隣を歩く彼女の前髪が、さらさらと風に揺れる。 「そういえば今日は晴れていたな」 「え?」 「いや、星が沢山見えているから」 帰り道に空を見た。すると珍しいぐらいに星が見えてて、それを彼女にも伝えると彼女は俺と同じように空を見上げた。 見上げたときに目にかかった彼女の前髪。その前髪を指で横に流す仕草を、俺はしっかりと見た。そう、彼女の前髪は少しだけ長い。 他の女子と比べたらそこまで長さは変わらないことにふと気がついた。でも、やっぱり、彼女の前髪は少しだけ長い。隣を歩く俺だから知ってる。身長の大きい俺を見上げて笑うときも、俺が雲や鳥や飛行機を指差した後に「どこ?」とそれを探すときも。きれいな星に一緒に感動してくれようとするときもそうだ。彼女は目にかかった前髪を横に流すその仕草をごくごく自然にやってのけるのだ。彼女自身、彼女の前髪が少しだけ長いことを知らない。俺しか知らない。 彼女の自然なその仕草は彼女の行動を遅れさせる。ほんの、ほんの少しだけど遅れさせる。俺に何かを伝えたいとき。目にかかって鬱陶しい前髪を避けてから、話す。 だけど厄介なのは、彼女が俺に怒りや悲しみや寂しさを伝えたいとき。ほんの、ほんの少しのその時間は彼女の伝えたいことを「ごめん、なんでもないよ」に変えてしまう。俺に話せば迷惑をかけると思っているから、自分で解決しようとしてしまうから、一人でため込んでしまうから。彼女を守るべき俺として、その時間は本当に鬱陶しい。 だからってこんなことしないでよ!、そんな怒りが俺から背けられた彼女の横顔から伝わる。たった数分前、俺はハサミを持って彼女に近づいた。そして目を瞑るように指示し、そのまま彼女の前髪を真っ直ぐに切り落とした。じゃきん、と。 「れ、蓮二のバカ!何でこんな…」 「すまない」 「すまない、じゃないよ!」 彼女は、真っ直ぐに切り揃った前髪を隠しながら俺を怒った。いわば、ぱっつん、というやつ。 「なあ」 「…」 「俺に言いたいこと、あるか」 「…。あるに決まってるじゃん」 「そうか。存分に言っていいぞ」 もちろん彼女に言われたのは、勝手に前髪を切ったことへの怒りだった。もう彼女の前髪が、彼女の言いたいことを邪魔することはない。彼女には申し訳ないが、俺は、それが嬉しい。 「本当にすまない」 「…まあ、もういいよ」 「だが」 「?」 「切って良かった、可愛いから」 彼女はなんだかんだで機嫌を直してくれるのだ。これでしばらくの間は彼女は本当に伝えたいことを俺に伝えてくれる。帰り道で彼女は俺を見上げて「ありがとう」と言った。俺の本当に伝えたいことは彼女に伝わったのかもしれない。彼女があの仕草をせずとも見えた彼女のきれいな瞳には、沢山の星が映っていた。 「そういえば今日も晴れていたな」 ▽ 笑うポラリスさまへ提出。ありがとうございました! |