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僕は実在した人物がモチーフになった英霊ではない。

とある時代のとある作家が描いた、とある絵本の主人公だ。

その物語が長いこといろんな人間に親しまれ、ある時から僕は一人の英霊として確立することとなった。


僕は人の想いから生まれた英霊だ。人類史の危機を防ぐために戦う、カルデアのまだ未熟なマスターに力を貸すことは僕にとって当然のことだった。

カルデアのマスターに召喚されてから幾らか経ち、他のサーヴァントとの交流を楽しめるようになったり、マスターとの絆も感じられるようになってきた頃、マスターが再び英霊を召喚した。


新たな英霊が加わった時、僕はその場にいなかった。まぁ同じカルデア内にいればいずれ会えるだろうと思っていたけれど、意外にもその新たな英霊と僕が出会うことが無いまましばらくが過ぎた。

僕はそこまで気にしていなかったけれどマスターが「そういえば名前はまだ新しい仲間と会って無いよね」と思いついたように言ったために、今回の様な場が設けられたのである。


目の前には赤が目立つ筋肉質な男。見た目の年齢で言えば僕と同じくらいか。




「名前、こっちが新たなに仲間になったアーチャーのエミヤ。エミヤ、彼はセイバーの名前」

簡単な紹介をされ、僕は「よろしく、エミヤ」と笑顔で手を差し出した。するとエミヤの方も「あぁ、宜しく頼む」と言って僕の差し出した手を握ってくれた。うん、仲良くなれそうだ。


「エミヤが気にしてたんだ。もう殆どの英霊と一度は言葉を交わしたのに、名前とだけは一度も会って無いって」

その言葉に僕はぱちりと瞬きを一つ。エミヤの方はごほんっと咳払いをしてから「おい、マスター」と若干咎めるような声を上げた。


「そうだったのかい?すまないね、エミヤ。たぶんタイミングが合わなかったんだろう。僕は別に君を避けていたわけではないから、これから仲良くしよう」

「いや、別に俺も避けられていると思っていたわけじゃない。ただ、お前は食堂にも顔を出したことが無いように思えたからな・・・」

視線を逸らしながらそういう彼に「あぁ」と僕は納得する。



「僕には食堂は無縁だからね」



「無縁?確かにサーヴァントに食事は不要だが、此処では娯楽として楽しむ者が殆どだろう」

「あぁ、違う違う。僕はそういう英霊なんだよって意味」


意味がわからないらしいエミヤの傍らで、マスターが「名前はそういう絵本の物語の主人公だもんね」と笑って言った。



「絵本?」

「マスターから聞いてなかったんだね。僕、名前は絵本の主人公なんだ。その絵本の内容にちょっぴり食べ物が関連しててね」


「そうだったのか。すまないが、内容を教えて貰っても?」

構わないよ、と笑う。何故だかすでに物語の内容を知っているはずのマスターも「聞きたい聞きたい」と頷いた。







『昔々、貧しい国の貧しい王子様がいました。
お城はボロボロで、王子様の着ているお洋服も継ぎはぎだらけ。
ご飯は毎日ぱさぱさのパン一つに水っぽいスープだけ。
でも王子様に不満はありませんでした。
何故なら王子様は優しい家来と優しい国民に囲まれる、それはそれは優しい王子様だったからです。

王子様は毎日幸せでした。
しかし、王子様が大きくなるにつれて国はもっと貧しくなります。
ぱさぱさのパンは半分になって、水っぽいスープはもっと水っぽくなりました。
貧しさは人の心まで貧しくしてしまいます。
優しかったはずの家来も、優しかったはずの国民も、少しずつ優しくなくなっていきました。
王子様は悲しみました。
きっと、お腹いっぱい美味しいものが食べられればみんなが幸せになるはずなのに。

けれども王子様は国民にお腹いっぱい美味しいものを食べさせてあげることは出来ません。だって貧しいんですから。
何も出来ない王子様は神様にお願いをしました。
「神様、どうか僕がこれから食べるはずだった食べ物を、全部皆にあげてください」
神様は王子様の優しいお願いを聞き入れ、優しい王子様へのご褒美に王子様が食べ物を食べなくても苦しくない身体にしてくれました。

王子様は自分のパンとスープを毎日毎日他の誰かにあげました。

貧しい子供にあげました。
貧しい女にあげました。
貧しい男にあげました。
貧しい老婆にあげました。
貧しい老爺にあげました。
貧しい動物にあげました。
全部全部、あげました。

けれども王子様の少ないぱさぱさのパンと水っぽいスープじゃ、誰もお腹いっぱいにはなりません。
国民はもっともっととせがみました。
王子様は困りました。だってもう食べ物はありません。
だから王子様は神様にお願いしました。
「どうか僕の身体を食べ物にしてください。皆をお腹いっぱいにしてあげてください」
神様は「本当に良いの?」と聞きました。
王子様は「もちろん」と頷きました。

次の日、皆お腹いっぱいになりました。
王子様の身体は柔らかなパンに、王子様の皆を想う涙は温かなスープになったのです。
王子様の思った通り、お腹いっぱいになった皆は、優しい皆に戻りました。

王子様は幸せでした。
とってもとっても、幸せでした』






「・・・っていう話でね。僕は食べ物を食べない英霊なんだ」

話し終った瞬間エミヤが突然僕の肩を両手でがしっと掴んだ。



「今すぐ何か食べろ」



物凄い眼光のエミヤの隣でマスターが「エミヤなら言うと思ったー」と笑いながら頷いている。ちょっと意味がわからない。


「いやいや、むしろ僕は誰かに食べさせる側の英霊だからね。お菓子とかも出せるからエミヤも是非食べてみないかい?」

指先をスティックキャンディに変えてエミヤに差し出せば肩を掴んだままのエミヤの指が肩にめり込んだ。痛い。


「痛いよエミヤ、もしかして怒っているのかい?糖分が足りていないなら是非一度食して・・・」

「今すぐ食堂に行くぞ」


「私の話が聞こえなかったのかい、エミヤ」

「良いから食堂に行くぞ。あと、指を今すぐ元に戻せ」

「もしや指の心配をしてくれているのかい?大丈夫だよ、実はしばらくすると元に戻る仕様だし、飴もちゃんとした飴だよ。小さなサーヴァント達には結構人気で――」


「貴様か、夕食前に菓子をたらふく食わせていた犯人は」

ぎりぎりっともう肩が大変なことになっている気がする。


視線でマスターに助けを求めれば、マスターは首を横に振った。どうやら助けては貰えないらしい。




「名前、貴様が自己犠牲の概念英霊であることはよく分かった」

大変なことになっている肩から漸く手が離され内心ほっとしているのもつかの間、今度は腕を掴まれそのまま引っ張られる。

マスターが「いってらっしゃーい」と見送る声をBGMに引っ張られるがままに歩けば、その先にあるのは食堂だとすぐにわかった。



「エミヤ、待つんだエミヤ」

「此処に貧しい民はいない。お前はもう食べて良いんだ」


「困ったな・・・エミヤ、君は勘違いをしているよ。君は僕を可哀相な存在だと感じたのかもしれないが、僕は自分がそれで満足だからやっているだけなんだ。君が僕の事を案じる必要はないんだよ」


歩きながらの会話を試みるもエミヤには一切通用しない。

通用しないまま、僕はこのカルデアに召喚されてから一度しか来たことが無い食堂の扉の前へと来た。因みにその一度とは、マスターにカルデアを案内された時の一度だ。


エミヤが扉を開けると、ほんのりと美味しそうな香りがした。




「そこに座れ」

断れば殺されそうな眼光でそう言われれば、座らないわけにもいかない。


僕が座るのを見届けるとエミヤが厨房だと思われる場所へと消え、しばらくすると温かな湯気を放つ皿が載ったトレイを手に戻ってきた。



「好き嫌いはあるかね」

「無い、と思うなぁ。たぶん」

生憎好き嫌いが決められる程の種類の食事はとってない。基本、ぱさぱさのパンと水っぽいスープだったし。


そうか、と頷いたエミヤが僕の目の前にトレイを置いた。聖杯から与えられた情報では、おそらくこれは白米と味噌汁、それから肉じゃがだ。

良い香りだ。思わず口元を緩めてその香りを楽しんでいると、ずいっと差し出されるのは箸。

咄嗟に受け取れば「食え」と一言。


此処までくれば、折角用意してくれたのに食べないのは失礼じゃないだろうか。そう思い、仕方なく箸を握り肉じゃがのじゃがいもへと箸先を伸ばす。

汁がしみ込み薄ら茶色く染まっているジャガイモ。口に入れるとほくほくとしていて、正直とても美味しかった。




「美味しい」




正直に感想を口にすれば、漸くエミヤの恐ろしい表情は消え、代わりにその顔には小さな笑みが浮かんだ。


「お代わりもあるぞ」

「もしやエミヤが作ったのかい」

「料理が趣味でね。此処に来てからは高頻度で作らせて貰っている」

「あぁ、だから僕が食堂に来てないのがわかったのか」


残すのはバチが当たるからと箸を肉じゃがから白米、白米から味噌汁へと順に移動させる。白く艶々した米も、みその風味が豊かな味噌汁もとても美味しい。




「これからはたまにでも良い、食堂に来て何か口にいれろ」

そもそもサーヴァントに食事は不要じゃないかとか、僕はどちらかと言えば自分が食べるよりも誰かが食べているのを見ている方が好きだなとか、そういった言葉を一切言わせようとしない眼光に、僕は思わず「考えておくよ」と頷いてしまった。


恐ろしい。これが世に聞く『オカン』というやつか。






お腹いっぱい食べてごらん







翌日のカルデアの食堂。

「わっ、名前が食堂でごはん食べてる。・・・っていうか、食べ過ぎじゃない?」

アルトリアと良い勝負だ、と思う量の食事を頬張っている名前にマスターも他の英霊も目を見張った。


「名前、追加だ」

「エミヤ、僕は何時まで食べれば良いんだ」

「お腹いっぱいになるまでだ。まだ入るんだろう?」

「自分でも驚きなんだけど、まだ入るみたいだ」


「今まで我慢していた分だろう。ほら、牛丼と海鮮丼と親子丼だ」

「いきなり丼で攻めてくるなんて、エミヤも容赦ないなぁ」

そう言いながら、名前は運ばれてきたばかりの丼を手に取り口いっぱいに頬張った。



あとがき

今まで食べてなかっただけで、食べたら結構無限に食べられる系王子様。
線が細いから、両頬をリスみたいに膨らませてご飯を食べる姿はギャップがある。
本人は気にしていないけれど結構な自己犠牲の塊だから、エミヤには物凄く世話を焼かれる。



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