Act1-11

「今日は私と組手しないか、なまえ」


朝からわずかばかりの座学の授業のあと、外で訓練だと夜蛾先生からのお達しでぞろぞろとみんなが動き始めた。外での訓練は、組手をするときと、みんなが術式の訓練で呪力操作や調整をするときなど二通りがあった。今日はどっちかなあと思いながらグラウンドに向かって歩いている途中に夏油に声をかけられた私は珍しいなと思いつつも二つ返事で了承した。



「いいよ〜術式なしの組手でいいの?何気に初めてだね」
「呪具は使おうかな」
「え?そうなの珍しいね?」



夏油はどちらかといえばどうも私のことを呪霊と見立てて手持ちの呪霊で攻撃してくる訓練をかましてくることが多かった。誤って祓わないように私の方も呪具はあまり使わない。…ていうか、人のこと呪霊に見立てるって失礼にも程があるよね????
まあ私も経験の少ない呪霊との戦いの経験値を積めるので夏油との訓練は五条とやるときみたいな遊びの延長のようなものではなく、本当に訓練というような感じだった。
しかし今日は珍しく純粋な体術の訓練をするらしい。…夏油は五条と訓練や喧嘩などをしてる時でも呪霊操術を使うことが多いので、あんまり夏油が身体を使って攻撃を繰り出す、ましてや呪具を使っているイメージが湧かない。加減が難しいな、と思いながら夏油についていく。



「加減が難しいな、とか思ってる?」
「エ?!」
「嘘がつけないよね、なまえは。…私もナメられたものだね」
「や、五条みたいに無下限あったら大丈夫だけどさすがに術式なしの五条もタコ殴りにしたらたぶん死んじゃうよ?!?」



機嫌の悪くなった夏油を見るのは久しぶりで、というか私に対して機嫌が悪くなったことは今までない。いつも親切で物腰柔らかく声をかけてくれる夏油の冷ややかな目に思わず焦って変なことを口走ってしまった。
「ブフゥ!」「ああ?!?お前今何つった!!!」硝子の吹き出す声と、五条のキレる声が聞こえるけど歩く夏油の背中から視線を外すことができない……めちゃくちゃ怖い。



「手加減するかどうかは始めてから考えてくれ」



いつの間にグラウンドについていたのか、夏油はこちらに向き直りニヤリとしながら臨戦態勢を取った。…目が笑ってないよ。怖。
確かにとっても失礼なことしちゃったな、と反省し、私の「じゃあ行くよ」の一言で組手が始まった。



まあ最悪硝子がいるから心臓さえ止めなきゃ大丈夫か、と一発軽く脇腹に拳を打ち込むも、左手で払われた。思ったより早い動き…!いいじゃん!構えも隙がない。
背後に回って思いっきり回し蹴りを打ち込むも、ギリギリで避けられる。避けた先を予測して拳を両手で何度も打ち込むーー手応えがない。目の前には呪具を持ってギリギリのところを対応する夏油。チッ、防がれた。


「防戦一方じゃん。やり返さないと倒せないよ?」
「フフッ、やっぱりなまえは脳筋だな」


五条の煽りマンぶりはすごいけど、夏油もなかなかだよね?
ふざけた髪型してる頭に向かって踵落としをするも避けられて地面に右足がめり込む、それを狙っていたのか呪具が右脚にまとわりついて一本釣りがごとく空中に投げ出された。進行方向にはニヤニヤ笑う夏油。空中で体勢を変え足を絡め取る呪具を掴んで握りつぶせば、夏油は驚愕を浮かべながら固まっている。こんなんで動き封じれると思うなよ、と殴りかかろうとしたのになぜかピタリと動きが止められた。動かない。先程掴まれた足に違和感を覚えて視線だけそちらに動かせば、ブーツの上から呪符が貼り付けてあった。なるほど、確かに私は脳筋かもしれない。
動けない私に近づきおでこにぺーんとデコピンした夏油はにこにこと笑っていた。



「油断してるとこうなるよ。気をつけな」
「くっそ〜〜〜〜〜めっちゃ悔しい〜〜〜」



べり、と呪符を外されて解放された私は地団駄をふんで再戦を申し込んだ。





その後も夏油と五条と何回か休憩挟みつつ組み手をしてれば夏油の腕をうっかり折ってしまったり、キレた五条に肩の関節抜かれたりした。適当にハメて肩を回してれば夏油の腕を治療し終わった硝子がこちらに向かってくる。


「見せてみな」
「ハメたし大丈夫だよ。動きも問題ない」
「私の訓練にもなるだろ」
「なるほど。じゃあお願い」
「ん」


ぽわぽわと体に巡るあったかい感じ。少し軋んでいた身体が寝て起きた後の調子を取り戻したかのように元に戻る感覚。何回見てもすごいよねこれ、反転術式?神様の力みたい。



「硝子さーそれどうやってんの?」
「ひゅーとやってひょいっだよ」
「………」
「ひゅーひょいっ」
「…くそっ」
「ハハ、分かんない?センスねぇ〜」


五条はなんとか反転術式をものにしようとしているのか最近よく練習している。硝子はあんまり教えるのには向いてないみたいだ。


「なまえ砂まみれだね。センスないやつはおいといて飯の前に風呂いこーよ」
「オイ」
「えー悩ましいなあ」
「風呂上がりに食う白米は美味いぞ?」
「たしかに!」
「ついでにさ〜この前買ったアレ着ようよ」
「あーアレ?いいね!」
「飯のあとパジャマパーティね」



みんなでグラウンドから寮へ移動することになってまたぞろぞろと歩き始める。硝子はポケットに入れてたタバコに火をつけたので邪魔しないように閉口する。後ろをチラ見すればポケットに手を突っ込んだ二人がオラつきながら歩いてて、楽しそうに笑い合ってる。ふいに今まで暮らしてきた殺伐とした時間とは180度違うなんでもない『普通の女の子』になったみたいで、身体がもぞもぞする。でも、悪くない。だって毎日がとても楽しいから。こんな日が私に訪れるなんて想像もしてなかったな。



寮の前で二人とは別れて、硝子とこの前買いに行った部屋着とお風呂のセットを取りに行くべく、部屋の前でしばしの別れ。
準備して部屋を出ればしばらくして出てきた硝子と風呂に向かって歩いて行った。






「あ、やば」



硝子とシャワーを浴びて持ってきた荷物を確認すれば下着が入っていないことに気づいた。しまった、普段ならそのまま自室に行くから付けないことが多くて、うっかり失念していた。これから食堂に行くというのは一応硝子以外の目もあるかもしれないので困る。うーんどうしようか。


「どしたー?」
「ブラ忘れた〜」
「まじか」
「汗かいたのつけるのやだな」
「一回部屋戻ってつけてこれば?そんなに腹減ってんの」
「お腹は空いてるよ、けど仕方ないね」
「先に食堂行ってんね〜」
「うん、すぐいくね」



部屋着にとお揃いで買った太ももくらいまでのワンピースタイプのナイト用チャイナ服を身につけてお互いに似合うね、と褒め合い脱衣所で硝子と別れる。荷物を持って部屋に向かう途中でかなり喉が渇いていることに気づく。自販機くらいなら、いけるか…?とひょい、と自販機のある談話室を覗けば誰もいない。ちょちょいと買うか、と談話室に入って一緒に持ってきていた財布から小銭を取り出し、小さな穴に小銭を突っ込んでミネラルウォータを購入する。
ガコン、音がして落ちてきたそれをとりだして歩きながら飲もうと口につけて一口、うま。ごくごくと飲みながらドアを開けようとしたが、それは勢いよく開け放たれて思わずバランスを崩した。



「わっ!?」
「お。わり…い……」


声からして五条だろう、ドアの向こうの存在に気づかないなんて私も随分抜けてるなあと思ったが、ドアが開け放たれた勢いでバランスを崩すなんて本当にどうかしている。口につけてたペットボトルもひっくり返してしまいせっかくのお揃いがびっちゃびちゃだ。



「ちょっと〜勢いよく開けんなよー。折角お揃いでパジャマパーティするつもりだったのに濡れたじゃん」
「お、おま…なんて格好してんだ……」
「はあ?……あ。」



こちらの不注意もあるので怒ってるわけではないが、軽口のつもりで五条にぷりぷりして見せれば呆然とした五条がただ一点を見つめてきたのでそういえばブラをつけていなかったことを思い出した。
五条の顔を見れば何を血迷ったか頭の天辺から足の爪先までじろじろと鑑定するかのように視線が行ったり来たりしている。ーーー見過ぎじゃね?



「見過ぎだよ」
「そんな格好してる方が悪くね?」
「………さすがに恥ずかしい」



さすがの私でもブラをしてない部屋着姿を余裕の気持ちで見せつけるほどの心の余裕は持ち合わせてない。
さっきまで着てた汚れた服やらお風呂の用意を入れたどこかのショッパーで胸元はさりげなく隠した。ーーーまだ見てくる。ぽかんと口を開けて。



「鼻の下伸ばしてたって硝子と夏油にチクるからね!」


あまりにも居た堪れなくなってそう吐き捨てて入口を塞ぐ五条を押しのけて談話室を後にした。










「何、今の。もしかして、なまえって可愛い…?」

誰もいない談話室に五条の声がぽつりと響いていた。



prev next