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ザップに金を貸したら返ってこない。

それはある種の『常識』だ。金を返さないザップは非常識だが、金を貸した方からすればその非常識も常識になる。


名前もそれを常識だと信じて疑わない一人で、ザップが金を貸してくれと言えば一言二言小言を言うが結局金を貸してしまうような男だった。

ザップもそれに付け込み、金に困ったら名前のところへとやってくる。でもザップは女好きでどうしようもない快楽主義者だから、男である名前のところへ行くことよりも美人で官能的な女性のもとへ行くことの方が圧倒的に多い。


名前は謂わば自分がザップへ渡すお金は『料金』なのだと思っている。

ザップが自分に会いに来てくれたことに対する料金だ。自分の家に来て、自分の名前を呼んで、自分の作った料理を美味しそうに食べて、自分の財布から愛おしそうな顔で紙幣を数枚ちょろまかしていく。一連の行為に対する料金なのだ。




「名前ー!金、金貸してくれ。今月はマジでヤバいわ」

「相変わらずだねザップ。君はもうちょっと自制したらどうだい?」


「お前には関係ないだろ。あ、腹も減った、シャワーも借りるからその間に準備よろしくぅー」

「まったく君は・・・」

久しぶりに会うのに挨拶も何も無しに家にずかずかと入り込んでくるザップに注意することなく、それどころかザップに言われた通りに食事の準備をし始める名前は傍から見れば異常かもしれないがザップにとってはとても良い存在だ。


金が返ってこないのは常識だと考えてはいても、大多数は金を返せと要求してくる。そんな中、金を返せなんて一言たりとも言ってこない名前はザップにとって延々と金を吐き出し続けるATMと変わりない。

しかも料理上手で気遣い上手。キモチイことは出来ないが、休息所としてはもってこいの場所が名前の家だ。







「なー、お前シャンプー変えたのか?」

シャワーを浴びている時、前来た時とは違うシャンプーが置かれているのに気付いたザップは、風呂上りに全裸で頭をタオルでがしがし拭きながらキッチンの名前に問いかける。

名前は振り返る事もなく「あぁ、一ヶ月前ぐらいにね」と返事をした。一ヶ月前にザップはこの家に来たが、その時は前と同じだったからおそらくその後に変えたのだろう。


前のシャンプーはザップの複数いる愛人の一人が使っているシャンプーと同じで、それに気付いたザップはすぐに名前に「俺の愛人と同じシャンプーじゃん」と笑ったのを覚えている。

新しいシャンプーはどの愛人のシャンプーともおそらくは被っていない。流石のザップでも愛人全てのシャンプーのメーカーなど覚えていないが、それでも名前が今回新しくしたシャンプーは見た事の無いメーカーのものだった。


「知人にね、貰ったんだ。旅行先で買ったものらしいから、このあたりでは手に入らないと思う」

「へー。お前プレゼントくれる知り合いとかいたのか」

「ははっ、失礼だなザップ。ほら、そろそろ出来るから早く服を着ておいで」

一度だって振り返っていない癖にザップが服を着ていないことに気付いているのは、こういうやりとりが何度もあったからだろう。ザップは「へいへい」と返事をしながら名前の衣装ダンスの中の服を適当に何枚か取り出しそれを羽織った。

席に着けば、名前が美味しそうな食事を運んでくる。ザップはお礼を言うこともなくそれを食べ始めた。




「・・・そんでよぉ、リリアンヌの奴、突然ナイフ持って襲い掛かって来てさぁ」

「君が不誠実だからだよ。リリアンヌって子には同情する」

「んだよ、こちとら腹をぶっ刺されたんだぞ、少しは心配しろよ」

「この辺りの医療技術じゃそんなのかすり傷だよ。それよりザップ、そんなところを漁ってもお金は出てこないよ、金庫は書斎だ」

食事を終え、ゆっくりする間もなく金品を探すザップを眺めながら名前は珈琲を啜る。


「書斎かよ。前はリビングだったろ」

「一ヶ月前にね、変えたんだ」

「お前一ヶ月前に大掃除でもしたのかよ」


そう言って笑いつつも、そういえば一ヶ月前にリビングで金品を見つけた時「あった!やっぱりな、ジュディーのやつもリビングに隠してんだよ、一緒だな」と名前に言ったのを思い出す。もしかすると、有りがちな場所に隠すのはよくないと思って隠し場所を変えたのかもしれない。でもその隠し場所をザップに言うなら意味がない。まぁ最初からザップに対しては隠す気がないだけだとは思うが。

ザップの愛人に書斎を持つような知的な女性はほとんどいないし、書斎が隠し場所なのはまぁまぁ新しい。



「ん?おい、名前。そういえばお前、アクセサリーとか付けてなかったっけ」

「全部換金したよ」


「・・・母親の形見とか言ってなかったか?」

思わず名前を凝視してしまった。

にこりと笑いながら「そうだっけ?」と首をかしげて見せる名前に何やら違和感を覚える。



「・・・一ヶ月前にか?」

「よくわかったね。そうだよ」

一ヶ月前、一体何があったのだろうか。

ザップが思い出せる範囲で、前回最後に会った時は何の違和感もなかったはずだ。全てはザップと会った後のこと。


でもそこでふと思い出す。そういえば前回、シャンプーや金品の隠し場所のことを触れるのと同じく、アクセサリーについても触れていた気がする。

そうだ、愛人の一人に同じように母親の形見を大事にしている女がいたのだ。何時も母親の形見を大事そうに身に着け、それだけはザップに寄越さない名前にザップは同じようなことをする女がいると伝えた気がする。



思えば全部そうだ。

シャンプーも、金品の隠し場所も、母親の形見も、全部全部ザップが『あいつと同じだ』と指摘したものだ。よく部屋の中を観察すれば、前回と様変わりしているものが幾つも見つかる。そのどれもこれもが、ザップの知る女たちと同じだと指摘したものだった。

まさかな、とザップは冷や汗を流す。

自分が同じだと指摘したから全て変わったのだろうか。名前はそんなに人と同じことを嫌う人種だっただろうか。


ザップは名前のお金には興味があるが本人には大して興味がなかった。興味がなかったから気付けなかっただけで、そういう人種だったのかもしれない。ザップが今まで気付かなかっただけで。

それでもまさか自分が指摘しただけであれだけ大事にしていた母親の形見を売り払うなんてことするだろうか。

ザップは必死に一ヶ月前の記憶を掘り起こす。必死に掘り起こして掘り起こして・・・


「あっ」

「ん?どうかした、ザップ」


「・・・お前さ、俺のこと好きだっけ?」

「それがどうかした?」

「一ヶ月前ぐらいに、お前俺の告白したか?」

「そうだけど、それがどうかした?」

にこにこ笑う名前に、ザップは顔を引き攣らせた。



そうだ、思えば一ヶ月前、名前はおかしなことを言った。

何時も通り家にずかずか上がり込むザップにシャワーと食事を与え、ザップが室内で金品を漁るのを珈琲を飲みながら観察していた名前はまるで世間話をするように言ったのだ。


『ねぇザップ、実は僕、ザップのことを愛してるんだ。付き合わないかい?』


その言葉にザップは笑いながら『冗談キツイ』と言ったのだ。名前にしては珍しい冗談だな、と当時は本気で思っていたからザップは言ってやったのだ。


『お前は女じゃねーんだから話にならねぇよ。いくらお前が俺の女と同じシャンプー使ってても色っぽいとか思わねーし、金の隠し場所が一緒でも可愛いとか思わねーし、あぁそうそう、母親の形見だっけ?形見だからって、男が女物のアクセサリーを肌身離さず付けてるのもどうかと思うぜ』

『ははっ、酷いなぁザップ。わかった、次からは気をつけるよ』

『おぅ。この男らしいザップ様を見習えば、お前もモテるだろうよ』

『モテたいわけじゃないんだけどね。そうするよ』


はい絶対これが原因だ、と内心ザップは頭を抱える。

まさかあの告白が本気のものだったとは。金を吐き出し続けるATMのような思っていた相手がまさか自分を!とザップは多少困惑する。


それでも困惑が多少なのは、だから自分に此処まで甲斐甲斐しく食事やシャワーを与えたり金を与え続けるのかと納得する自分もいるからだ。

でもそれとこれは話は別だ。


ザップが女と同じと言ったものを片っ端から入れ替えた?あれだけ大事にしていた母親の形見も売り払って?

正直正気の沙汰じゃねーよコイツ、とドン引いた。

まぁ何の疑いも無く金を貸し続ける名前は元々異常者の気質はあったが、無意識のザップに手酷く振られてたがが外れたのだろう。



「ザップ?どうかした?」

「あ?あー、いや・・・お前さ、イカレてるよな」

「ん?あぁ、同僚にザップにお金を貸してる話をしたらそう言われたなぁ。それがどうかした?」

「お前さ、良いのか?あー・・・形見」

ザップの言葉にぱちぱちと名前が目を瞬かせる。心底不思議そうな顔だ。


「だって女と同じようにはザップと付き合えないのに、女と同じようなことをしてても馬鹿みたいじゃないか」

にこりと笑う名前にザップは何も言えなくなる。


金をくれと要求すれば名前はくれる。腹が減ったと言えば名前はへたな女が作るより美味い食事を用意してくれる。シャワーを浴びたい、眠りたい、そう言えば名前はそれを貸し与えてくれる。

もしかすると名前は、ザップが欲しいと言えば命さえ差し出すのではないだろうか。今の名前の状態からすればあながち間違ってはいないだろう。

ザップはにこにこ笑う名前を見た後、がしがしと頭を掻いた。

それでも金をくれるのは良いことだが、何だか自分のせいでこうなったのだと言われているようで気分が悪いな、とザップは思う。当然彼のせいなんだが、彼の性格的にそれを認める訳がない。



「なぁ」

「んー?」

「何処で換金したんだよ」

「え?確か此処から三軒先のそういう店で」

名前は返事にザップは「ふーん」とだけ言って、名前が金品を隠したという書斎を漁って金を幾らか手にすると、何のお礼の言葉も無く去って行った。

名前は「仕方ないなぁ、ザップは」何て言いながら食器の後片付けをするのだ。







「ほらよ」

翌日、普段から一度くればしばらくは顔を出さないザップが再び名前の家に来た。

それだけでも驚きなのに、目の前に置かれたのは名前が一ヶ月前に売り払ったはずの母親の形見。


「こんな古くせぇの、誰も買い取らねーだろフツー。もったいねぇからお前がもっとけよ」

名前はぱちぱちと瞬きをして形見とザップを見比べた後、それからへにゃりと眉を下げた。


「・・・ははっ、割と高値で売れたんだけどな。お金は?払うよ」

「んなもんお前の金からに決まってんだろーが。あーあ、お前のせいで今月はずーっとピンチだ!」

どかっとソファに寝転びながら文句を言うザップに名前は小さく微笑む。


「それは悪かったね。食事でもしていくかい、ザップ」

「早くしろよ。お前ぐらいだかんな、まともに食える飯作れんの」

「はははっ、そんなわけないよ。君の愛人の中にも、料理上手な子いるでしょ?」

「うっせぇ、お前んが一番俺好みなんだよ」

その言葉に名前は少し目を見開き、それから「・・・そっか、わかった」と嬉しそうな顔で頷いた。






だって愛してるんですもの






「・・・でね、彼は僕の母親の形見を取り返してきてくれたんだ」

嬉しそうに話す名前は、此処一ヶ月ぐらいつけていなかった母親の形見を大事そうに身に着けている。

まさか一ヶ月つけてなかった理由がそんなこととは知らなかった同僚のダニエルは、名前の話に度々出てくる『彼』と名前自身にドン引きする。


「なぁ、それって普段クズなやつが少しまともな行動しただけで、何の解決にもなってないよな」

「え?解決?あぁ、告白は玉砕だったけど、彼はそれでもうちに来るし、いずれもう一回告白してみようかなって」


「・・・お前、やっぱイカレてるわ」

「酷いなぁダニエルは。あ、そうそうこの間の事件だけど、捜査資料をまとめたんだ、一度目を通して貰っても?」

「お前、普通に生活しとけば普通に良い男なんだから、さっさとそんなクズとは手を切れよ」


「それは無理だよダニエル。愛してるんだ」

にこりと心底幸せそうに笑う名前に、ダニエルは呆れたようにため息を吐いた。



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