nighty nite...
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経験値を積めど、レベルが上がらないものだから
こんなゲームは止めてしまおうかと思う。
出生から始まり、鼓動が止まるまでのゲームを。
人に迷惑もかけないで生きて来たんだし
最後くらい選ばせてくれよ。
最後くらいキレイなままで逝かせてよ。
テーブルに並ぶ色とりどりの液体が入った瓶を眺めて
髪を束ねて、深呼吸した。
不思議と心が安らぐ。
「うー寒い・・・。まだ寝ねェの?」
突然かけられた声に、思わず飛び上がった。
止まろうとしていた鼓動が一気に動き出した。
「ごめん、もう寝る。」
カンの鈍いこの同居人は、寝ぼけ半分でずりずりと私を引きずって寝室へと戻る。
狭苦しいベッドだが、これが私の象徴みたいなものだ。
性別故の体格差のある私たちがそこで身を倒せば、おのずと押さえつけられる私の
身体は行動の全てが抑止され朝が来るまで動くことはできない。
とくに理由も無く宿で体力を回復してしまうように
ラスボス前で「本気でかかって来い。」という意味を込めて体力を回復するように。
「エース。」
「あ?何だ?」
「出てけよ。」
「んーイヤ。」
この短いやりとりが毎晩つづいている。
この狭いベッドで重なり合う二人の姿をハタから見れば
そんな会話が行われているとは到底思えないだろう。
私が本当に望んでいることが何なのか、誰も分かりはしないだろう。
「なんだ、ラブ、眠れねえのか?」
「う・・・ん。」
「お前は運動不足なんだよ、えィ。」
そう言いながら、シャツの下からするりと手を入れてくる彼は
やり慣れた手つきで私の身体をまさぐる。
もういい加減、吐き気がするんだその偽物の愛情表現。
「やめてよ。」
エースの生温い手を引き出して向こうに払いのければ、彼は笑顔で私の
肩に顔を擦り寄せながら特に意味はないキスをする。
思えば、この男からはたくさんの経験値を得た。
出会いから交際から喧嘩から浮気まで。
この人で何人目だろう、結局は同じ終わりが来るのだから
止めておけばいいものの、彼は変わらず私の傍にいて。
それは「傍にいてくれる。」のではなく「傍にいる。」
若年のころから何人かと交際というものを経験したものの
誰かを大事にするだとか、ましてや愛するだとかということが
私にとって何の意味も持たないものだから、エースとだってどうこうなるつもり
もなかった。
だが、彼には誰かの家に居着くという特技があって
それは現在も発動中の特殊能力。
なにかのイベントでも起こって、攫われたりどこかにぶっ飛ばされればいいんだが
もしくは馬車に乗っててくれるか、ルイーダの酒場で預かっておいてもらえない
だろうか。
悲しいかな現実世界。
冒険の仲間を選ぶこともできないのか。
むしろ一人で十分だったんだけど。
私の言葉に笑ったままのエースは、グっと力を入れて私の身体を抱きしめると
そのまま寝息を立て始めた。
意外とラスボスはこいつかもしれない。
そんな私の冒険の書がセーブしますか?という画面で止まったまま
私は、眠りについたようだ。
朝目が覚めると、コーヒーの香りがした。
目の前には、湯気の立ち上るおおきなコーヒーカップが二つ。
振り返れば、水面から目だけ出す蛙のような体勢のエースが私を見つめていた。
「おはよう。」
「う・・・ん。」
身を起こし、カーテンの隙間からもれる眩しい光を睨みつければ
今日は日曜日というテレビの音が、リビングから聞こえてくる。
後ろからずりずりと寄ってくる体温がぐっと私を引き寄せる。
「コーヒー、どっちがいい?」
「どっちて・・・赤いのがエースので白いのがあたしのでしょ。」
「赤い方は、昨日お前が飲もうとしてた酒が入ってる。どっちがいい?」
いつになく棘のある声が、私の額に汗を滲ませた。
その私の変化を楽しむかのように、首筋に鼻をおしあてて
私の匂いを存分に嗅ぐエースが、少しだけ愛おしく感じた。
愛しいラスボス、さようなら。
このゲームが終わったら、セーブしておいてくれ。
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