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未来を視ることが出来る一人の神父がいました。


神父は村に巨大な波が打ち寄せるのを『視』ました。

神父はすぐに村人たちにそのことを伝えましたが、村人たちはちっとも彼の言葉を信じてはくれません。


神父は途方にくれました。

自分の言葉は信じて貰えない。でも、信じて貰えないと村人たちは死んでしまう。

神父は悩みました。誰にも死んで欲しくはありませんでした。

時は刻一刻と迫って来ます。迫ってくるのは時間だけではなく、波だけではなく、村人の命、そしてその未来に存在するはずだった命なのです。

何一つ失う事を神父は良しとしませんでした。



だから行動を起こしたのです。



神父は行動を起こしました。

どうせこの村は波に呑まれてしまうのです。呑み込まれれば人の命など簡単に攫われてしまう。ならばどうするのか、神父はとっくにわかっていました。

火を付けました。

沢山沢山火を付けて、大きな声で叫ぶのです。


「あぁ火事だ!何て酷い火事なんだ!今すぐ逃げないと、全て焼け落ちてしまうぞ!」


村人たちは突然の火の手に悲鳴を上げながら逃げ惑います。

神父は混乱する村人たちをこっちだこっちだと誘導しました。

村人が逃げ終えた頃です。大きな波が、炎に包まれた村を一つ呑み込みました。

神父は微笑んで言いました。


「あぁ、天は我々を見捨てなかった。皆の者、見なさい。あんなに酷い炎に包まれた村を、神は救ってくださった。神に感謝を!」


神父の言葉に村人たちは深く頷き、神の御業に感謝しました。

炎に包まれ、波に呑まれた、そんな村は酷い有様でしたが、村人たちは力を合わせて精一杯村の復興に努めました。

誰も弱音を吐く者などいません。何故なら彼等には神の加護が付いているのですから。

神が見守ってくれている、それだけでも村人たちの心を強くさせたのです。






「めでたしめでたし」

まるで昔話のように『彼』の『起源』を話したのは天草で、それを聞いていたのはマスター、それから困ったような顔をした『彼』こと神父の名前だった。

天草はにこにこしながら名前を見詰め、それに対し名前は困ったような顔をするばかり。


「素晴らしい話です。名前神父、貴方は村人の命を一つも失わずに、村を救った」

「何を仰います、天草さん。全ては神の啓示あってこそ。私はそれを村人に伝えたまでですよ」

困ったように眉を下げながらも笑みを絶やさない名前の言葉に、テーブルを挟んだ向こう側の天草はきょとんとする。


「伝えただけ?まさか!貴方は尽力したではありませんか」

まるで名前を讃えるような高らかな声で天草は言う。

「村に火を放ってまで、村人を逃がした。どうせ村は激しい波に呑まれて崩壊する。ならその前に多少燃えたって問題ない。実に冷静かつ的確な判断だったと思いますよ、私は」

その言葉に名前は目を伏せ、それから苦笑にも似た笑みを浮かべた。その笑みに力はなく、マスターは天草に何か言おうと口を開きかけた。


「天草さん、確かに私は村人の家々に火を放ちました。けれど、それを良かったとは思っていません。例え結局は波に呑まれ何も残されないとしても、私が消し去って良い理由にはならなかった。私は、聖職者を名乗る資格など、本当はありはしないのです。ですからどうか、私の行いを肯定するのはお止め下さい」

しかしマスターが口を開くよりも早く、名前がそっと声を出す。その表情は悲しげだ。

「・・・私はこれで。祈りの時間ですので」

「それでは私もご一緒しても?」

「いえ、天草さんはどうかマスターの御側に。では、失礼します」

ぺこりと頭を下げ、天草とマスターのもとから名前は去る。

名前が去って行く後ろ姿を最後まで眺めていたマスターは「あーあ、行っちゃった」と呟くとくるりと天草の方を見る。その目はじとっとしていた。

マスターの視線など気にせず、天草はこぽこぽと新しい緑茶を湯呑に注ぐ。



「天草ってさ、名前のこと嫌いなの?」

「嫌い?まさか!尊敬してるんですよ」

「どこが・・・完全に煽ってるようにしか見えなかったよ」

名前が自分を聖職者とは認めてないのをマスターは知っている。天草に聖職者として正しい行いをしたのだと言われる度、困った笑みを浮かべながらも悲しそうにしていることを知っている。


知っているからこそ、あまり名前が悲しむようなことを天草に言って欲しくはないのだ。そんなマスターに天草の笑みが深まる。

「彼は最後まで村人を想っていた。きっと彼は村人を想いながら、笑顔で火を付けたのでしょう。若い女がいる家にも、幼い子供がいる家にも、足の悪い老人がいる家にも、分け隔てなく。何故ならその炎こそ彼の愛だから。彼の愛は村を包み、そして村人たちの命を救った。彼は素晴らしい、まさに聖人ですよ」

天草の笑みは、何処かうっとりとしていた。


まるで恋する少女のようだ、と言えば少し言いすぎかもしれないが、天草は間違いなく名前を『そういう目』で見ている顔をしていた。





嗚呼なんて素敵な神父様





「何か歪んでるよね、天草って」

口元をひくつかせながらマスターが言うと、天草は「おやおや」と目を軽く見開く。

「もし私が歪んでるなら、それは名前神父も一緒ですよ」

「天草とは同じにされたくないと思うなー」

その言葉に天草は「またまたー」と笑って緑茶を啜った。



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