鷹の助壱
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「近い。」
「おお!すまん!」
ぐいと顔を引いた老は、朗らかに笑う。
鼻頭を付け合わせるほどに顔を近づけてくる老の
剣修行に何ヶ月も耐えてはきたが、こればっかりは耐えられん。
この島、いやこの国は
住めば都と言ったところか・・・。
「そうじゃのう、いつでも出て行きゃあいい。
これ以上強くなられても困る、のう鷹のすけ!」
「・・・それは犬だ。」
老眼ではなく近眼だと誇らしげに語るその老は
大きな盃をひっくり返るように煽った。
「よくがんばったなぁ、鷹のすけ!」
「貸した金かえせよ鷹のすけ!」
「もみあげ剃れよ、鷹のすけ!」
口々に侍たちが声をかけてくる。
人との関係を築こうと思った事はなかった
こんなやり取りも億劫に感じていたが、今となっては
まるで家族のようで心地よい。
この感情もいずれ捨てなければならないと思うと、ここに留まりたいとすら思う。
ちなみに金など借りてはいない。
この人の輪にいればいるほど
別れが辛くなる。
とっさに立ち上がり、外の空気を吸おうと表に出る。
その町並みは、誰でもノスタルジーに浸れるような田舎で
月がやけに大きく、明るく感じる。
ぼんやり・・・
そんなことができるようになったのは
ここに来てからというもの
瞼を閉じても感じる月明かり、なんと心地が良いのだろう
瞼・・・閉じてなぃ
「・・・鷹のすけ?」
「・・・近い。」
これは血縁なのだろうか
人との距離感がつかめない家系なのだろうか
その距離とその声で分かる、老の孫娘の巴だ。
「行っちゃうの?」
「まだ・・・だ。」
ぐいと肩をおしやると、なんの不思議もなさそうに横に並んで
じっとおれを見つめているのがわかる。
そんな顔をまともに見れず、おれは視線を宙に泳がせるも、とうに月などは見ていなかった。
「おい!鷹のすけ!聞いてんのか!」
「聞いて・・・るよ。」
「一緒に行きたい!連れてけ!」
「それは、無理。」
ここのところ毎日のように聞かされる言葉にどこかほっとして
石造りの階段に腰掛けると、巴も追いかけてくるように
おれの隣に腰掛けた。
「早く寝ないと、じじいにどやされるだろ・・・早く行けよ。」
「一緒にいたくないのか?私と・・・。」
「・・・巴、どうしてだ、ここに居た方が幸せだろう。」
「思春期だから、好きな人と一緒にいたいのは当然でござる。」
「ござるって・・・言われても。」
背後から近づいてくる老の気配を感じたのか、巴はすっと立ち上がり、
家の明かりに向かって駆けて行った。
「目に入れても痛くない、孫娘じゃ・・・。」
「わかっています。」
「戦争に女を連れて行くような、バカではないことぐらい分かっておる。
じゃが、残念ながらあの女は鬼じゃ、そう簡単には離れてくれまいよ。」
「そんなこと言ってないで、なんとかしてください。」
「お前がなんとかせい・・・。殺してでも・・・な。」
ついにボケたかと思うような言葉だったが、語気はいつも以上に強く
振り返って拝んだその眼は大蛇のようでにおれを戦慄させた。
「戦争じゃ、正気の沙汰ではない。生き残る為には・・・殺さねばならん。
鷹のすけ、お主の決めた道じゃ。温い覚悟では、生きてはいけぬぞ。」
「本当におれが巴を殺したら、どうしますか。」
「お主を誇りに思う。」
「・・・狂っている。」
「それが戦争じゃ。」
あの大きな月が、全てを壊してくれたらと思った。
そうしたら、おれは何もしなくていい。
ただ潰れて行くだけだから・・・そんなことを考えているうちに
老はいつのまにか姿を消していた。
気になっていた戦況がどうやら不利のようで、一層おれの心を焦らせていた。
あの日、老に言われた通り、おれに必要なものは生き抜く覚悟だった。
そう分かっているのに、どうも上手くはいかない。
心の中で巴のことがひっかかる。
離れたくない
離したくない
一緒に居たい
だが
おれは戦争に行かなくてはならない
毎日毎日、
おれに纏りついては、戦争に連れて行けと言う
老の言葉がよぎる
どうしてだか、それを理解することは
人間を捨て去るということのように思えた
そうしなければいけないのに
最後まで巴はそうさせてくれない
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