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夢小説のDLove




Casabrancas

見えないときは触れられる
見えているときは触れられない

己の背を追随する、かつては家族と呼んでいた彼らの
視線が自分に降り注いでいる。
その背中を追う必要はなくなった、そう言われている
のは千も承知だった。

妙に心穏やかに、突然やってきた裏切りの日に
マルコは空を見上げた。

常人には成し得ない、力を見せつけるように
飛んだ空だ。
自分を地上に縛り付ける鎖が重いのではない。
得てしまった力が重いのだと、
諦めはそうそうについていた。

軍艦のたいそう立派な檻は、彼を待ちかねたように
大口を開く。
終わりのない闇の中に、彼は飲み込まれた。

こんな闇を、今まで見たことはあっただろうか。
かつては己の蒼炎が闇を裂き、そこに完全なる闇など存在
し得なかった。

あるなあらば、眠りにつく瞬間に感じる
死に行くような感覚、あるいは触れたこともない
”彼女”を見つめている時の感覚、それに似ていたか。


「新入りさん?」

闇から投げかけられる声に違和感はなかった
違和感どころか、安らぎを感じた。

この海の恵みを無作法にむしり取り
鋼鉄に作り変え建付られた檻はこの艦には
いくつあるのだろうか。

言葉を返すより先に、その声から彼女の姿を想像する
時間を多く取ったかもしれない。
縛りつけられ強制的に身体の向く方から
投げられる声だけが、彼の好奇心を生かした。

「ああ、そうだ」

闇の中の流れない時間はあまりにも長く残酷だった。
彼女の存在は確かにそこにあるのに、次の言葉が
聞こえるまでに何年もかかったような感覚に囚われる。

「手も届かないような海賊
 かつての最強の男の右腕、
 憧れだった...。」


彼女の声に酔いながら彼は闇の中、かつての栄華に思いを馳せ
薄れゆく意識に抗うことなく、そっと目を閉じた。


寝ても醒めても続く闇の中で、
彼女の存在だけが、彼のとめどない好奇心と
生きる気力を生かしつづけた




そして今、視界に新たなものが見えた。
光だ。
それが少なくとも希望の光でないことは
彼にも彼女にもよくわかっていた。

光の筋が伸びながらまた小さくなり、消えた。
不穏な彼女の息が聞こえる。
何度も響く、重たげな鎖が宙に浮いては地に落ちる音
平穏とはかけ離れた人間の醜い欲の音。

彼にも彼女にもよくわかっていた
この状況下、死んだほうがマシだと。


耳を塞ぐ為の両手は固く壁に貼り付けられている。
塞いでくれ、彼女の声を聴いていたこの耳を
そぎ落としてくれ。

彼はそう、何度も心の中で念じながら、
握った手のひらに血をにじませ、
目が潰れるほどに閉じ、長い時間を耐え抜いた。


それは数えるのもはばかられるほどに
何度も、何度も繰り返された。



「助けて、なんて思ってない。
 ただ、ここが闇の中でよかった」

闇の中の彼女は、強がるように言った。
まるで光の中で、的確にマルコを見据えているように。


「せめて殺してやりてぇ、そう言いたいところだが」


海楼石のせいだろう、彼の力のすべてが衰え行く。
それは思考にまで及んでいるような気さえした。

彼女に与えるべき言葉が、まるで思い当たらない。
まだ見ていないものがある、まだ生きていない人生が
残っている。


触れられるはずの距離にいる貴女に、触れたい。
触れていたい。


伝えるべきを伝えられず、無自覚に吸っては
情けなく吐かれる息の音。
その繰り返しだけが、その空間に存在していた

自分なりの時間の計算すらあてにならない
もうここがどこで、自分がいまどんな姿をしているのかも
検討がつかない。
この船は、彼らををどこまで運ぶのだろう






「くたばったか」

しばらく、声を交わしてはいなかったが
何かを察知したかのようにマルコは声を上げた。
その問いに対する声もまた、長い時間待ったころで返ってきた。


「いいえ」

思いの外、力のない声だったのが
マルコの焦りを一層募らせた。

自分よりも彼女の終りが近いような予感に
全身の体温が奪われるように感じる。
触れられるはずの距離を、縮めることもできず
彼女は死んでいく。

彼の目の前で、彼の見えないところで。


そして転機は突然に訪れた。
この場所で見た光とは違う、青く不気味な光が
ほんの一瞬、彼女のやつれきった顔を彼の目に焼き付けた。


本当に生きているのかと疑いたくなるほどに
弱っていた。
しかしその視線は、強い意志を持った輝きで
マルコを捉えていた。


天井からは船に与えられる衝撃のリズムに合わせ
埃が舞い降りてくる。どうやら、軍艦の甲板はいま戦場だろう。


「あんたの仲間かい?」

「違う」

そのはっきりとした言葉に、どうやらここへ至った境遇には
自分と似たものがあるのだろうと、マルコは唇を噛んだ。

やかましい足音とともに、今度は熱と
赤い光に彼らは取り巻かれた。

熱に揺らめく影は大声をあげていた。


「...赤髪か?」

「マルコ!無事だったか」

落ち着き払った赤髪のシャンクスの声でわかる、
この戦況は極めて厳しいものらしい。

次の衝撃にはマルコも声を上げた。
今度は船底からだ。

ミシミシと音を立てはじめた、船底にマルコは
好機と絶望を感じた。

改めて目を向ける、向かいの檻には
格子にしがみつく、彼女の姿が見えた。


これを絶望にしてはいけない。
女の期待に満ちた笑顔は、男がすべきことを覚悟させた。

「赤髪!仲間を連れて船に戻れ!」

「助けに来たんだ!手ぶらで帰れるか!」

「ふざけてんじゃねぇよい!状況をよく見やがれ!」

やがて船底からは海水が噴出してきた。
さすがにその状況に、被害の拡大を予見したシャンクスは
身を引き、走った。

海水の勢いを借りるように、船底は崩れ
海が一気に彼らを取り巻く。

「オル!海面に出て赤髪の船に乗れ!」

潜る前に、そう叫び
最後に彼女の笑顔を拝み見た。

海楼石の手錠、沈んでいく海の中
生きられる可能性がゼロに近い。

冷たい海の中、燃える軍艦が光って見える。
燃える海兵たちがせめて、彼女が生きるための
道しるべになるのなら、悔いはない。


彼女が見えないときは
彼女に触れている。
そう思えば、自分はずっと彼女に触れていられた。
離れていた日々も、暗闇に放り込まれてからも
死に行く、このときですら。



「なんだい、一緒に来るのかよい」

遠ざかるはずの炎を纏いながら、彼女は海底に向かって
沈んで来る。それを選んだ彼女に、思わずマルコは笑みをこぼす。

見えながらにして、触れている。

君の手は今、俺の手の中に


最初で最後の奇跡が、これまでの人生のカルマで
あるのなら、俺はよほどいいことをしたんだろう、と
空があるであろう方向を見上げた。

「俺はこれを、幸せと呼ぶよい」

醜い闇は去り、美しい海の中
美しい女を抱きながら沈む。








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