Inside of Her...01



エマージェンシーのサインの揺らめく急患搬送口に
つけられた不穏な車を照らし、警備員はため息を
漏らした。

「はぁー、トラファルガー先生ったら、どう
 やって車停めたら窓ガラスが割れるんです
 かねぇ。」




妙な静けさに包まれる病棟の片隅で、重苦しいカギ
が地下へと続く階段の扉を開けた。

仰々しいまでに白い通路、天井、壁を蛍光灯が
一層眩しく辺りを照らし出す。


「フィオナを寝かせろ。」

背に刃先を触れさせられたままのローは、動じる
事も無くジャケットを脱ぎ捨てると慣れた手つきで
手袋をはめた。

「おい、テメー。フィオナに触んな。」

額に血管を浮かび上がらせたままのゾロは、
対象から目を離す事も無く、刀を握る力を強めた。

「触れずにどう手術しろってんだ、ふざけるな。
 お前は出て行け。手術が終わったら金をやる。」

「ふざけてんのはどっちだ、トンヅラ扱かれちゃ
 話にならねェ。俺の目の前で手術しろ。」

「・・・倒れんなよ。」

「アァ?」


ぐったりと言葉も発さぬフィオナを手術台に
寝かせ、改め見るその姿は生気が奪われて行く
ようで、巻いていた包帯も血に染まりつつある。

マイアミに入ってからというもの、警戒心からの
緊張でフィオナの身体が限界に近づいているのに
すら気づかずにいた。

「どけろ。」

2人に割り込む様に、ローは手術台に寝かされるフィオナの口に吸入器を宛てがい不気味に口端を
上げた。

「楽にしてろ、すぐに終わる・・・。」

「てめェ!何してくれてんだ!」

「落ち着け、麻酔だ。」

我に帰った様にローの喉元に刀の刃先を突き
立てたゾロは、ギリギリと唇を噛み締めた。

「ずっとこの状態で手術しろってのか、
 いいかげんにしてくれ。」

「たりめーだバカ、ヘンな真似してみろ、
 すぐにお前の首を刎ねてやるぜ。」


ゾロの意図を汲んでか、ローはニヤケ顔で肩を揺らす。

意識が薄れ行く中、フィオナは最後の視界に映る
ゾロを見て触れようと手を伸ばすも、
それは届くことがなかった。


切り裂かれた包帯と共に、おびただしい量の皮膚が剥がれ落ち、その下から覗くものは肉でも骨でもない、鱗だった。

「これっ…こいつ…。」

ローは奥の扉からストレッチャーを押し入れて
来た。乗せられていたのは人形の様に動かない、
若い女の死体だ。
目の前で始まる事に察しはついたものの、いざ
本物を見せつけられると縮み上がりそうだった。

「移植する、離れていろ。」

降り掛かる冷たい声に刀を握り直し、ゾロは
折れそうな心を奮い立たせ、あの日見た数倍もの
スピードで鱗が形成されていくフィオナの姿を
横目でちらりと見た。
その様のグロテスクさに吐き捨てる言葉も失った。


「人魚の自己治癒力の高さか、恐れ入ったぜ。
 だが人間の組織を拒否する力も同等にあるよう
 だな。
 前につけた脚はもう使い物にならん。
 移植をする。」

「移植、だと。」

ゾロに背を向けたまま、ローはメスを取り出し
フィオナの脚に容赦なく突き立てて行く。
簡素な心臓のモニター音だけが響く手術室は
重苦しい空気に包まれ、更に露になっていく
人の体内に免疫のないゾロは吐き気を覚える。

「3体の人魚が海洋調査船に捕獲された、
 4年前の話だ。内2体はマイアミの港に入る前に
 死に、生き残ったのがこいつだ。」

手を休めることもなく、ローは背後のゾロに語りかけた。
消毒液に投げ込まれる金属がぶつかり合う度に
不快な音を上げ、冷たい悲鳴のようにすら聞こえる。

「残念ながら、政府や大学関係者に報告が上がる
 前に、こいつで金儲けを企んだやつに
 流されたのさ。
 クロコダイルはそう、こいつを売ろうとした。
 興味を持ちそうな仕事仲間を集めてな。
 恐らく観賞用にハンコックが買うだろうと予想
 していたが、意外や意外。
 買ったのはジョーカーだった。

 しかも、人魚の存在を他言せぬよう。
 あの場にいた人間に口封じの為に、自分の
 持ってた島も、仕事も全部分け与え、
 ジョーカーはこいつを引き取った。

 そして、ジョーカーは表舞台から姿を消したの 
 さ。」

「てめェは、なんでフィオナを知ってんだ。」

「俺はジョーカーの部下だった。
 こいつに人間の姿を与えるよう言われ、
 口封じにこのマイアミを譲り受けたが…
 気に食わねえ。」

「何が、だ。」

「こいつの存在、
 こいつの価値、
 全てが気に食わねえ。」


不意に煮え立つような殺気を感じたゾロは
ローの首を今にも刎ねんと、両手で刀を構えた。

「俺には、こいつ以上の価値があるはずだ。
 ジョーカーは俺を手放した、
 だがまだ、ヴェガスでのうのうと生きてる。」

ガシャン、と大きな音を立てて鉗子が液に投げ込まれ周囲に血の匂いが立ち籠めた。



「この人魚さえ現れなければ、二人で世界を
 手に入れることができた...なのに、なのに。」

饒舌に話をしていたローは突然手を止め、持って
いたメスを消毒液に投げ込み石のように動かなく
なった。
ゾロはその様子に苛立ちを抑えられず、側にある
点滴台を蹴り飛ばした。

「何やってんだ、さっさと終わらせろ。」
「...下がれ。」
「アア?」
「下がれと言っているんだ。」

面白がるように言い放つその声色に、ゾロは
思わず一歩身を引き、刀を下ろした。

「ルーム...。」
 
青白い光に包まれた小さなドームがフィオナと
死体を覆った。

「シャンブルス。」

眼にも留まらぬ速さで凍りつく脚が、ところどころに皮膚を残す鱗と入れ替わった。

「テメぇ...一体。」

「天才外科医と謳われた本性がこれだ、ザマねえ。
ククっ、だが3年前よりは...上出来だ。」

笑みを浮かべ、くるりと振り返ったローの姿に
ゾロは鳥肌が立った。
その自信に溢れる表情が、仰々しいまでに明るい
この空間を一気に闇へと引きずりこむような感覚
に、ゾロは盛大に舌打ちをした。
 
「ハナから金を渡すつもりなどなかった、あそこで 
 死んでいれば、楽だったのにな。」

「んだと!?」

「だが、フィオナをここまで連れて来たことには
 感謝してるぜ、ロロノア・ゾロ。」

「何故、オレの名を。」

「調査ってのは多面的にやるもんだ、髪色を変えて 
 オレを騙せるとでも思ったか。」

「・・・取引は不成立だな、フィオナから離れろ。 
 今すぐに!」

喉元に迫る刀におくびも見せず、ローは軽く両掌を
ヒラヒラとゾロに見せると声を上げて笑った。
「最後まで聞けよ、感謝していると言っただろう。 
 お前に金以上に価値のあるものをやると
 言ってるんだ。」

「金以外は受け付けられねェ。
 ココで死んでもらう。」

「脊椎損傷の植物状態の人間の口から、聞きてェ
 ことがあるんじゃないのか?」

「...何?」

「アリゾナ州フェニックス、セントジョセフ病院
 第二病棟3018、入院期間3年2ヶ月と10日、
 担当医師はロバート・チェイス。
 ・・・微弱な脳波をモニタリングしている
 だけで死んだも同然だな。…お前には難しい話 
 だったか。」

「テメぇ!!誰からそれを!」

「ジンベイがはぐらかすもので、
 面白くてつい調べた。
 なァ、今見ただろ...俺がしたことを。
 オレなら、クイナという患者の脳を健常者と
 入れ替え、話をさせてやれる。どうだ、
 これがお前の報酬だ。」

「・・・無理だ。信じられるか、そんな」

「倉庫でも見ただろう、お前の知る世界など
 ほんの一部。信じられないとされる出来事は
 全てが人間様の仕業だ。
 
 お前が命を懸けてでも望んだことは
 クイナの手術ではない。
 クイナの意思を聞きたい、そうだろう?」

「・・・。」

「お前も、早く・・・。楽になりたいんだろ。
 それでおとなしく、帰ってもらいたい。」


見透かされた自分の心が、だんだんと凍りついて
行く様だった。

ゾロは真っすぐに捕えたローの目に、その手に、
最後の賭けに出る決意とともに、刀を鞘に納めた。
 
 
 


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