※ぐだ男ポジ
「・・・エミヤさん、何か食べるものをください」
真夜中のキッチン。明日の料理の下ごしらえをしていたエミヤは自らのマスターの登場に小さく微笑みを浮かべた。
「やっと部屋から出たか、マスター。マシュも心配していたぞ」
「あー、そりゃ悪いことしました。後で謝っときます」
よっこいしょ、と椅子に腰かけた名前の目の前にエミヤは皿を手にやってくる。
「それが良いだろう。ほら、サンドイッチだ」
「準備良いですね」
「そろそろかと思って準備しておいた」
「流石っすわエミヤさん。是非お嫁に来てください」
「喋ってないでさっさと食べてくれマスター」
「つれないなー」
瑞々しい野菜と香ばしく焼かれたベーコンが挟まった美味しそうなサンドイッチだ。名前は迷うことなくそれを手に取り、一口頬張った。
「相変わらず美味しいな、エミヤさんの料理は」
「それは光栄だ、マスター。ならばもっと沢山食べて貰っても構わないが?君はこの激務の割には食が細すぎる」
「あー、そうかな・・・」
苦笑を浮かべながらまたサンドイッチを頬張った名前をエミヤはじっと見つめる。
何かしてたんじゃないの?と問いかければ「それはまだ後でも構わない」という言葉が返され、名前は「そっか」と自らが見つめられることを容認した。
ついには正面の席に着いたエミヤに特に何も言わず、美味しいサンドイッチを胃に収める作業に没頭した。
何せ部屋に引きこもっている間は殆ど何も口にしていないのだ、腹も減る。もちろん健康管理はカルデア職員が随一チェックしているため身体に異常をきたさない程度の話だが。
「マスター、君がこうやって部屋から出て来なくなるのはそう珍しいことじゃない。だが、君を心配する周囲のことも少し考えてくれるとありがたい」
「うん、ごめんねエミヤさん」
口に詰め込んだサンドイッチを飲み込み、名前は素直に謝った。
人類唯一のマスターとしてサーヴァント達と共に特異点の修正を行っているが、今日ではそれも過激化している。そんな中で、名前が部屋に引きこもる回数も少しずつだが増えていた。
引きこもると言ってもそう長い期間の話ではない。最長で一日、早くて数時間。周囲に心配させ過ぎないように、名前も気を遣っているつもりではいるのだ。
「今日は何時もより長かったな」
「そうですか?」
「あぁ、一日と少しだ」
「そうでしたっけ?」
「清姫が言っていたから確かだ」
「わっ、凄く納得」
サンドイッチを食べ終えた名前に飲み物を差し出すエミヤ。名前は短くお礼を言ってそれを飲む。中身は温かな紅茶だった。
紅茶を飲み、ふぅっと息を吐いた名前。エミヤはそれすらじっと見詰めている。
「そんなに見詰めて、楽しい?」
「君の顔ならずっと見つめていたって飽きないな」
「そういう台詞使うから、女難の相が出るんじゃない?」
冗談っぽく言うエミヤに名前はくすくすと笑った。しかしその笑みもすぐに消え、視線は斜め下へと下される。
「ねぇ、エミヤさん」
「何だね、マスター」
「・・・ちょっと俺のこと、名前って呼んでみてくれません?」
視線は伏せられたまま、その言葉が告げられる。
エミヤはその言葉に疑問を口にするわけでもなく、ただマスターである名前の言葉に従うために口を開いた。
「名前」
「もう一回」
「名前」
「もう一回」
「名前」
「・・・うん。俺、名前だ。大丈夫、まだ俺は覚えてる」
ぱっと名前の視線が上げられる。その顔には、このカルデアにいる全員が見慣れた明るい笑みが浮かんでいた。
「あー、元気出たわ。今日からまた頑張ろう。じゃ、ご馳走様エミヤさん」
「あぁ」
席を立った名前がさっさと食器を片付け食堂を出て行く。エミヤはその後ろ姿をただただ見守っていた。