本懐

※今更ですが五が当主に就任する時期について勝手に言及&捏造ですのでご注意




世間は師走に入り年末の空気感がそこかしこに感じられる、取り立てて何の変哲もない寒い冬の日のよくある日常のうちの一日だった。なまえは朝から一年生の稽古をして、そのまま任務に同行。本人たちのためにも本当に危なくなるまでは放任し、優しく任務を見守るなまえはいつものように報告されていた呪霊が等級に間違いないことを確認してから生徒たちを任務に放り込んでいた。


「随分過保護ですね」
「……まだ一年生だからね」


もう何度一緒に任務に出るようになったか思い出せない本日同行の補助監督は苦笑まじりに生徒が任務を開始したことを確認してこちらも同行させていた補助監督志望の学生に帳を下ろすように諭す。
頷いた生徒は落ち着いた様子で文言を唱え、夜の暗幕がとぷりと上空から綺麗にドームを描いて降りてくる。それを確認してふぅ、と二人が嘆息した。


「貴女自身は割と無茶苦茶してましたよね昔から」
「まあ私は、ね」
「生徒たちも貴女に鍛えてもらってるのですから強いのではないですか?」
「……若い芽が摘まれるのってね、油断してる時なんだよ」
「え?」
「よしよし、大きく育ってきたな〜、これくらい育ったならもう収穫してもいいかな?もう少し様子見しよっかな?なんて思ってね、目を離した隙にぱっくり。」
「……灰原くんのことでしょうか」
「………、それだけじゃないけどね。私はもうできるだけ目を離したくないんだよね」


知らないところで死なれるのって腹が立つんだよ、まるで怒った表情とは真反対の表情を浮かべるなまえの様子に補助監督は眉を下げた。
取り残された学生は話題に入ることもできず、なまえの苦々しい表情を見て優しく気遣いのできた一つ上の先輩の顔を思い出していた。


「伊地知」
「!はい」
「今日の帳も綺麗だね大きさも丁度いい」
「…ありがとうございます」


術師は基本的に補助監督を顧みない。基本的に等級の高い呪術師となればなるほど、一人で帳を下ろせるし、一人で呪霊を祓える。たとえ任務の概要をまとめるのが補助監督で、車で術師の送迎をするのが補助監督であっても、「ありがとう」とお礼を言われることさえ稀だ。なぜなら呪術師は一人で死地に向かい、命をかけて呪霊を祓っているー些末ごとになど構っている余裕はないのだ。それに呪術師にまともな人間はいない。イカれた人間ばかりだし常識を持ち合わせないものも多い。しかし目の前のなまえは、帳をおろすことも、呪符に呪力を流し込んで結界や攻撃の術式を送ることもできない。補助監督のサポートが必須な呪力がないという特異さ故か、それとも彼女の本来の性格故なのか定かではないが、彼女は一度たりとて補助監督を見下げたことはなかった。




「お疲れ様ー!今日も上々だねー!みんなの昇級ももうすぐかなー?!」


少し疲れた表情の一年生たちが戻ってくればいつもの明るい笑顔でそれを受け入れ、生徒たちにも気色が戻ってくる。呪術の使えない人間が講師をするなど大丈夫なのか不安視するものもいるが、きっと大丈夫だろう。わいわいと賑やかに談笑しているこれからを担うはずの若い術師たちをみて補助監督は帰路の準備を始めた。







「なまえー!!おかえりー!!!」
「…悟?」


補助監督の運転する車から下車し、生徒たちに報告書の作成を指示し終わるとそれを見守っていた男がなまえに抱きついた。学生たちは初めてそれを見た時こそ目を白黒とさせていたがこんな光景も何度目かわからない、鍛錬場を破壊するほどの大喧嘩を目撃したこともある。いろいろと規格外の二人に触らぬ神に祟りなしとばかりにぺこりとお辞儀だけして学生たちは下がっていった。



「先生が板についてきたね」
「そうかな?…ていうか実家行くっていってなかった?」
「うん、行ってきた。明日の朝イチでまた戻るよ」
「?なんで戻ってきたの?任務?」
「んふふ、秘密」


えらくご機嫌な五条の様子に訝しげな視線を送るも特に理由を話す気がないことを察してまあ、久しぶりに会えたのだしいいか、となまえはするりと大きな手に自分の手を重ねた。
「!なになに、甘えたじゃん」
「んー、寒いし」
「そうだね、寒くなってきた」


手を重ねてきただけのなまえの手を指の一本一本を自分の指に絡めてより密着させた五条は上機嫌で高専内を歩き始めた。「ご飯でも食べる?任務帰りだし腹減ってるでしょ?」途端に喜色を浮かべたなまえに五条は思わず笑ってしまう。
「悟が作って」
「お前ね〜〜僕忙しいんだよ?」
「むっ、あの姉弟には作れて私には作れないの?」
「え、可愛いこと言うね」
「うん、可愛いから早く作って」
生意気な口を思わず塞いでやりたくて空いた左手で両頬を掴んでやれども「カレーがいい」と主張してくるので小さく息をついて呆れた。
仕方なしに玉ねぎを念入りに炒めることから始めてじっくりじっくり作ってやればなかなか出来上がらないそれに地団駄を踏むなまえが最近世話を焼き始めた子供たちよりも遥かに子供のようで五条は声を出して笑った。






「僕の部屋、きて」
「?うん、いいよ」



五条が時間をかけて作った美味しいカレーを満腹になるまで食べた後、外を見ればもうとっぷりと日が沈んでいて、くらい夜がやってきていた。あと数時間もすれば日付が変わる。一度シャワーを浴びてまた部屋に行くね、と別れたはずの五条は、男子寮の入り口で待っていた。先ほどとは違うラフな格好をした五条も、なまえと同じようにシャワーを浴びてきたのだろう。なまえの姿を見つけすぐにツカツカと長い足でなまえの元までやってくる。手を引かれるがままやってきたのは、何度入ったかわからない男子寮の五条の部屋。同期四人集まって朝までゲームをしたり、何でもない日にただただおしゃべりをして気づいたらみんなで雑魚寝していたり、ときには二人きりでたわいもない会話をして抱き合って眠ったこともある部屋だ。なまえの青春が詰まった部屋と言っても過言ではない。…隣は相変わらず空室のままだった。


「なんか悟の部屋はいるの久しぶり」
「ん、そうだね。僕忙しいから最近戻れてなかったし」


性格ゆえかきちんと整理整頓がされた、けれど出入りが少ないためかどこか五条の色が抜けてしまったような部屋。気にするほどのことではないが、以前は片付ける間も無く放置されたゲーム機や漫画が乱雑に積み上げられていた。ワイワイと過ごしてきた部屋ががらんと静寂に包まれていることが少し物寂しい気分になってなんとなくなまえは五条を見つめた。視線に気づいた五条はなまえのいつもと違う様子に繋いでいた手を引っ張ってベッドの淵に腰掛けた自分の股の間にすぽりとなまえを座らせた。



「どうしたの」
「…ううん、なんでもないよ」
「映画でも見る?」
「えっ、そんな時間あるの?」
「うん、朝までは暇だよ。一緒に過ごそうよ」


漸く少し伸びてきた薄桃色の髪を掬って指に巻きつけるとスルスルと自然に解けてなまえの背中に流れていく。自分と同じように黒い髪が蔓延る世界の中で異色に輝く髪が好きだった。周りとは違う、彼女のアイデンティティのようなその髪が光り輝き歩くたびに揺れるのが好きだった。おそらく、初めて彼女と出会ったあの日、風に揺れるこの髪に見惚れたあの時から、彼女に恋に落ち、ここまでくるのは必然だったのだろうと、そう思う。突然ショートヘアにされたときは自分の中で火山でも起きてしまったかのような衝撃を受けたものだ。…それが離反した親友のせいかもしれないというのがさらに気に食わなかった。


「何見る?」
「んー、なんだろ、ゾンビのやつ」
「嘘でしょ?」
「え?だめなの?」
「いや、いいけどさ」

ここへきても尚アクション映画を選ぶなまえに呆れを込めた笑みを送ればなんのことやらとも言いたげにキョトンとしているのでハァ、と小さくため息をつく。どうやら意識しているのは自分だけで、なまえの方は本当に何もわかっちゃいないらしい。今日が何日で、明日がどういう日なのか。

「この女優素人にしてはいい鍛え方してるよね」

なんて真剣にハリウッド女優の体つきを評価するなまえにもはや笑えてくる。
その後もゾンビ役の誰それの動きが素晴らしいやら的外れの感想を抱くなまえに夜兎は物事の着眼点そもそもがぶっ飛んでいるんだろうかなんて考えていたら突然なまえの力がガクン、と抜けて思わず慌てて抱き留めた。


「なまえ?」
「…、あ、ごめ、」
「眠い?」
「んん、だいじょぶ」
「なんで。寝ていいよ」
「ううん、さとる、もうすぐ誕生日でしょ、おきてる」


その言葉に思わず瞠目した。気づいていたのか。


「あとちょっとだね、さと、んむっ」
「なまえ」


とろん、と眠気眼をこちらによこしてくるなまえにずっと我慢していたストッパーのようなものがバチンと弾け飛んだ。リップを塗っているわけでもないのにうるうるとテカる唇に吸い付く。
映画は佳境を迎えてゾンビの呻き声や銃声などが鳴り響いている。室内の空気とのそのミスマッチ感にリモコンを引っ掴んでテレビを電源ごと消す。途端静かになった室内にはなまえが僅かに動くたびに擦れる衣服の音だけが響いていた。啄むようなキスを送っているだけではもう我慢なんてできなくて、なまえの唇を舐めたり甘噛みしたり、服の上から胸の膨らみを触ったりと抵抗がないのをいいことに好き放題にする。眠気とは違った意味でとろけさせ始めた顔があまりにも愛おしくて胸が聞いたこともないほど早鐘を打つし、誰かに心臓を握られたかのような感覚にまるで童貞のようでどうしようもないなと苦笑を漏らした。






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