02

ちいさなかけ声と共に、マルコさんは思いっきりもう一つの鎖を引いた

「ちょとおぉぉぉぉおおおおおおお!!!」

あたしの恐怖で埋め尽くされた脳みそから一生懸命に排出した見解を
最後まで聞く事もなく、ジャラジャラと音をたてて鎖が檻の上に落ちて来た

そして何か見覚えの無いものが空高く舞い上がって行った

それは格子を構成していた鉄の棒1本

あと1本、隣の格子が抜ければステファンは向こう側に脱出ができる

「わかったぞ!鎖を全部引けば、ステファンは助かるよい!!」
「ちょっと待って!冷静に!もっとよく考えてよ!こんなに簡単に・・・」
「エイっ!!!」

笑顔が眩し過ぎた
それは野球の試合で勝った少年のようでもあり
子供が生まれた父親のようでもあり
満足のいく人生を終えた老人のようでもあったが

その笑顔がもたらした結果はどうだ

勢い良く両手で2本の鎖を引いたマルコさんは少しよろけたので
あたしはとっさにそのたくましい腕を支えた
だが、目の前で起こった変化に思わずその手を離したくなった


死んだはずの右奥の爆弾がまた点滅を始めた
そしてあろうことか、爆弾に取り付けられた時計の針が動き出した
相手の準備は万端のようだ、いよいよアタシたちを殺しにきた

もう考える時間すら、残されてはいない

「あんたっ・・・どうしてそんなにバカなの!!」
「おまえにアンタ呼ばわりされる筋合いはねえよい!」
「引かなきゃもっと考える時間はあったのに・・・」
「おれだっていつもこんなんじゃねえんだよい!・・・ステファンが・・・」
「ステファンステファン、ってあんた自分の命はおしくないの!?そんなに犬が大事ならちゃんと繋いどきなさいよ!」
「・・・す、すまなかったよい。」

急に弱腰になったマルコさんにあたしは言葉が詰まった

「ステファンを船に連れて帰りてえんだよい・・・。ステファンは、家族だから」
「そうね、だからもうちょっと冷静に考え・・・」
「おれは隊長になったばっかりだからよい、ステファンまかされて浮かれて・・・」
「わかったから、助けてあげよ!ステファン!」
「ちょっと目を離しただけなんだよい、ほんのちょっとだったんだよい」

募るイライラを抑え、あたしはマルコさんの大きな背中をさすった
今にも大号泣されそうでこっちが泣きたくなった

「だいじょうぶだいじょうぶ、よしよし。」
「1番隊の隊長なんだよい、おれは。いつもはこんなんじゃねえんだよい!」
「わかったわかった、焦るよね、爆弾目の前にしたら誰でも焦るよ。ほら、元気出して。」
「・・・ありがとよい。」

死を目前にしたやり取りだとは思えなかった。
とにかく、アタシだってこんなところで死ぬ訳にはいかない
まだ若い、まだ見たいものがいっぱいある、食べたいものもいっぱいある

あたしは今までに引いた鎖を見比べた
1本目、2本目、3、4本目
殆ど違いなどはなかったが、檻の一本を抜いた2本目が少し短く感じた

残された鎖は4本

一発で全てが吹っ飛ぶ可能性もある

だが、バナナ生け捕りを考えればその確率は極めて低く感じられた

「あのさ、シャンクスさんってどんな人?」
「おれもよく分からねえんだ・・・四皇になって間もないが
派手に暴れるような海賊じゃねえ・・・だが、自分のこだわりにだけ
はエラい執着心を見せる。」
「・・・変態ですね。」
「まあ、それが一番しっくりくるねい。」
「ならば尚更。」

あたしは残された鎖の内、一番短いと思われる鎖をぐっと引いた

「ダメだよい、その鎖は重てえから、おまえの力じゃどうしようもねえ。」

マルコさんの言う通り、あたしの力では鎖はピンと伸びるだけだった。

マルコさんが手を添えてくれて、やっと一気に引き抜くことができた

その鎖に繋がれていたのは、予想通り格子の一本の棒だった
残念だったのは、それが格子の左端のものでステファンの脱出路を確保できるものではなかった

「だめだ・・・次、次に短いのを。」
「短いの・・・短いのだな。くそっ、どれだよい!」
「貸してっ!ほら!これ!これ引いて!!!」

マルコさんはあたしの差し出した鎖を勢いよく引いた


この鎖はあたしの命を救うものなのか
それともいたずらに命を奪い去るものなのか

それが救うものとして、そして蜘蛛の糸だとしてもすがりつくだろう
だがこの鎖は、訳のわからない変態が仕掛けた頑丈な鎖だ
その暴きたくない事実の羅列に、急に恐怖だけがあたしの頭を支配した
思わず目を閉じ、その鎖のもたらす結果を直視できなかった


できずとも結果は音となり、あたしに笑いかけているようだった

不揃いに動き出した時計の針

その音が結果だ

爆弾はどうやら複数、爆発へのカウントダウンを始めたのだ

「ダメじゃねーかよい!!」
「ウソ・・・そんな。」

マルコさんは残された2本の鎖に両手で触れた

「もう、どうしようもねえ。どっちも引くしかねえ。」
「やだよ・・・、もうやめて。」
「しかたねえだろい!このままじゃ、ステファンもおまえも吹っ飛ぶよい!!」
「引っ張ってすぐ爆発するかもしれないじゃない!」
「じゃあ、短いほう引くかい。」
「・・・ヴ。」
「どうすんだよい!!」
「ま・・・まかせます!!」

マルコさんはあたしの涙目をじっと見ながら

見つめたまま

1本の鎖を引いた

あたしはもう目を閉じることはできなかった
マルコさんの目がそう言っていたから

目を逸らすなと

カーンっ

勢いの良いいい音が響いた
それは見るまでもなく、檻の格子の一本だ


「やった・・・!」

ステファンを見る前に、思わずあたしは声を上げた

ステファンはよちよちと檻から出て、外側から檻をかぎ回っていた

「ステファン!早く逃げるんだよい!遠くに逃げるんだ!行け!」

マルコさんは必死になってステファンの毛がなびくほどに
手を振ってステファンに逃げるよう言っていた

言葉が通じたかはわからないが
その鬼の形相にステファンも思わず後ずさりするように狭い路地を大通りに
むかってちょこちょこと走り出した

「あーよかった、ステファンは大丈夫ですね!」
「バカかい、あとはおまえだよい。」
「・・・あ。」


この数分、マルコさんがあたしを空気扱いするのがスタンダードだったので
急に人間として認識されたことに驚いた

そう、あたしたちはまだ逃げれてない

もう、爆弾を止める方法はただひとつ
最後に残されたこの1本の鎖

「・・・引くよい。」
「はい!」


鎖を強く握り、あたしの目を見たまま優しく笑ったその顔を
きっと忘れないだろう
ステファンステファンって言いながらオロオロするし
なんでも人のせいにするし、怒られると泣く
さっき会ったばっかりなのに、マルコさんの多くを見た気がしてたけど
こうやって、人のことを思える人なんだと感じて

ちょっとホっとしてしまった

そしてあたしも思わず、微笑み返していた

チッチッチッチッチ・・・

ピッピッピッピッピ・・・

この悪夢のような音の連続から、やっと解放される

チッチッチッチッ・・・

ピッピッピッピ・・・



「マルコさん、引いてください早く。」
「引いたよい。」

もうその檻を見る気力さえ失せた
変わらず爆弾がその時計の針をリズム良く動かしているのは
わかりきっていた


「・・・マルコさん?」
「・・・ダメだ。」
「あたし・・・死ぬんですか?」


「おまえ・・・名前はなんてんだ。」
「・・・リロです。マルコさん・・・爆弾止まるんじゃなかったんですか?」
「リロ、怖いか。」
「怖いですよ当たり前でしょ!!どうにかしてくださいよ!1番隊なんでしょ!隊長なんでしょ!!」
「・・・歌でもうたってやろうかい。」
「ふざけないでよ・・・うぁあああ!」


とうとう涙が溢れ出た
もう死ぬんだ、吹っ飛ぶんだ
最後の最後にこんな怖い思いをして
こんな名ばかりの隊長と

後悔、後悔、後悔
おそらく子供のころからぼんやりと
抱いてきた、最悪な死に方をするんだと思うと
後悔
それだけが頭を駆け巡った

「・・・手だけ握らせろい。」

マルコさんに手を触れられたからではなく
あたしはもう崩れ落ちる寸前だった

だから体ごとマルコさんに預ける形で
最後の最後に憎むべきその爆弾を睨んでやった

最後の鎖に仕掛けられていたのは、ずいぶんと下手な字で書かれた
『ようこそ!赤髪海賊団へ!』
という横断幕だった

見なきゃよかったと心の底から思った

「家族はいるかいリロ。」

「・・・今は、いません。」

「これからだったんだねい。」

「マルコさんは?」

「いるよい、でも十分生きたし、愛された。」

「・・・そう。」

「あと数秒、おまえのために生きるよい。」

「・・・憐れみですか?」

「おれがおかしくなりそうになったとき、助けてくれたろい。
おかげで家族を一匹救うことができた。
だからってわけじゃねぇ、おまえは勇敢だ・・・それに頭もいい。
断ったってムダだよい。怖いとか、悔しいとかも忘れちまえ、
おれがおまえのそばにいる。それだけを考えろい。
おまえだけのために、生きているおれをよい。」


時計の針の音がしだいに遠のいていくような気がした
言われたとおり、頭の中をマルコさんの言葉だけで満たした
本当に恐怖や後悔が自分の中から逃げ出していくように感じた

ぐっと体に力を入れて
力いっぱいマルコさんにしがみついた

人間のぬくもりを
このマルコという男のぬくもりを
しっかりと感じておきたかった


マルコさんの鼓動と

あたしの鼓動

この世界に二人しかいないみたいに感じた
確実にその残り時間を減らす砂時計は

とうとう止まらなかった


















その日、その町で起こった爆発事件は
奇跡的にケガ人も出さずに2棟の壁に穴を開けただけの被害だった


被害のリストに付け加えてほしい


あたしのカワイイ花のついたサンダルと
マルコさんのグラディエーターサンダルを



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