白ひげのライト2つ サッチ 現パロ
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「白ひげのライト2つ。」
隣のレジで妙ちくりんな頭の男が
すこしイイ声を上げる。
神山君が笑顔でレジを通し、男に
二つの小さな小箱を渡す。
「ジャンプ売り切れ?」
「そうなんすよー、すいません。」
「今朝買っときゃよかった。ははは、またな!」
明朗快活、その人は誰からも愛されるんだろう。
神山君もよく彼の話をする。
サッチさんマジかっけー。
深夜のバイトはあまりメンツに代わり映えがない。
誰もが言う、サッチさんのことを。
そして私は思う、サッチさんかっこいいと。
そう、思うだけ。
毎日来るから、家はきっと近所なんだろうと
思っていたけど、まさかの店の道路向かいの高級な
マンションだった。
数日前、バイトに入る前に信号待ちをしていたら
声をかけられたから、知っている。
「あれー?アズサチャン?なに?今からバイト?」
「え、あ、は、はい。」
壮絶にどもってしまった。
そしてまたその笑顔にヤラレル。
上手に笑顔も作れずに、「がんばれよ!」
という顔に振り向くこともできずにその場から走った。
その日からというもの、私はサッチさんが
必ず寄りかかってくる入り口側のレジに近寄る
ことができなくなった。
思うだけ、見るだけ。
それだけで私の小さな恋のメロディは
十分ですと悲鳴を上げる。
だから、毎回レジ対応する神山君とサッチさんの
距離がグっと縮まっていくのに少しだけ嫉妬を
覚える。
そう、ほんの少しだけ。
「神山君、髪どこで切ってんの?」
「神山君って彼女とかいるの?」
「神山君こないだ見かけたよ!会社の前で!」
「神山君、今度ジャンプ取っといてよ。」
神山君は言われる前に後ろの棚から白ひげのライトを二つ
もう既にレジを通して、サッチさんと楽しげに会話をしている。
そんな仲なんだ、もうお前ら付き合えよ。
そんな醜い嫉妬を抱きながらも、私は毎日その
姿を見るだけで十分なんだと恋のメロディを鳴らす。
「アズサチャン!これからバイト?」
渡ろうか、走ろうか、でも間に合わなかった。
大通りの信号で立ち止まった私に投げ掛けられた
言葉に私は跳ね上がった。
「...はい。」
「大変だねー、週にどんくらい働くの?」
もうこの人は、誰と、じゃなくて
会話するのが好きなんだと、不整脈を起こし
そうな胸を抑え、私は冷静に答えることに努めた。
「3日、くらい?」
「なんで疑問系?うけるっ!」
大通り沿いの街路樹の下、サッチさんの
明朗な笑い声が響く。
「アズサチャンさあ、料理とか上手そうだよね。」
「いやぁ、そんなことないです。」
「そっかー、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ。」
「いや、私もう20なんで。」
「へー!十代かと思ってたー!それならさ、今度このサッチさんの家で
料理教えてやろうか?ハハハハ!」
「や、やだなぁ、申し訳ないですよそんな。」
「遠慮すんなって!こう見えても俺、元料理人よ?」
ホントは好きです、家行きたいです。
そんな言葉が本当に漏れそうだったけど、
幸い信号が変わったので、私は走りながら
小さく頭を下げてその場から逃げた。
その日の少しだけ長い会話の一言一言が
頭の中でリピートされていて、それが再生
される度に私は胸が苦しくなった。
スイッチを押してるのは私なのに、
苦しくなる。
「白ひげのライト2つ。」
それがサッチさんじゃなくても、同じ注文が
聞こえる度に思わず俯いてしまう。
思うだけ、見るだけでは、十分じゃなくなってきている。
「白ひげのライトふたつ。」
そのタバコが不釣り合いな女の人に言われても、
私は普段そんなに発揮しない笑顔が自然と出てしまう。
その人も「フフ。」と笑うとタバコだけ受け取って
香しい香りをまき散らしながら店を出て行った。
綺麗なのに、タバコなんて吸わなきゃいいのに。
そんな思いを抱きながら、またサッチさんの言葉を
頭の中で再生させている。
「白ひげのライトふたつ。」
またあの人がきた、綺麗な人。
ライトとはいえ8mgのタールを有するタバコなのに
もったいないな。
ぜひイケメンと結婚して元気な赤ちゃんを産んでほしいのに
と勝手にその人を独身に仕立て上げたのは、その人が
指輪をしていなかったから。
「ありがとうございました。」
タバコだけ持って店を出た後ろ姿は、爽やかな春風の様で
信号を待ちながら髪をかき上げる仕草まで見届けてしまう。
「最近サッチさん来ないよね。」
そう、私もちょっと思ってた。
脳内にいるサッチさんがもう、永住権獲得してるから
店に来ないことにあまり違和感を感じなかった。
でも、神山君が言うんだから、そうか
やっぱり実物を数日見ていない気がした。
入店音に口が勝手に決まり文句を言う。
雑談は止めて前を向けば、やっぱりサッチさんじゃない。
「白ひげのライトふたつ。」
そう言われた私の中で散乱していた糸が
一本に繋がった。
ああ、そういうことか。
この綺麗なお姉さんが、買っていくから
サッチさんは来なくていいんだ。
未だに首を傾げる神山君を見て
私もそっちに行きたい、その立場になりたいって
すごく思った。
「白ひげのライトふたつ。」
その声を聞く度に、今度は身体がまっ二つに裂かれる
ような感覚になった。
タバコに毒を仕込もうか、もういっそおでんの中に
沈めてやろうかと何度考えた?
終いにはおでんの汁を掛けてやろうかとも思った。
大人の領域に、未だ踏み込めていない私。
ちゃんと食べないと、大きくなれない。
サッチさんの言葉の全てを私の中から、消してくれ。
誰か消してくれ。
そんな恨みつらみ、恐ろしい妄想は
手を下さずとも、私の味方をしているらしい。
「白ひげのライトふたつ。」
おとといは左手に大きな絆創膏
昨日は右目から頬にかけて大きな痣
今日は首に真っ赤ないくつもの斑点
明日この人は何をぶら下げてくるんだろう。
額に穴でも開けて来りゃいいのに。
初恋は血の味。
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