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名前は透明人間だ。


正確には、透明になれる性質を持つ異界人とただの人間のハーフで、普段は一人の青年としての生活を送っている。


危険が多い街ヘルサレムズ・ロットでは彼の能力が役立つことも多いが、役立たないことだって多い。

何せ透明になれるだけで透過は出来ないのだから、危険な人物から自分が見えないように姿を消して事前に危険を回避することは出来ても、突如起こる大爆発からは身を守れない。

本人は「謂わば自分は不可視の人狼の劣化版です」と自分の存在を称しているが、もちろん彼が劣っているとかそういうわけではない。



透明人間は透明なだけで実際そこにはいる。

気配を殺し、足音を殺し、本当にそこに誰もいないように認識させるのは彼自身の才能と努力あってこそのものだ。


それを評価しライブラの一員として雇ったのはクラウスで、クラウスに彼を雇うように薦めたのはスティーブンだ。




「名前、君は常に僕の後ろを付いていてくれ。あぁ、くれぐれも姿は見せないように」

「わかってます、それではミスタ・スターフェイズ、しばらくの間失礼します」

普段のライブラの仕事としてはスティーブンが“個人的に行っている仕事”のサポートが多い。情報収集だったり協力者の確保だったりと、直接的な攻撃手段を持たない名前からすればスティーブンの助手のような仕事が一番合っていた。


スティーブンに一礼するとまるで風景と同化するように溶けて消えた名前に「相変わらず凄いな」とスティーブンは短く称賛した。もちろん返事はない。

すぐ後ろに名前がいるはずなのにその気配はまるでなく、これが敵なら危なかったなとスティーブンが内心苦笑していることを名前は知っているのだろうか。まぁ聡い彼のことだから、何となくは分かっているのかもしれない。

それでもスティーブンが名前を背後に立たせるのは、彼を部下として信頼しているからだ。









「それにしても光栄だなぁ、君みたいな美丈夫直々に来てくれるなんて」

今回のターゲットであるとある企業の重役の男は、スティーブンを前にだらしなく笑った。


用意されたのはそこそこの高級感を持つホテルの一室で、男はルームサービスで取り寄せた酒を片手に上機嫌。一方のスティーブンはその顔に笑みを貼りつけながら穏やかな声で男に返事をする。

「はははっ、とんでもない。むしろこちらはきちんとした席が設けられず大変申し訳なく・・・」

「いいんだよそんなことは!大事なのは、誰がお願いしに来てくれるかだ!あー、私は運が良い」

「そう言って頂けて何よりです」

良ければお酌しますよ、なんて言ってボトルを手に取れば男の機嫌は鰻登り。


この手のタイプは少し良い思いをさせればあっさり情報を吐いてくれるからスティーブンとしてもやりやすい。

べたべた気持ち悪い手つきで肩やら背中やらを撫でられるのは正直不快だが、得られる情報を考えれば多少は我慢出来る。



軽い世間話と酒が進み、男の機嫌が最高潮まで達した時、ふと男はそれまでスティーブンに向けていたいやらしさを感じさせるにたにたした目を細め「世間話はここまでにしよう」と席を立った。

それからスティーブンの手を取り、部屋の奥にあるベッドルームへと歩を進める。ベッドの前まで来ると男はスティーブンの身体を押し、スティーブンは呆気無くベッドに倒れ込んでしまう。


「困ります。まだ話の途中で・・・」

「続きはベッドの中でも良いじゃないか。良いだろう?大事な取引相手なんだ、もっと特別な扱いをしたって――」

そこで男の台詞は終わる。

ぱたんっとスティーブンの上に倒れ、そのまま動かなくなったからだ。


スティーブンはそれに驚くことなく、面倒臭そうな顔で男を自分の上から払い除けるとベッドから起き上がり息を吐いた。


「全く、この手の輩は単純で扱いやすいけどこういうのが面倒だ。名前、彼の荷物は?」

「・・・情報は全て映し終えました」

真横から突然現れた名前の手には小型端末が握られていて、そのディスプレイにはつらつらと情報が流れているのがわかる。

それを確認し満足そうに頷いたスティーブンは、ベッドで意識を失ったまま動かない男をちらりと見てからわざとらしく肩をすくめて見せた。



「何時もより時間がかかってるようではらはらしたよ。君、実は僕が襲われるのをしばらく見てたんじゃないの?」

「そういった趣味はないので」

スティーブンの前に立ち、よれた彼のスーツをてきぱきと整えながら言う名前にスティーブンは「それは僕も同じさ」なんて笑う。


「さて、取引相手は『酒の飲み過ぎで酔って眠ってしまった』し、我々はそろそろお暇するとしよう」

「この男はどうしますか」

「このままで平気さ。得た情報から彼の弱みもいろいろと得ることが出来たし、今後はライブラに協力的な姿勢を見せてくれるだろう」


「わかりました。では、後程・・・」

「いや、僕がホテルから出たら一旦姿を現してくれ」

そう言って消えようとする名前の手をスティーブンが掴むと「・・・と、いいますと?」と名前は訝しそうに眉を寄せる。


「酷いな君は。無理やり襲われかけた傷心の美人を放っておくのか?」

「ミスタ、貴方の顔が美しいのは認めますが、傷心であるかどうかは些かの疑問を覚えます」

「君の仕事が普段より遅れたからベッドに押し倒されるというギリギリまで粘った僕を労わってくれよ。あんな男に押し倒されるなんて、今夜は悪夢でも見てしまいそうだ」

わざとらしい大袈裟な動きで手で顔を覆うスティーブンを見つめる名前の表情は至って平常。むしろ冷ややかにスティーブンを見詰めているようにも見える。


別に彼の仕事が遅れたわけではない。今回の情報量が多いのは予め把握していたし、最悪ベッドまでひきつけると事前の打ち合わせで言ったのはスティーブンだ。

何とか情報を得て、スティーブンに襲い掛かる男を背後から昏倒させてやったのに随分な言い草をする上司に目線が冷ややかになってしまうのは仕方ない。



「それは、悪夢を見ないよう責任を取れということで宜しいですか」

「君が僕の悪夢を取り払えるなら、それが正解かな」

名前は少々不機嫌そうに荒めのため息を吐くと「では、ホテルの前で待っています」と言って消えた。消えたといっても姿が見えないだけで今もすぐ傍にいるのだから、スティーブンは「そう怒るなよ」と笑いながら取引相手の男を置き去りにホテルの部屋を出て行った。


ホテルから出ると、まるで偶然遭遇したように「奇遇ですね、ミスタ・スターフェイズ」と名前が声を掛けてくる。

そんな名前にスティーブンはにっこり笑いかけると「やぁ久しぶり」と片手を上げる。それから二人は極々自然に一緒に歩きだし、お互い当たり障りのない世間話を始めた。



「ところで、ミスタ・スターフェイズ。この近くに最近良さそうな店を見つけたのですが、ご一緒にいかがでしょうか」

「君が誘ってくれるなんて珍しいね。そうだな、丁度仕事も終わったところだし、ご一緒しようかな」

誘ってくれるなんて珍しいなんてどの口がほざいているのだろう、という名前からの一瞬の視線に気付かないフリをして、スティーブンと名前は共に飲食店へと足を踏み入れた。


店内は落ち着いた雰囲気で、店員もそうだが客層も割と物静かで穏やかな者が多い。

店員の一人に案内されたのは店の奥にある対面席で、二人はお互い向かい合うように腰かけ、メニューを開いた。


「君のおすすめは」

「・・・ホットサンドが美味しいです」

メニューも見ずにそう言う名前はおそらく何度か此処に足を運んでいるのだろう。それにしてもホットサンドなんて、透明人間という特殊な人間にしては選択が普通だ。いや、そもそも彼は自身が透明になれるという点を除けば、感性は何処にだっている普通の青年なのだ。単に仕事とその上司が特殊なだけで。



「案外普通だな」

「なら別のを頼めば良いと思います、ミスタ・スターフェイズ」

「前々から思ってたんだが、その『ミスタ・スターフェイズ』っていうの、堅苦しくないか?」

店員がサービスの珈琲を二つ運んでくると名前はそれを「どうも」という言葉と共に受け取り、一口飲んだ。

スティーブンも同じように受け取り一口飲むが、視線は真っ直ぐ名前へと向いている。


「貴方は上司ですので」

「クラウスには『クラウスさん』なんて可愛く呼ぶ癖に」

「可愛く、とは気色の悪いことを言いますね。単純に信頼の差ではないでしょうか」

「辛辣だなぁ。そんなに僕が嫌い?」

苦笑を浮かべるスティーブンの言葉に、名前がカップを置いた。


「好き嫌いの話ではありませんが、そうですね、しいて言うなら情報の為に何でも仕出かしそうな貴方は好きではありません」

ライブラの為にとリーダーであるクラウスには到底教えることが出来ないことまで、この副官はやっているのだ。

名前はスティーブンのサポートをしているからそういったことを理解しているし、名前のサポートが及ばないもっと薄暗い行為の痕跡だって何となく理解している。


名前の言葉に目をぱちりと瞬かせたスティーブンは、それから思わずといった風に笑った。

ふにゃりと、普段のそれとは違う少々だらしのない笑みで、本人もそれを理解しているのか、慌てたように名前から顔を逸らしてその表情を隠そうとする。もちろんそんなの気休めにしかならないが。



「・・・何だ、心配してくれてるのか」

普段からスティーブンの仕事につき合わされ、その度に冷ややかな態度を取る名前にてっきり嫌われているものと思っていたスティーブンは、まさかの言葉に喜びを隠せないでいる。


「悪いですか」

「いや、君のそういうはっきりしてるところは嫌いじゃないし、むしろ結構好きだよ。君になら押し倒されても良いかなって思うレベルで」

名前の眉が寄る。スティーブンの顔には歓喜の色が浮かんだままだが、さっきの今でその発言は些か正気を疑う。冗談でも押し倒されても良いと、先程押し倒されていた男が言うべきではない。冗談に聞こえない。



「ご冗談を、ミスタ・スターフェイズ」

呆れたように名前が言えば、スティーブンはまたぱちりと瞬きをした。まるで名前の方が可笑しなことを言っているかのように、心底不思議そうに。

「冗談だと思う?」

その目は真っ直ぐ名前へと向いていた。気付けばスティーブンの手は名前のテーブルに置かれたままだった手に触れている。

店員が近づいてきた。何時まで経っても注文しようとしない客を不振に思ったのだろう。

名前はすぐにスティーブンの手を振り払い、何でも無いような顔で店員に注文を入れた。ホットサンドを二つ、後珈琲のお代わり。


店員が去って行った後、スティーブンは笑いながら「なぁ、冗談だと思うか?」と再度問いかけた。

「今夜は悪夢を見そうなんだ。まさか、この店に連れてきただけで僕の悪夢が晴れるとは思ってないよな?」

にっこりと笑うスティーブンに、名前はついに視線を逸らした。逸らされた視線は殆ど飲み干された自身の珈琲へと向き、スティーブンを見ることはない。

おそらくスティーブンは目を逸らした名前を愉快そうに見つめているのだろう。名前は平静な、努めて平静を保った声で「・・・ご冗談を」とだけ言ってホットサンドがやってくるのを待った。







お慰めはいらないでしょうに






「知ってるかクラウス、名前は優秀な男だが、そういう雰囲気にはてんで弱いんだ」

「・・・スティーブン、あまり名前を虐めないでやってくれ」

「虐める?アピールの間違いだよ、クラウス」

先日は結局逃げられてしまったが次はどう攻めようかな、と次の任務の資料を見ながらスティーブンは舌なめずりをした。



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