パラノイア


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ガキの頃、水の感触が好きだった。

川に潜って、魚を取りながら、獲物を捕まえ上を見上げる。
水越しに見るルフィの悔しそうな顔を見る度に
なんとなく笑えた。

顔に浴びる水圧とか、身体を押す川の流れとか…。

時間が流れて、俺はいつしか泳げなくなった。
火の力と引き換えに。


「おーい、エース、大丈夫か?」

「…サッチ。」


ありえない、サッチの声が…
聞こえた気がする、酷く酔っちまったようだ。

「エース!早く出てこいよ、救急車必要か?」

「あ、ああ、大丈夫だ、すぐ行く。」

咄嗟に答えたものの、どうしてだか違和感がない。
何かがおかしい、俺も、俺の周りも、全てが。

サッチが、生きている。

恐る恐る、目の前の壁に手をついて立ち上がり
チカチカと点滅する狭い空間を進んだ。
目の前に、サッチが笑ってそこに確かに立っていた。

サッチが、笑って…。

「ヘヘヘ、飲ませすぎたか。大丈夫か?」
「平気だ…。サッチ、お前…。」
「ホラ、帰るぞ。ったく、披露宴ではしくじるなよ。」
「わーってる…って、なぁ。」

酷く混乱している俺と、平然とした俺が
俺の身体の中に共存している。

「おーい!ユキア!帰るぞ!」

サッチの声に、駆け寄って来た彼女を見て思い出した。
俺は、海にいた…俺は、海に、入った。
なのに、今ここにいて…。
サッチもユキアも家族同然で…あいつらは来週…
違う
サッチはティーチに殺された、俺はティーチを追って船を


おかしい。


「大丈夫?エースは弱いねェ、はっはっは!」
「ユキア、ちょっと…いいか。」
「何ぃ?人妻狙ってんのかお前!」
「まだ独身ですが!」
「はははは!」

いつも通りだ、いつも通り、
明るいサッチとユキア、何も変わりはない。

「ほら、明日も仕事だろ?帰るぞ。」
「あ、ああ…。」


ついに俺は、いつもの道を通り、サッチたちに見送られながら
自分の家に帰っていった。
違うはずだ、俺たちは海賊だ…。こんな世界にいるはずがない。


部屋につけば、いつもの光景だ。
口の周りに食べカスつけたルフィが、腹出して寝てる。
俺の表情は、無意識の内に微笑んでいて、ブランケットを投げつけるように
ルフィに掛けて…。

「海賊王に…なりてェんじゃ、なかったか、ルフィ。」

気持ち良さそうに眠るルフィが答えるはずもなく、俺も自分のベッドに倒れ込んだ。








「エースー!エースー!腹!減った!はらが!減った!」
「ん…ルフィ…か、なんでモビーにいるんだ…。」
「モビー?何言ってんだ、朝飯つくってくれよ!」
「はっ…!!」

目を見開き、見えたルフィは少し背が伸びてた気がした、それにこの天井は見覚えが…
なかった。まだあの世界に、まだあのサッチの生きてる世界に俺はいるんだ。

「ルフィ!来い!」
「な!なんだよ!!」

とっさに、俺は確かめたくてルフィの腕を強く掴んだ。
そのままバスルームに向かい、風呂の水を溜めながら、ルフィの頭を掴み
そのまま突っ込んだ。

「エース!何すんだ!ゴフっ….!!止めろ!」
「力抜けるんじゃねーか…なァルフィ、お前泳げねェよな。」
「何言って…ォボボ…離せっ。」

「クっ…なんでだ、なんで抵抗する力が…。」
「や…め…ろぉー!!!」

噛まれた指に激しい痛みを感じた、瞬間手を離した俺はルフィに飛ばされ
バスルームの扉は無惨にも砕けた。

「何すんだ!頭狂ったのかよ!」
「…かも知れねェ。お前、今日学校だよな、早く行かねーと、遅刻するぞ。」
「飯はっ?」
「途中で買ってけ、ほら。」


いつも通り、俺の内ポケットには財布が入っていた。
千円抜いて、ルフィの渡し、そのまま俺はしばらく動けなくなった。



俺の知っている、俺の記憶にある泳げないルフィは何なのか
そして、モビーディックでの生活、海賊稼業は何だったのか
俺の頭にぐるぐると巡るそいつらを抱えたまま、
俺は身体が覚えているがままに、その場所にいた。


「またサボりですか、エース君。」
「イヤ、ちげーよ。マジで診てほしいだけだ…。」

モダンアートと言うらしい、形はヘンだが座り心地の良い、足置きまである
椅子に深く腰掛け、俺はユキアを眺めていた。
豪勢なこの部屋はいわゆるカウンセリングルームだ。
精神科医のユキアの職場だ…。

「こんなストレス社会でコッチは大儲けだから、あんたみたいな
ストレスに無縁の男に構ってるヒマないんだけどなー。」

「今朝、ルフィを殺しかけた。」

「喧嘩?いつものことじゃない。」

バカにしたような笑みを浮かべたまま、白衣のユキアは
足置きに

「オットマンね。」

オットマンにのせた俺の足を払いのけて座り、じっと俺の目を見つめた。
今までの俺には見覚えの無い光景だ。

サッチを見たときと、ルフィを見たときとは何かが違う、そんな印象を受けた。

「ルフィは、水が苦手で…力が入らなくなるんだ…そう知ってるはずなのに。」

俺の言葉に、ユキアの表情が真剣になっていくのが分かった。

「頭ん中に、ヘンな記憶があるんだ…俺も、ルフィも泳げないはずで。」

「あなたの名前は?」

「…は?」

「ただのテストよ、あなたの名前。」

「エース…。」

「誕生日は?職業は?家族は?恋人は?」

「1月1日、仕事は投資会社の社員、入社1年目、家族は、弟1人。恋人は…。」

簡単な質問に答えている途中、その言葉を頭に思い浮かべたとき、ユキアと目を合わせることが急に、何か心の痛みのように感じた。察したように、ユキアは俺の膝を軽く叩くと立ち上がり、窓の傍へと近寄った。

「その気持ち、大事だと思うわ…別な、記憶が頭にあるって…。」
「…どういうことだ。」
「それは、誰にでも可能性がある話だと思う…。」
「俺には理解できない。」

表情も変えずにユキアは頬杖をついて、真っすぐに俺を見つめた。
その目が語ろうとしている、その言葉を俺は何故だか分かっていた。

「行って、エース。死んだサッチの魂は、どこへ行くの…。頼んだよ、」

「あぁ!そうだ、お前がそう言った!だから俺は…船を….。」

「えぇ、そう言ったわ。」


そのときに、はっきりと分かった。
俺が持っている記憶の断片と同じものを、ユキアも持っているんだと。

「ね、私なんて馴染んじゃって、この通り。」
「どうすりゃいい、俺はこんな世界で生きてる人間じゃねェ!」
「それは、二重思考ね。」
「…二重?」
「そう、全く別な2つのコトをどちらも正当として行動する。
戦争は平和、平和は戦争…ってね。」
「いや、わかんねェよ。お前は何を知ってるんだ。」


少し肩で笑いながら、ユキアはカーテンを締めるとゆっくりとこちらに
向かって歩いて来た。
ハトが豆鉄砲喰らったような顔をしているであろう俺の頬を撫でながら
あろうことか大胆にも俺の上に腰掛け、チョコの香りのする唇を寄せ、俺の呼吸を塞いだ。

この部屋でこんなコトが起こったのが初めてじゃない。
俺は、思い出した。
彼女とキスをするのは、初めてじゃねぇ。

ここでも、彼女の自宅でも、ルフィが帰ってこない日の俺の部屋でも
俺の船室でも、船の医務室でも、そうした。


「エース、悪魔の実の能力者が海で溺れ死ぬのを見たことある?」

「ない…。」

「私も、ない。」

「そう…いうことか。」

「そういうこと、私もその記憶がある。それだけじゃない…私は。」

彼女はいつもそうするように、唇にたっぷりと乗ったグロスを白衣の袖で拭い
俺の首筋に噛み付く。
悪いことだと、知っている…でもこれは悪いことじゃない。
いつも俺の脳内で、そう片付けられていたことだ。
ダブルシンキング、彼女はそう説明した。
健全な思考…だけど異常、そんなことを…

「私は、全てを知っている。」












「でも、サッチが殺されるって可能性は…ゼロじゃねェんだろ。」
「まあね、私もティーチにはかなり警戒してる。だって、アレも私とサッチが
結婚する直前だったものね。」
「それじゃあ、近々ってことも…。」
「かなり、可能性は高いわね…。」


あの日、海の感触を久しぶりに味わったんだ。
そのあと、力が抜けて…気がついたときにはこの世界に…。

乱れた服を整える彼女の姿を見るのが好きだった、殆ど肌を出すことのない
彼女がまるで、俺だけに見せる姿だから。
少なくとも、2人きりで居るときにはそう思っていた。



「早く服着て、会社に戻りなさい。」
「ん、あァ…。なあユキア。」
「なに?」
「お前、すげー冷静だな。混乱しねーのか。」
「私はね、大丈夫。」

再び、昼時の日差しが差し込む。
彼女の姿はもう、逆光で影でしか見えなかった。

「私は、初めてじゃないから…。」







会社に戻りながら、この街の景色を眺めていた。
俺が育ったのは、こんな都会じゃなく、ど田舎の山の中だったのを思い出していた。
ルフィも高校進学と同時にコッチに出て来たし、あの場所にいるのは
…ダダンたちだけだな…。
もし、サッチとユキアが無事に結婚を終えれば、何の心配も
いらないだろうから、ルフィと一緒に盆あたりに帰るか…

そんな呑気なことを考えながら、オフィスへ戻れば必然的にティーチが
目に入った。
こいつを追って、1人で海へ出たはずなのに…
自然と身体が強ばり、自分の手のひらを見つめた。
すぐに火がつく俺の身体には、何も起こらない
そんな記憶も、ティーチを恨むようなこの感情も、
その意味が霞んで行くような気がした。

普通の生活をしているんだ、仕事をして給料を貰う。
ルフィに飯を食わせて、寝て、起きて…。
サッチが殺される要因も、この世界では何もない。

だってそう、悪魔の実が無いのだから。

俺は肩の力を抜いて、普段通りにティーチに軽く声をかけてすれ違った。




翌日、俺は上司でもあるサッチと共に外回りだった。
暑い日だった…とは言え、この国有数の大企業の業務内容なんて
たかが知れている。この日も仕組まれているがごとく楽勝の企業買収の話だ。
俺が必要ないくらいに、口の上手いサッチが話をまとめ上げていく。
俺なんて、嘘くさい資料を横からせっせと出すだけだ。

夕方会社に帰ってからは、サッチからまた飯の誘い。
断る理由もなく、俺は定時よりも早い時間にサッチや部署の仲間と会社を出ていた。


「なァエース、面白いもの見つけたぜ。」

ビールを一杯のみ終えたところで、サッチは嬉しそうにそう言った。

「なんだ…面白いものって。」

カバンからグチャグチャになった書類を取り出したサッチの姿に、頭の中で
あの日の光景がフラッシュバックした。この会話を、俺とサッチがした記憶だ。
咄嗟に俺はティーチに目を配った。
気にする様子もなく、チェリーパイを頬張りながらビールを飲んでいる。
相変わらず、気持ち悪い食い合わせする男だ。

「なんとぉー!はい、ドラムロールして、エース。」
「サ…サッチ!やめとこう!あとでゆっくり聞くからそれ!」
「あ?何言ってんだ、楽しいことは皆で共有しなきゃなぁ。」
「いいからやめろって!」

つい声に力がこもり、俺は夢中でサッチの両腕を掴んだ。
もしも俺の勘が正しければ、ティーチが悪魔の実に気づき
サッチを殺害してでもそれを手に入れるはずだと…。

「な…何、マジになってんだよ、エース。ただの石油利権の書類だって。
今日買収が決まった会社、こんなもん持っていやがって…。」
「…はっ!バカサッチ!」

悪魔の実は確かにこの世界には存在しない、だが…それが実の価値に変わるものならば
ティーチがサッチを殺す動機にはなり得る。
俺はあわててティーチを睨みつけた、しかし、何の変わりもなくまだパイを食っている。
やっぱり、世界が違えば未来が違うのか…。

「どうした、エース。顔色悪いぞ…。」
「いや、悪い…。顔、洗ってくる…。」



確かに…俺はこんなに頭を使うことなんか無かった。
火拳のエース、この拳で貫けねェ船もなかったはずだ。
ただ身体が赴くまま、名を上げるんじゃなかったのか、親父を海賊王にして
やるんじゃなかったのか。
それなのに、ここに居る連中は、何かが違うんだ。
同じだけど、、違う。


結局この日は、爆発しそうな頭を抱えながらすぐに帰った。








「ユキア、俺だ…。」
「あらマルコ、久しぶりね。奥さん元気?」
「サッチが…。」






俺もユキアも、連絡を受けたのはマルコからだった。
俺たちは、知りながら防げなかった。







会社の倉庫で、サッチは何者かに刺殺された。
駆けつけた時に、その光景はやはりあの船の上と一緒で、
ただ一つ、違ったのは…ティーチがその場にまだ居たことだった。


「ティーチ!てめェ!!」
「エース、やめろ!ティーチは関係ねェよい!」
「こいつが!こいつが殺したんだ!!」


知りながら、どうして俺はこいつを見張ってなかった?
悔しさについ、涙がボロボロとこぼれた。


「エース…、俺ぁサッチが会社に戻るってんで、一緒に来たんだ。
だが、俺は外でタクシーに乗ったまま待ってた…。あんまり戻って来ねェんで
様子見に来たら…。こうなってた。」
「嘘だ…嘘だ!!」
「嘘じゃねェ、本当だ…。」

冷めたような周囲の目が痛かった、どうやら…ティーチのことは本当らしい。

「ユキアは…どうした、知ってんのか。」
「あァ、電話した。とにかく…警察の調べが終わるまで、待つと…。」


マルコがそう言い終わるのも待たず、俺の足は外へと向かっていた。

ユキアは、あいつはどういうつもりで…あいつも知ってたはずなのに。

サッチとユキアの自宅へ向かったが、どうしてだかユキアはそこに居ない気がした。


そうだ、あの日も彼女は
モビーの船尾で俯いたまま海を見下ろしていた。
その場所に彼女が居る気がする。

俺は、湾を見下ろせる場所に走っていた。
彼女は居る気がする、そこでまた海を眺めているような気がする。



目に映ったのは、やはりあの日と同様。
風になびく黒いショールを纏った、彼女の姿だった。


「ユキア!」
「エース、鼻が利くわね、さすが…。」
「クっ…お前…!」
「やっぱり、ダメだったね…。」


そんな簡単な諦めの言葉に、俺は膝が崩れそうになった。
波が岸壁を打ちつける音、潮の匂い…それすらもあの日と一緒だ。


「海に…出ない?」
「何言ってんだ、こんなときに。」
「今度は、またあの世界に戻って…、サッチを助けられるかも知れない…。」
「そんな、バカな。海へ入るつもりか。」
「…えぇ、そう。」


ため息を交えて、俺が海を見下ろした瞬間、
海がだんだんと近づいて見えて、そして、後頭部に鈍痛が走った。


「エース、まだ話たいことがあるの。」


次に目を開けたときには、海の真ん中にいた。


「気がついた?」


ユキアは冷たい表情だった、その顔に俺は
頭の痛みを忘れ、ただただ恐怖を感じていた。



「ねェ、エース。サッチが死んで、悲しい?」
「てめェ…なにを…。」
「本当は、嬉しいんじゃないの?私を独り占めできるとか…。」
「んなわけ…。」
「ないよね。一つだけ教えて上げる、サッチが死んで、あなたが生き残る
それは私にとっては一番最悪なパターンなの。」
「どういうことだ….。」



「一つだけって、言ったでしょ。」


水圧が身体に纏わりついているのを感じた。
両手にはユキアの手の温もり、顔には太陽の日差しを…




「もうひとつ…教えてくれ…。」

「なに?」

「お前…一体誰なんだ。」





遠のいて行くユキアの顔、あの日見たルフィのそれと似ていた。
悔しそうな顔。
やがて闇へ…そうして俺は
2度目のサッチへの別れを…体験してしまった。














「エース、まだ先があるのよ。
今のあなたが知り得ない、物語の先が。
サッチの死は引き金、飛び出した弾丸はティーチへと向かった。
跳ね返り、世界を巻き込み
やがて弾丸は、あなたと白ひげを殺したの。」





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