Prohibitum

「...いい匂いだ」

目を開けたのは、そのためだった。
ルフィは勢いよく起き上がるとあたりを見回し
一歩踏み出した。
その一歩がやけに重く感じ、首をひねった。

船首で寝ていたはずが、どうやら寝ている間にどこかの島に
船が着いているらしい。

腹は容赦なく空腹を吼えた。
躊躇が皆無とまではいかないものの、
不安定な地を踏みしめながらいい匂いを辿る。

「肉かな〜、肉だよな〜、肉焼いてるよな〜」

1人ぶつりぶつりと言葉を漏らしながら
たどり着いたのは色とりどりの巨石が積まれた
しかし少し褪せた色で誰かに造られたような
不思議な山の麓だった。

どこか、以前に見たような気もする
その感覚にまた首を捻り、口を尖らすも
山の上にある小屋に小さな煙突から立ち上る煙に、
胃の底から求めていた肉の存在を確信し
巨石を飛び越えながら小屋の前に降り立ち
遠慮なくそのドアを開けた。

「あら、ルフィ」

かけられた言葉に浮かんだクエスチョンよりも
肉を探したいルフィは、住人に気もかけずに匂いの元を
探しはじめた。


くまなく部屋を捜索するも、肉は結局みつからなかった。
そこでやっと、ルフィは部屋にポツンと置かれたテーブル
女が座る対面に腰をおろしながら、女の顔に見いった。

「なぁ、肉はどこだ?」
「まいどまいど、あなたはヘタね」
「ヘタ?んー、何言ってんだおめえ。肉がねぇのは
俺のせいじゃねえ。...お前、誰だ?」

その言葉を吐くことに対する違和感で
胸に何かがズシリと詰まる。

「どうせ教えても忘れちゃうんだもん。」

「...じゃあ、会ったことあんのか」

「...」

女は無言のまま口元を動かすと、クスりと笑い
自分の皿の上のステーキを一欠片、口に運んだ。

「あー!!肉!俺にもくれよ!肉!肉...」

テーブルに突如現れた、自分の求めた肉に
ルフィは遠慮なく飛びつこうとした、が
突然に身体の力が抜けていく感覚に体制を崩し
そのままテーブルに突っ伏した。

「大袈裟ね、ルフィ。
 どうせ、あなたもこの部屋を出て行く。
 そして私のことは忘れる...。」

「違う、...思い出したんだ」

ルフィの言葉に、女は口を小さく開けながらルフィを見つめた。

そのまま長い沈黙の後、ルフィの手には好物の骨つき肉が
握られていたものだから、彼女は我に返ったように声を
出して笑った。

「覚えてたの?あはは、あんなに記憶力弱いのに」

「なんか、すげー長い間忘れてた気がする。元気だったかソムニア!」

肉を頬張りながら、ルフィは笑顔で"長い間忘れていた"ソムニアを眺めた。

「この通り、変わりはないわね」
「...そうだな」

この肉を食べても腹は満たされない
ルフィはそれを、思い出した。

そうして迷いもなく肉を放り出し
ソムニアの手を引き、一枚のドアを開けた。

そこには、コルボ山の夜の丘
星空が広がっていた。

「なつかしいわね」

「ああ、俺ずっとここに、お前と来たかったんだ」




夢はいかなる強者も能力者も支配することはできない。

夢の中で人は不自由だ。
しかし、ルフィはその不自由に抵抗ができた。
その理由を、ソムニアが知ることはないだろう。
彼女は
現実など知らないから。

ユメユメの実の能力により
自らを夢の中に閉じ込めた日から
彼女は夢しか知らない。

人は夢を見る度に、夢の入り口でソムニアに会っているのだ。
しかし、誰もソムニアを知らない。

夢の入口、ソムニアに案内された先へ進めば
あとは醒めるだけの夢の中
ソムニアを覚えていることは到底できることではない。

潜在意識の中で望んだものを、より強くイメージすることにより
夢の中に具現化させることができる。

誰かがソムニアを望まなければ、ソムニアすらそこに存在しない。


ルフィは、強くソムニアの存在を望んだ。


「ソムニア、来いよー!」

丘の上に寝そべるルフィは声をあげた。
ここが夢の中とわかれば、手足の重みもなくなり
現実に限りなく近い、心地よい自由を感じられる。

ソムニアも気がつけば、ルフィの横に座り夜空を見上げていた。

「お前の匂いだったんだな。いい匂い」
「いい...匂い?」

ころん、と肘をついてソムニアに向き直ったルフィは
ソムニアの顔をまじまじと覗き込み、月が星を追いかけて雲から
顔を出したところで、笑った。

匍匐で擦り寄ると、するりと胴の巻きつくように
抱きつき、深呼吸をした。

ソムニアも慈しむように、ルフィの頭を撫でる。

自分が、夢の入り口よりも先に存在していることに
ソムニアは驚きながらも、ルフィの様子に違和感を覚えた。

自分の大切な仲間よりも、家族よりも、好物よりも
ルフィはソムニアを求めている

それは、現実からの逃避。

「ルフィ、現実はつらい?」

ルフィは返事をしなかった。
しかし、ソムニアの言葉はルフィの記憶をかきみだすようだった。

美しい星空に少し亀裂が入り、欠片をソムニアのそばに落とした。
空がだんだんと赤く曇り行き、やがてその空に、
ソムニアはルフィの身に起こった惨劇を目の当たりにすることとなった。

ルフィは必死にソムニアにしがみついた。
コントロールを失えば、夢が終わってしまうのだ。

「ソムニア!」
「そばにいるわ、ルフィ」

コルボ山の夜空はバラバラに砕け散り
赤い雲の立ち込める、禍々しい大地に二人はいた。
ソムニアはそれでも消えなかった。

ルフィがソムニアを望んでいる
自分の存在している場所が、ルフィのそばであること
ソムニアはそれだけで嬉しかった。

ルフィの悪夢を二人で溶かし合うように
互いの体を力強くその腕で結び合い
瞳の中に幸せな夢をさがした。

強烈な熱風がどれほど吹いただろう
涙すら凍る冷たい風にどれほど晒されただろう
どんなにのばしても届かないところを
心からその人を
どれだけ思ったことだろう

耐えぬいたその先、
やがてその場所の雲は晴れ、フーシャ村の岸壁に変化していった
暖かい風が、不快な汗を乾かし行く。

夢なのに、ルフィは彼女の身体の形も温度も
その身に染み付かせるように強く抱きしめていた。

その感情に言葉はいらなかった。
何を言われても、ルフィは理解ではなく感じることでしか
心を満たすことはできない。


「もうすぐ時間だわ」
「いや...だ」
「でも、ここから立ち上がらないと、ルフィ」

ソムニアの匂い、ソムニアの声、ソムニアの姿
感じられる場所はここだけだと分かっていた。
この時間が終われば、悲惨な現実が自分を待っている。
帰りたくない、
帰りたくなかった。

ソムニアの滑らかな肌の感触がルフィの腕を流れるように撫でる。
これ以上になく近づけた顔と顔とが、互いの熱を感じさせる。

触れそうな唇が、
かすかに震えるようにルフィに伝えた


「あなた、死んでしまうわ」


「ソムニア、おれ...」


「ルフィ、生きて。
 信じてる」



やがてルフィの夢は醒めた。


ソムニアの感覚を失う瞬間、抵抗をやめた
現実からの逃避は結局
彼を悪夢からは逃してくれないし
ソムニアを思い出させてもくれない


またこの現実に生まれる赤子のように
泣きながら目を覚ました



ソムニアはまた自室の椅子に腰掛け、両手で顔を覆った。
誰に見られるでもないのに、泣き顔を隠すのに理由は無かった。


「愛してくれて、
 ありがとう
 私も愛してる」


伝える必要のない言葉は
彼がいなくなってから、大気に解き放つ


「ルフィ、生きて。
 エースの居ないこの世界を」








←←←Dreams top



[ 1/1 ]




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -