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身の丈に合わない英霊を召喚してしまったと思った。
それと同時に、なんと自分が運が良いのかと思った。
美しい赤だった。赤は僕を品定めするように細められ、それから落胆したように伏せられた。
それもそうだ。僕は、その英霊を従えることが出来るような崇高な魔術師ではない。
見習いも見習いな、何故聖杯に選ばれたのかすらわからない程未熟な魔術師だ。
唯一誇れるところと言えばその魔力量。だがそれを操る技術は無し。宝の持ち腐れとはよく言ったものだ。
美しい赤を縁取る金がきらりと輝く。その光景の何と幻想的なことか。
最初から、この戦いに勝とうなどとは考えていなかった。僕の他に参加しているマスターは誰も彼もが魔術の名家ばかり。才能も環境も、僕よりうんと優れている。
勝算は無い。逆風を立ち向かえる度量も技能も無い。
僕に召喚されてしまったことに対してただ純粋に同情できる。けれど僕はそれを喜ぶ。僕はこの英霊を召喚することが出来て幸せだ。
「ギルガメッシュ、お茶が入りましたよ」
「いらぬ」
「そう言わずに。これでも、紅茶の淹れ方には自信があるんですから」
ソファに寝転んでいるギルガメッシュに近付けばギロリと睨まれる。僕は笑みを返す。
「冷めないうちにどうぞ」
ソファの前に置かれたテーブルの上にカップを置けば仕方なしとばかりにギルガメッシュは起き上がり、紅茶を見下ろす。
「ふんっ、雑種にしては良い茶葉を使っておるな」
「流石は英雄王。わかっちゃいましたか」
「だが、その茶葉を使って紅茶を淹れたのが貴様なのは不快よなぁ」
カップが持ち上げられる。そのままその綺麗な手がカップから離れ、重力に従うまま床へと叩きつけられた。
叩き付けられれば当然割れ、中身が飛び散る。
飛び散った琥珀色の雫が運悪くギルガメッシュの素足を汚した。
僕は口元に笑みを湛えたままギルガメッシュの足元に跪くようにしゃがみ、ポケットから出したハンカチでその足を優しく拭った。
「王の許可なく触れるとは何事か」
「ふふっ、それはご無礼を致しました」
思わず笑ってしまえば触れていた足が手の中から消え、代わりに肩に掛けられる。
僕の肩を足置きにしたギルガメッシュは僕を見下ろし「まこと、不快な男よ」と吐き捨てるように言う。
「聖杯戦争に参加しておきながらそれを求めず、矜持も無ければ自らの意志も無い。・・・本当に面白味の無い男よ、貴様は」
そこまで言うとギルガメッシュはため息を吐いた。深い深い、まるで疲れた様なため息。
「・・・もう良い、我は疲れた」
肩から足が退かされ、どさりとギルガメッシュは再びソファに寝転ぶ。
「辛そうですね」
「黙れ。誰が発言を許した」
本当は口を開くのも億劫なのだろうが、そこはプライドが働いてか律儀に返事をしてくれる。
割れたカップの破片を片付けながら僕は口角を上げる。
ギルガメッシュの疲労は仕方のないことだと僕は理解している。
何故ならギルガメッシュには、僕からの魔力の供給が正常には行われていない。僕がまだ見習い魔術師であるが為に魔術を上手く扱い切れていないのが大きな原因だ。
契約を交わしパスも繋がっているが、送り込まれる魔力はほんのわずか。ギルガメッシュはそのわずかな魔力でしか活動出来ない。
本人はどれだけ歯痒い思いをしていることだろう。本来ならば敵を容易に倒す能力を持ちながらもマスターのせいでそれが出来ない。
元々気に入らない僕に更にきつく当たるのも当然のこと。
もちろん僕だってそれは申し訳なく思うけれど、それよりも・・・
「・・・魔力を寄越せ」
僕はこの時が一番好き。
「もちろんです、ギルガメッシュ」
破片を片付け終え、心底不快だと言わんばかりのしかめっ面のままのギルガメッシュが寝転ぶソファに片膝を掛け、片手を彼の顔の横へと置いた。
もう一方の手を頬に添え、顔を近づける。
「口を開けてください」
「・・・この痴れ者が」
そう言いながら口を薄ら開くギルガメッシュに僕はまた思わず笑ってしまいそうになりながらも、それを抑えギルガメッシュの唇に自らの唇を押し当てた。
ぐっと眉間にしわを寄せながらも抵抗を見せないギルガメッシュの身体をそっと抱き締め、その口内へと舌を差し込む。
開いた口の中に自分の唾液を贈り込めば、ギルガメッシュの喉がこくりと動くのを感じた。
直後、身体が無理やり引き剥がされ押し退けられる。衝撃でソファから転げ落ちた。
無様に倒れた僕を見下ろしながら、ギルガメッシュは口元を拭った。
「不出来の癖に魔力だけは極上よな。まぁ、それぐらいしか使い道がないとも取れるが」
「お口に合ったようで光栄です」
「・・・今すぐその口を閉じろ。でなければその喉笛を掻き切って貴様の血を抜いてやりたくなる」
ソファから起き上がったギルガメッシュがすたすたと歩き部屋を出て行こうとする。
魔力を受け取ったばかりだから、その身体は自由だ。きっとまた外に遊びにでも行くのだろう。おそらくは僕といるより何倍もマシだから。
「あまり遠くへは行かないでくださいね。途中で魔力が切れたら大変ですから」
「・・・言われなくとも」
がちゃりとギルガメッシュが部屋の扉を開く。僕はその背に向かって声を掛けた。
「最近、唾液だけでは足りなくなってきたんじゃないですか?」
「貴様に言われるような事でもない。貴様は黙って我に魔力を寄越すだけで良いのだ」
「もちろん、僕は何時でも貴方に魔力を差し出す意思がありますよ、ギルガメッシュ」
にっこりと笑いながら言えば、ギルガメッシュは一度振り返り僕を睨んでから扉を乱暴に閉じた。
「・・・ふふっ、また怒らせちゃった」
けれどこの調子だと、すぐに魔力供給を求めてくるだろう。
それが僕は楽しみでならない。
本当は見習いだから魔力が十分に送れていない、なんて真っ赤な嘘だ。
僕は狙って、わざと魔力の量を減らしている。
それはきっと聡いギルガメッシュもとっくに気付いていることだろう。
こんな卑怯な方法でしか相手に触れられない僕を彼は蔑み失望し、元々無かった好意はどんどん地に落ちて・・・
でもそれでも触れたい。あの美しい英霊に、僕の身の丈に全く合わない英霊に。
気に入らない僕から魔力を受け取るしかない、屈辱で歪んだ顔。今にも僕を殺しそうなのに、何とか理性で抑え込まれた身体。
「あぁ、幸せ」
あんな素晴らしい英霊を、一時の夢とはいえ手に出来るなんて。
僕は今この時の幸せがあれば、何時死んだって良い。
ギルガメッシュは僕のこんなところも嫌悪しているのだろう。でも仕方ない、僕は本当に幸せなのだから。
嫌われたって構わない
唾液を受け取るだけでも耐えがたいという顔をしているのに、『その先』へ進んだら、一体どんな顔をするんだろう。
・・・愉しみだなぁ。
あとがき
ギルガメッシュが好き過ぎて、ギルガメッシュからなら何をされたって嬉しいマスター。
屈辱を感じながらも自分から魔力を受け取るしかないギルガメッシュが可愛くって仕方ない。
裏切られて殺されたって全然構わない。むしろご褒美。
・・・そんなどうしようもないクズマスター。
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