンさんだけで、書類から顔を上げた彼は僕に向かってにこりと微笑んでくれた。


今日の任務の報告を手早く済ませよう。ザップくんのことだ、先に帰って来ただけで報告書のことなんてすっかり忘れているだろう。覚えてたとしても僕にやらせる気満々のはずだ。


「ザップの奴から聞いたよ。知らなかったな、君に年上の恋人がいるなんて」

「それはザップくんの勘違いですよ。僕には恋人なんていません」

「へぇ?じゃぁ、想い人はいるって?」

突然スティーブンさんにそんな話を振られて驚いたが、努めて冷静に返事をしなくては。それにしてもザップくん、すぐに人に喋ったな。


「意地悪しないでくださいよスティーブンさん。あ、報告書書きますから用紙を・・・」

「真っ赤なハイヒール」

「・・・スティーブンさん、用紙をください」

用紙をくださいと差し出す手に、スティーブンさんが紙を載せることはない。代わりに、にっこりとした笑みを向けられた。

心なしかその笑みは冷ややかで、僕は「どうかしましたか」と問いかける。笑みが深まった。



「今まで浮いた話が全くなかった部下が真っ赤なヒールが似合う年上の女性に想いを寄せてるなんて、上司としてはちょっと気になるじゃないか」

「いませんよそんな人」

「じゃぁ、その手にある紙袋は?駄目だな、名前は。一度荷物を置いてから事務所に来れば良いのに、真面目さも此処までくるとちょっと間抜けだ」

「靴を一足買っただけで酷い言い草ですね。僕、何かスティーブンさんを怒らせるようなことしましたか?帰りが遅くなったことなら謝ります」

「怒る?いやいや、僕は別に怒ってはいないさ」

「じゃぁ何で・・・」


「その真っ赤なハイヒールは、誰に、あげるんだい?」

内心ではとても困惑している。

普段なら取らないであろう態度でスティーブンさんが僕を追及しているのだ。何故そんなにこの靴の行き先が気になるのだろう。



「・・・あげる人なんて、いません」

「へぇ?君は、自分が履きもしない、あげることもない靴を買う趣味があるのか」

「似合うなと思った人はいましたが、その人に送るつもりはありません。迷惑なだけですから」

これはただの自己満足。綺麗な真っ赤なハイヒールはこの先誰にも履いては貰えない。プレゼントしたいな、なんて淡い欲望を押し込めておくだけの器に過ぎない。


「相当その相手にご執心らしいね、名前は」

「・・・そう見えますか?」

「そうだね、腹が立つほど」

「何故スティーブンさんが腹を立てる必要があるんですか?スティーブンさんには何も不利益にならないはずじゃ・・・」


「今まで浮いた噂が何もないからと安心してたのにひょっこり知らない女が現れて君の心を掻っ攫えば、頭にくるのは当たり前だ。まったく何処の女だ?この間の任務先の女か?それとも君がよく行くアンティークショップの店員か?」

「・・・あの、スティーブンさん?」

「取りあえずその手にある紙袋は没収させて貰って良いか?見ていると非常に腹が立つ」

気付けばスティーブンさんの顔からは笑みなんか消えてて、代わりに恐ろしい顔で紙袋を睨みつけていた。

僕は少し戸惑いながら、そっと紙袋を後に隠す。するとスティーブンさんは怒ったように机を叩き、席を立つ。


つかつかと僕に近づいて来るスティーブンさんの勢いに押され、少し後ずさった。

「それを渡してくれないか?名前」

「あの、これは・・・」


「代金はちゃんと返そう。取りあえずそれはこちらで処分させてくれ、頼むから」

心底憎らしい物を見る目で紙袋を見詰めている。

紙袋の中には真っ赤なハイヒールがある。あの、鮮やかで綺麗な、美しい、まるで・・・



「・・・処分しないでください」

「・・・そんなにそれが大事なのかい?」

「大事というか、絶対に似合うと思って買ったものだから、処分されたら傷つきます」

「君がそこまで愛する人がいるなんて驚きだな。・・・少し強引だったかな、すまない名前、少し頭を冷やしてくる」

先程までの勢いは何処へやら、突然落ち込んだような顔をしながら額を抑えるスティーブンさんに「あ、あの・・・」と声を掛ければ視線がこちらに向く。


「えっと・・・その、座りませんか?」

「座る?あぁ、話し合おうって?君は真面目だなぁ」

にこりと笑ってくれるのにその笑顔には力が無い。

僕の言うとおりソファに座ったスティーブンさん。僕はその足元にそっと近づいた。



「ん?どうしたんだ名前、座るなら正面のソファに・・・」

「あの、靴を、脱がせて良いですか?」

「・・・突然だなぁ、何だってそんな・・・」

そこまで言いかけたスティーブンさんは、ぱちぱちと目を瞬かせ、それから小さな声で「いや待て、そんな、まさかな・・・」と呟く。そのまさかだ。


僕は紙袋から箱を取り出し、箱の中から真っ赤なハイヒールを取り出した。

靴も靴下も脱がせたスティーブンさんの足にそっと宛がうと、僕の予想は当たっていたのかぴったりと綺麗にスティーブンさんの足を包んでくれた。

細くてしなやかで、とても美しいスティーブンさんの足に映える真っ赤なハイヒール。僕はそれを眺めて思わず頬を緩めてしまった。




「・・・名前、妙なことを聞いても良いかい?」

「はい。じゃぁその代わり、僕も妙なことを言っても良いですか?」


「あぁ。・・・このハイヒールは、僕のだと考えて良いかい?」

「はい。このハイヒールは、スティーブンさんに似合うと思って買いましたから」

思わず笑ってしまった。スティーブンさんは面食らったちょっと間の抜けた表情になっていて、それが尚の事面白くて笑ってしまう。



「・・・つい先程までの自分を殴りたい」

「もう処分するなんて言わないでくれますか?」

「あぁ。まさかハイヒールをプレゼントされるとは思わなかったけど、好いた人からのプレゼントだ・・・有難く受け取るよ」

先程まであれだけ憎らしい目で睨んでいたハイヒールを心底愛おしそうに見つめている。


「スティーブンさん、さっきの話は、僕の都合の良いように捉えて良いですか?」

「・・・あぁ、そうだね。僕は君が好きだよ、いもしない架空の女に嫉妬して怒ってしまうぐらいには」

「そこまで愛されてるなんて、光栄だなぁ・・・」

きらりと艶やかなハイヒールの表面が輝く。

僕はそっとスティーブンさんの足を撫で、それから「とても似合ってますよ」と笑った。







ヒールヒールハイヒール






「名前、狙ってる年上女は落とせたか?」

「んー。取りあえずはザップくんのおかげで上手くはいったよ。有難う、ザップくん」

「お、おぅ・・・俺のおかげなら今度紹介しろよ!」

「んー、ザップくん、心臓止まるぐらい驚くだろうから保留で良い?」

「んだよつまんねーな!というか心臓止まるぐらい驚くって、俺の知ってるヤツか!?」

教えろ教えろとぎゃーぎゃー騒ぐザップを尻目に、名前は「スティーブンさん、報告書です」とスティーブンのいる机の方へと近づいた。



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