これからは、ちゃんと
悲しくて、泣いていた。
家族を失くして一人になった。沢山仲間がいるからと言われて、どきどきしながらやってきた場所でもすぐに孤立した。寝る前に点呼を取られるとき以外、僕がそこにいなくても誰も気付いたりはしなかった。
だから僕はいつも暗い倉庫の奥で小さく丸まってただひたすら時間が過ぎていくのを待っていた。本当はそこは薬品の保管場所で、医療班の人たちが一日に何度か出入りしていた。夜にそこから出ていくと、年長の人たちから どこへ行っていたのか とか 心配をかけるな とか言われた。僕は医療班だったけど、顔を一度も出さないことをいつも叱られた。更に縮こまった。悪循環だ。

みんな今頃なにをしているんだろう、この組織というところに入って一ヶ月が経ちそうになって、ふとそんなことを考えた。学校には行くのかとか、戦うってどうするのかとか、勉強はするのかとか、遊んだりもするのかな、早く夜にならないかなお腹空いた、なんて。
僕には関係ないことだけれど。
「ん」
小さく鳴るお腹をなんとか抑えようと頑張っていると、誰か別の人の声がした。
「誰かいるの?」
心臓がはね上がった。人が入ってきたのに全く気付かなかった。近付いてくる影に、喉がヒッと鳴った……。
「……かくれんぼしてんの?」
大して上手くもないひそひそ声で話し掛けてきたのは僕と同じくらいの年の頃に見える男の子だった。
ふるふると否定していると、腕を乱暴に引かれた。ちりりと痛む左腕。
「こんなとこでなにやってんの?こっちこいよ!」
「やめてよ、出たくない」
だって今更出ていったって、みんな、僕のことなんか仲間に入れてくれない。
絞るように言ってうつむくと、目の前の子がいたずらっぽく笑うのが聞こえた。
「じゃあ二人で遊ぼうぜ!」

優しい人だった。
僕とは真逆で、みんなと話したり遊んだり喧嘩したりするのが本当に楽しいみたいだった。なんでも、彼にとっては狭い部屋の外の世界にある色々なものが新鮮みたいで。僕には彼がなにを言っているのかよくわからなかった。
「こーするとさ、治るんだって」
引っ掻き傷ができていた腕に、手のひらをそっとかざされた。しばらくそうしていると、蚯蚓腫れみたく膨らみを帯びていた皮膚も、少し滲んでいた血も、元々そこに傷なんてなかったかのように治っていた。
「ほんとだ……!魔法みたい」
「医療班の仕事だからなー」
得意そうに胸を張る様子はなにか誇らしげで、それはきっと組織の一員としての自覚が既にあるからなんだろう、と気付いて僕は気後れしていた。
「俺が怪我させちゃったのかなあ、さっき引っ張ったとき。ごめんな」
「いいよ、ありがと」
おもむろに自分の両手を見た。
「僕にもできるかな……」
「なんだよ、教わったことないのか?」
僕は自分が情けなくて惨めになって小声になった。
「うん……ずっとあそこにいたから」
この子が怪我を治すやり方を習って、それを習得しようとしていたとき、僕はただうずくまってじっとしているだけだったのだ。
馬鹿にされちゃう、そう思って泣くのをこらえる準備をしていたら、彼は僕の予想を裏切って優しく、そしてたいそう真面目な顔で言った。
「だったら俺が教えてやる!」
それから毎日のように僕らは二人で過ごした。
彼には他に友達なんて沢山いたんだろうけど、それでも医療班として手解きを受けたあとにはすぐに僕のことを誘ってくれた。僕は彼と打ち解けてからも医療班に顔を出すことはなかった。僕が知らないことは全て彼が教えてくれた。僕はすっかり彼に甘えていた。

「あんなに狭くて暗いとこにいて、寂しくなかったか?」
倉庫にずっと閉じ籠っていたことを言っているのだとすぐわかった。
自分の好きで隠れてただけだから平気だったよと答えると、彼はやれやれと首を横に振った。
「もったいねーなー。外はこんなに楽しいのに」
やがて僕の探るような視線に気付いて、「なんでもない」と言った彼は、普段の彼からは珍しく複雑な表情をしていた。
「214」
「えっ」
「お前と遊んでる時以外はだいたいそこにいるよ」
たまにはそっちから誘ってくれよ、そう言われ、恥ずかしいし僕には無理だよいつものように誘ってよ、なんて返したくなった。その一方で少し嬉しかった。

予想していたよりもずっと勇気の要ることだった。僕たちの歳のメンバーは数人で部屋を使っていた。ドアの前までは来たものの、急にそれを思い出して、知らない視線を恐れてしまっていた。
それでも、誘ってと言われたことが嬉しかったんだ。
僕はドアノブに手をかけた。
「ねえ、遊びに行こ――」
そこに彼はいなかった。何度見回しても見当たらなかった。そのうち、ドアを開けた自分に集まる沢山の視線に堪えきれなくなって僕はその場を駆けて離れた。
「あっ、きみ……!」
途中、すぐに年長の、真面目そうな人に捕まってしまった。
「嫌だ!やめてよ!」
「そう言ったってきみ、まだ仕事とかなにも知らないでしょう!?」
「こんなことしてる場合じゃないのに……!僕は、僕は……」
目の前の彼はその場にしゃがみ、僕の手を握ったまま僕の顔を見上げてきた。
「ここではみんなが助け合わなきゃいけないんだよ。だから、仕事のこと、少しでも覚えて。お願い」

その日はたまたま具合でも悪かったのかもしれないと、
次の日も、その次の日も214号室を訪ねた。それだけじゃなくて病院中をさがした。
でも、その子はどこにもいなかった。
誰に聞いても誰もなにも答えてなんかくれなかった。
もうどうしたらいいのかわからなくて、泣いた。
長い空白ののちにようやくできた友達がいなくなってしまったことが悲しかったのは勿論だけれど、何より彼がいなければこれから自分がどうするべきなのか 見当もつかないことに途方に暮れた。

それきり僕はその子のことを考えるのはやめた。その子に助けを求めるのをやめた。受動的でいるのをやめた。

ある日僕は勇気を絞って大きな背中に呼び掛けた。
あの日の恩人に。僕は、強くなりたかった。
「リーダー、」

自分の足で立ちたいんだ。

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