秘密の花屋

花屋に行く頻度が減った。
毎月一日の数時間だけの短い逢瀬を花を買うために使うのはもったいない気がしたためだ。
代わりに勝手に鍵を開けて彼女の家に入るようになった。
彼女はその日だけは早めに店を閉め、夏油の相手をしてくれる。

基本的にお尋ね者の夏油は月に一度の夜だけ寄るようにしていた。
あまり頻繁に移動するだけで高専の呪術師に気づかれる恐れもあるからだ。
日によっては夏油が好き放題することに対して受け入れるような時もあれば、彼女の膝を枕にただただ話をするだけの日もあった。
夕飯は一緒に取ることはなく、あっても外食だけだ。
酒を一緒に飲むこともない。

まれに昼間に彼女を連れて遠出をすることがある。
彼女は出不精で、誘われないと全く外に出ず、一週間のうちスーパーにしか行かないことも多々あるようで散歩に連れ出すような気持ちで夏油は外につれ出す。
こんなことを続けて2年以上経っている。
夏油は彼女を殺すことを半分諦めている。
半分は。

「未来は君が死ぬか、私が死ぬかの二択だと思うんだ。」
「極端ですね。」
髪を梳くように撫でる冷たい手はたまに肌に触れて気持ちがいい。
夏油はうっとりと彼女を見つめる。

「うん。私は死ぬつもりはないからきっと君に死んでもらうことになる、と思う。」
「そうですか。」
「君が生き残った場合の保険のために詳しくは言わないけど、君は何も知らずに死ぬかもね。」
「そうですか。」
「ここに私が入り浸っているのは誰も知らないから他の人間がここに殺しにくることはないと思うけど、数年のうちに私は君を殺すよ。」
「そうですか。」
どんなことを言っても彼女の表情も、声色も変わらない。

「拍子抜けだなあ。普通、死にたくないとか言わない?それとも殺せないと思ってる?」
目線も外れない。

「否定はしません。しかし問題もありません。」
「ふふふ、だろうね。君はそういう人だ。」
夏油が彼女を殺すことさえ否定しない。

「遺言ある?いつ殺すかわからないし。」
「ありません。」
「潔いね。まあ私もないかな。……今日はしんみりしちゃった。来月はぱーっとどこか外に出よう。」
がばっと起き上がって、机に置かれたコーヒーをぐびっと飲み干した。
「わかりました。」
「考えとくね。んじゃ。」

彼女の部屋には切り花がない。
質素で、最低限の物しか置いていないのだ。
たまには花を渡すのもいいかもしれない、きっと飾ってくれるだろうと夏油は思いながら玄関を出る。

「いってらっしゃい。」
花屋にいた時とは違う言葉を背に夏油は家に帰る。










今日は動物園に来た。
徐々に暑くなってきた気温と、独特な獣臭が混じってここには獣がいますと主張しているように思えた。
広々とした園内であったが以前の水族館よりも時間がかからなそうなので、終わったら花鳥園にでも行こうと予定をしている。
そっちは草木が多いだろうから涼しい気分になるかもしれない。

きっと今後会える時間は少なくなっていく。
刻々と近づく大儀の決行の日、期日は迫っている。
少しでも楽しませるために家にいる日以外は楽しいイベントごとや思い出作りをしたいと夏油は思っていた。

相変わらず動物園の説明パネルのようなものはじっくり読んでいく。
「カバの汗がピンクなのは有名です。」
「昔CM見た気がする。」
「豆知識のやつですね。」
「それそれ。」

食べ歩き用にコーヒーとソフトクリームを買った。
「それ何味?」
「サボテン味です。」
「サボテン?!……アフリカの動物、とかの展示にちなんで?いや理解できないな。」
彼女はソフトクリームをかじりながら一点を指さす。

「あそこに温室があるみたいです。サボテン専用の。」
「なるほど。……おいしい?」
「どうぞ。」

二人は恋人ではない。
しかし、この日だけは特別だ。
夏油が勝手に決めた、二人きりを楽しんでいい日なのだ。

「今度はあっち行ってみよう。」
手を差し伸べると彼女は手首に手を添える。
相変わらず変なところに手をかける彼女を連れて小走りで園内を進む。
「園内はあまり走ってはいけないと思います。」
「わかってるよ。歩く歩く。」
そういいながらも夏油に遅れないように隣を大股で歩いているのが見える。
ソフトクリームをほおばっている。
今日も楽しい。


彼女は動物に触るのが苦手なようで、ふれあいコーナーの中で固まっていた。
笑いながらハムスターを彼女の膝や手にのせた。
体をカチコチに固まらせながらハムスターをガン見している彼女を見て笑いが止まらない。

「あははは、固まりすぎだよ。」
「傑さん。つぶしてしまいそうなので、早急に回収してください。」
「回収って、ふふ、はいはい。これじゃ先が思いやられるよ。」
笑顔でハムスターをつまみ上げる夏油を彼女は見上る。
最近、彼女の表情がわかりやすく感じる。

「次はモルモットね。」
「……ああ。おっきいです。」
眉間にしわを寄せ、怪しい発言をする彼女の反応を逐一見て楽しむ。
定休日は基本的に平日のため周りには人が少ない。

「じゃあ、次はヒヨコにしよう。」
「ああ、これは初めて触ります。生命を感じます。」
「あははは、だめだ笑っちゃう。」
某映画でヘドロまみれのお代を渡されている少女のシーンを思い出した。

「意地悪はやめて回収してあげよう。」
「ありがとうございます。」
ヒヨコを取り上げて、透明なコンテナに戻す。

ライオンや象などの檻に入った動物には何も言わないのに、苦手と明言しているからには理由があるのかと問う。
彼女は視線を左下に落としてから、夏油の目を見て答えた。

「知能があるのに意思疎通のできないものが好きではありません。自分の近くにいるのを見ると怖くて仕方がないのです。」
夏油は固まった。
「正確には意思疎通をしようと思わないもの、ですが。檻にいたらこっちに来ないので問題ありません。」
二つの目玉がこちらを見て、夏油の様子をうかがっている。

「……わかるよ、その気持ち。」
君もその一人だね、私にとって君も非術師の猿だったね、と思い夏油は苦笑いした。
心が陰る。
「ありがとうございました。」と飼育員の声を背後にふれあいコーナーは離れた。

意思がぶれそうだ。
わかっているのかもしれない、人も動物も同じだ。
理解できない生き物は受け入れがたい。
きっと、猿どもを殲滅したとて世界は変わらないのだ。
しかし、もう戻れない。

非術師を殺すための決行日付近に彼女に会えないなと思った。
あと何か月かしかない。
彼女がこちらを見ていた。










「いや〜楽しんだね。遅くなっちゃったけどお昼食べてから花鳥園行こう。」
「わかりました。」
ゆったりと足を勧めながら出口に進んでいく。

「傑さんは、水族館と動物園どっちが好きですか。」
「ええ〜あんまり変わらないかな。」
「そうですか。」
ふと、「一緒ならどこでもいいかな。」と言葉が出た。

笑顔で彼女を見ると、前を向きながらぽつりとつぶやいた。
「そうですね。」
珍しくこちらを見ていない。
どうかしたのだろうか。
夏油が声をかけようとした瞬間、急に彼女が顔に手を当てて立ち止まった。

「お手洗いに、行ってきます。」
そういって彼女は下を向きながら走っていった。
「え、あ、うん。いってらっしゃい。」

夏油は彼女の心情はわからなかったが、なんとなく察してしまったような気がした。


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