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それは所謂『ピンチな状況』だったと言える。


神々の義眼を持つレオナルドが血界の眷属の真名を手に入れるまでの間の時間稼ぎとして戦うライブラの面々は、次第に敵の攻撃に圧し負け始めていた。

このままではいけない、早く倒さなければ。そんな焦りが彼等を包み始めた頃だ。

クラウスに向かって敵の攻撃が放たれた。防ぐ術はないに等しく、クラウスが懸命に受身を取ろうとしたその時だった。



「頭をお伏せくださいませ!高貴な御方!」



突然響いたその声と共に爆撃音が響き渡る。

咄嗟に頭を下げたクラウスの頭上を通り過ぎた閃光は血界の眷属にぶち当たる。


悲鳴のような怒声のような声を上げながらのた打ち回る敵に数回の爆撃音と共に更なる追撃が加わる。

それらは敵の両手両足を見事に射抜き、敵は回復こそ始まっているが数秒間の完全なる『隙』が出来た。

クラウスがそれを見逃すはずもなく、離れた場所からレオナルドが送信した『真名』を口にしながら敵を密封した。






「見事でありました!高貴な御方!」

敵を密封し一先ずの脅威が去った彼等は先程の爆撃音の発生源を見た。見ればそれは上空からすたりと軽やかに彼等の前へ着地し、快活な笑みを浮かべた。


見間違いでなければ、それは今まさに空から落ちてきたようにも見える。明らかに人間とは程遠い身体能力に彼等は身構える。

しかし相手は彼等が身構える様子など気にせず、むしろ先程より更に笑みを濃くしながらクラウスの前で敬礼した。


「わたくし!太陽系第三惑星防衛特殊部隊第三部隊所属、苗字名前であります!」

びしりと綺麗な敬礼を見せたその青年の勢いに押され、クラウスは「むっ、私はラインヘルツ家三男、クラウス・V・ラインヘルツと言う」と思わず自己紹介をしてしまう。

その様子を見て軽く苦笑を浮かべたスティーブンが近づけば、名前と名乗った青年はぐるっ!と勢いよくスティーブンの方を向き、それからまた敬礼をした。


「先程の戦闘に置きまして、貴方は相当な軍師とお見受けします!この苗字、感服の極みに御座います!」

「あ、うん、有難う」

「はっ!挨拶もせぬままこちらが一方的に言葉を発するのは失礼に値することをすっかり失念しておりました!わたくし、太陽系第三惑星防衛特殊部隊――」

「あー、うん!苗字名前だね、聴こえてたから!僕はスティーブン・A・スターフェイズ。・・・自己紹介も終わったばかりだけど、幾つか質問しても良いかな?」

物凄い勢いで話し始める名前を静止し、スティーブンは名前を見極めようとする。敵か味方か、先程敵の制圧に手を貸したようにも見えるが、それがパフォーマンスである可能性だってある。信用するのは些か早計だ。


「わたくしが突如として上空から飛来したことに関する事項でしたらお応えできません!」

「・・・それはどうして?」

スティーブンが自身を探る様に見ていることに気付いたのだろうか。名前は快活な笑みを浮かべたままにスティーブンの問いかけを先読みし、それに対する答えを口にした。


スティーブンは目を細め、名前の真意を探る。名前の表情には一変の変化も起こらない。ずっと快活な笑みを浮かべやままだ。

通常なら愛想の良い好青年で終るのだが、状況が状況だ。その笑みが異質とすら思える。



「こちらも自身の状況を理解していないからであります!気付けば上空!緊急着陸のため防護服の安全装置を作動させ衝撃に備えている最中、高貴な御方と軍師殿の戦闘を確認!軍人として市民を守るのがわたくしの役目であると判断し援護した次第であります!」

防護服というのは名前が着用している軍服のことだろうか。一見するとただの迷彩服にしか見えないが、名前が腕の当たりに触れると名前の身体が少し浮いた。


「重力反転装置が組み込まれており、落下時の衝撃を高確率で防ぎます!何故高確率かと言えば!わたくし名前の部隊は常に失敗続きで上層部から見捨てられ気味であり、物資も旧式のものをリサイクル使用しているからであります!わたくしは幸運でした!謎の地でミンチにならず済みました!ところで高貴な御方、此処は何処でしょうか!エリア名もしくは地区識別ナンバーをお教えください!」

「う、うむ?地区識別ナンバーはわからないが、此処はヘルサレムズ・ロット、旧ニューヨークだ」


「ニューヨーク?何と!あの過去の大都市ニューヨークでありますか!世界が全てエリア分けされる前の名称をこの耳にするなど、わたくし感動致しました!もしや貴方は歴史学に通ずる御人なのでしょうか!わたくし学はありませんがニューヨーク程の大都市の名ぐらいは耳にしたことがあります!しかししかし、ニューヨークという都市があったのは今から1000年も昔のこと!どうか現在のエリア名をお教えください!」

「せ、千年?いや、ニューヨークは三年前までは存在していたのだが・・・」


笑顔のまま物凄い勢いで捲し立てるように喋る名前に押され気味のクラウスを助けるようにスティーブンは「取りあえず敵は倒した。一度彼には同行願おう、良いねクラウス」と名前をライブラに連れて行くことを提案した。

スティーブンの提案にクラウスは頷き、名前に一緒に来てくれないかと尋ねる。すると名前は「もちろんであります!」と元気に敬礼をし、すんなりと彼等についていった。



ライブラに到着すると名前は周囲を見渡し「アンティーク調の部屋ですな!」と目を輝かせる。

「歴史資料館でしか見た事の無いような作りでありますな!まぁわたくし、資料館へ赴いた経験など要人護衛の際のただの一度きりでありますが!流石は高貴な御方、物の趣味も庶民とは格が違う訳ですな!」

「大興奮のところ悪いけど、取りあえずソファに。あ、武器は預かっても?」


「武器?あぁ、武器を預かるというのは戦闘用プログラムチップを外せということですね!」

「チップ?まぁ何でも良いから、武装を解いて欲しい」

名前が喋ることがイマイチ理解できない面々は名前の行動をじっと観察する。見た所、迷彩服意外に名前が身に着けていたり装備しているものは見受けられない。もしかすると服の中に隠し持っているのかもしれないが、それでも軽装に見える。


じっと見つめられながら名前は自身の首の後ろに触れた。

カチッと何かが外れる音がすると。それと同時に、名前の首の後ろから一枚のチップが取り出された。見間違いでなければだが、それは名前の首から直接出てきたように見える。



「・・・君はアンドロイドなのかい?」

「アンドロイド?いえ!わたくし列記とした人類であります!」

スティーブンの問いかけを何かのジョークと捉えたのか名前は声を出して笑い、笑いながらテーブルの上にチップを置いた。


「武装解除致しました!」

「そのチップが武装?そもそも、どうして首からチップなんて・・・」

名前が笑顔のまま首を傾げた。


「何をおっしゃいます!人類は意識の統一の為に全て例外なくチップを埋め込む決まりでしょう!わたくしは軍人ですので、自己の証明用チップとプラスし戦闘用プログラムが書き込まれたチップを所有しております!」

その言葉に、様子を見ていたザップが「そのチップとさっきの爆撃音がどう関係すんだよ」と呟く。すると名前はまた首を傾げ「?当然、手から砲撃しましたが」とまるで当然のように返事をした。

先程からずっとそうだが、名前は自分が話す言葉を全て『当然のように』話している気がする。そもそも彼等と名前の常識が違うとでも言うように。


「手から砲撃!君は凄い能力を持っているのだな」

「凄いなど!手からの砲撃など旧式です!あれほどの爆撃音と視認出来る閃光は派手さばかりが際立ち、それも敵の自動補足機能がないので一々目視による敵の判別と砲撃を行わないといけないので、他部隊からは嘲笑を向けられることも少なくなく!ですがそのように称賛していただけるとこちらも光栄の極み!高貴な御方にお褒め頂けるとなればそれは猶更のことです!」

照れているのだろうか。先程よりも弾んだ語調と笑みの浮かんだ顔に差す赤み。


「何が旧式で何が新型なのか私にはわからないが、敵を正確に射抜いた実力は素晴らしいと私は思う。ところで、君は軍に所属していると言ったが、他の部隊は何処へ」

「先程も申し上げましたが、突如としてわたくしは上空に投げ出されており、周囲に同部隊の人間がいるようには見えませんでした!先程から部隊へ通信を行っているのですが、どうやら混線している様子!しかしご安心ください高貴な御方!わたくし苗字、このように一人部隊から迷子になるのはよくある事!おそらくですが他部隊員はわたくしのことなど気にせず任務に当たっていることでしょう!」

誰かが「迷子常習犯なのかよ」と呟いた。おそらくだが全員がそう思っただろう。


「しかし不思議なのは通信機が先程から『緊急事態発生、緊急事態発生。不測の時空移動を観測。ただちに原因を究明し帰還してください』と言い続けているのです!いやはや!わたくし戦う事は得意ですが頭は良くないのでさっぱりでありますな!帰還せよと言われましても!って感じですな!」

あっはっはっ!と笑う名前に周囲が顔を引き攣らせているが、彼はまるで気付いていないらしい。元来空気が読めない性格なのかもしれない。

彼等が名前の話を聞いてなんとなくわかったことがある。


もしかすると名前はこの時代の、大袈裟にするならこの世界の人間ではないのではないだろうか。そうすれば、彼等の知らない技術や1000年前のニューヨーク云々の話はなんとなく嘘ではないと分かる。

もちろん名前が単純に頭が可笑しい戦闘狂である可能性も捨てきれないが。



「兎に角、君には今回助けられた。ライブラを代表して礼を言わせて頂きたい」

「お止め下さい高貴な御方!わたくしのような一介の軍人に頭を下げるなどと!市民を救うのは軍人の役目!それは極々当然なこと!軍人は力の無い市民をその命をかけて守る義務があるのです!我等太陽系第三惑星防衛特殊部隊第三部隊、例えどんな状況下であろうともあなた方市民の味方であります!」

照れたように頬を赤くしながらもにかりと明るく笑い頭を下げるクラウスの手を握りそう述べる名前。クラウスはどうにも名前が嘘を吐いているようには見えず、思わず口元を緩めながら「君は高潔だ」と呟いた。


「高潔などと!高貴な御方はご冗談がお好きなようだ。上層からは『殺しても死なない変人奇人のゾンビ集団』と言わしめた第三部隊所属のこのわたくしを!」

更に照れてしまったのか顔を真っ赤にしたままふにゃふにゃとした笑みを浮かべて言う名前。変人奇人のゾンビ集団とは、彼の所属する部隊は軍内部では特異な扱いを受けているのかもしれない。


「兎に角!わたくしはこの後部隊に帰還するための調査を行わなければなりませんので!高貴な御方、軍師の方、それから他の皆様も!今回のようなことがありましたらすぐに軍へとご報告ください!我等はどんな状況下でも皆様を守りましょう!では失礼!」

その言葉と共にソファから立ち上がり、窓の方へ駆け出す名前を「まぁストップストップ」と止めたのはスティーブンだ。


笑みを浮かべながら「もうちょっと僕等とお話しようじゃないか、未来の軍人さん」と言うが、目は笑っていないのは丸わかりだ。

名前が首を傾げながらも「お話?何でしょう!」と振り返ると、スティーブンは自分の推測する『現在の名前の置かれている状況』を出来るだけ丁寧に説明し始めた。






「なんと!であるなら、わたくし苗字は現在遠い過去に来ているということでありますか!」

「そう。だからたぶん、君の所属する軍には連絡出来ないだろうし、そうなれば帰還方法を探すのは容易じゃないだろう?」


「確かにそうですな!軍師の方はやはり頭が良いのですね!わたくし、此処が過去などとはちっとも気づきませんでした!」

「兎に角、すぐには帰還方法が見つけられない以上は君も衣食住とかいろんなものが必要になると思うんだ。そこでだ、ライブラは君を雇おうかと思う。給金も出すし、必要なら君が帰る手段を探す調査に協力しよう」

にこにこ笑う名前にスティーブンは「因みにこれが契約書だ」と名前の前に紙とペンを置いた。拒否権なんて無いぞと言わんばかりのスティーブンの様子に顔を青くするのはレオナルドたちばかりで、名前の方は「紙とペン!資源不足になった我々の時代では希少な物資ですな!」と興奮気味にそれを手に取っている。


「此処と此処、あと此処にサインを。あぁそれと、君が持つ能力を後で全て説明して貰うことになるけど」

「構いませんよ!軍の機密もいろいろありますが、わたくしのような上層部からすれば捨石のような輩に伝えらえている情報でそこまで重要なものはありませんし!おそらくですがこの時代でこの技術を活用できる存在はなかなかいないでしょう!わたくしは頭が悪いので、断言はできませんが!」

さらさらとあっさりサインをする名前にクラウスが「君は良かったのか」と慌てたように聞いてくる。名前のような戦闘能力のある人間が協力者になることは正直有難いが、それは名前が帰還するのを多少なりと遅らせてしまうことになるだろう。今回救われたことに恩を感じているクラウスは、自分たちの戦いに協力させることに対して多少の罪悪感を感じている。

しかし名前は笑顔を浮かべるばかりで特に気にしてはいないらしい。むしろ「市民に協力出来て幸せです!」と言わんばかりのご機嫌さだ。


「うんうん、契約は完了だ。これからライブラの仲間として宜しく頼むよ、名前」

「もちろんです軍師の方!おっと、仲間になったのであれば同じように呼ぶのが道理でしょうな!これから宜しくお願いしますスティーブン殿!クラウス殿!それからその他大勢殿!」

名前の言葉に「誰がその他大勢だ!」とその場にいた面々が自己紹介をした。


あまりにあっさりと名前のライブラ入りが決定したが、名前の身に着けた通信機からは今もひっきりなしに『原因を究明し帰還してください』というアナウンスが名前の耳にだけ響き続けていた。






どこかの軍人Aの迷子話






「む!やけに動きの素早い猿ですな!愛らしい顔をしています!」

名前の周りで素早く動いていたソニックに名前が笑いながら言うと「えっ、目視できるんですか」とレオナルドは驚きの声を上げた。


「敵はもっと素早いので!」

「そもそも敵は何なんですか?」


「簡単に言えば宇宙人ですな!奴等の侵入を食い止めるために我等は空を飛び回っているのです!偶に大気圏で大火傷しますが!」


冗談なのか本気なのは笑いながらそう言う名前に、レオナルドは曖昧に「あ、そうなんですか」と笑った。



あとがき

最初はちょっとした長編ように考えてたけど続きそうにないことに気付いて無理やり短編に収めたもの。

デフォルト名:ニシダ ヤナ(西田ヤナ)
基本的にどんな状況でも笑い続けてる、一見すると快活な好青年だけど微妙に頭のネジが飛んでる突拍子もないことをするお馬鹿キャラ。敬語がちょっと変。
人の話は聞いてるようで聞いてない。第三部隊は基本変人奇人の集まりで上層部の悩みの種だけど戦果は一番。そのせいで切り捨てられなくて困ってるのもある。
特に主人公は自由度が高くよく迷子になるけど何かしらの戦果をあげて帰ってくるからたぶん今回も何かしら戦果をあげて帰ってくるんだろうなと元の世界の仲間は思ってるはず。
一応日本人の血は流れてるけど、たぶん未来ではアジア人とかそういう概念はなく、ただの『人類』で統一されている。

生まれてすぐに人類はチップを埋め込む決まりで、それで政府は個人を把握している。軍人は軍からの支給品として戦闘用プログラムの組み込まれたチップが渡される。銃とかナイフとかはもはや昔話の産物。

・・・そんなとんでも設定の主人公にHLを駆けまわって欲しかった。
蛇足だが、主人公は別にタイムスリップしてるわけじゃなくって、全く別の世界にトリップしてる。



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