某芸人と某女優の電撃結婚会見

バシャバシャバシャバシャ
怒涛のフラッシュが目の前で焚かれて、視界がクラクラしそう。「おめでとうございます!!」「交際はいつから!」「式のご予定などはあるのでしょうか」矢継ぎ早に飛ばされる各記者からの質問に血の気が足りず思わずふらりと倒れそうになる。明滅する世界の中で横に立っている男に視線を向けるも、ニコニコ笑って己の控えめに輝く白金のリングが鎮座する左手をこれ見よがしに記者に見せつけながら、「ほら。なまえもそのでかいダイヤ見せつけといてよ」なんて言っている。
どうしてそんなに余裕そうなの、ちょっと待って私たちまだ再会して今日で何日目?二日目?三日目?何なのこのスピード感。なんて脳内では現状把握に処理能力を割かれてあまりにも私が反応しないからか悟は私の恐ろしいほどの輝きを放つ指輪が嵌められた手を恭しくその大きな手で掬い上げそのまま薬指に口付けた。
同時におお〜〜!!!!!と沸き立つ会場にさらに飛ばされるフラッシュの嵐。
なんでこんなことになったんだっけ…と現実逃避をしたい気分だった。




15歳の頃に、中学の友達と街で遊んでいた帰りに突然今の事務所の人間にスカウトされて、なんだか漠然と感じる『これじゃない感』に苛まれていた私は何だか楽しそうという理由ひとつで芸能界に飛び込んだ。あれよあれよという間に新人女優の登竜門とされるオーディションに出され、グランプリを受賞してから流れるように女優となり、視聴率女王なんて呼ばれたり行くとこ行くとこにパパラッチに追われたりするような生活をかれこれ十数年続けている。外を歩けば感じる監視されているような視線、勝手に向けられるスマホのカメラに辟易とするし、有る事無い事書かれてるネット記事は極力見ないように心がけている。火の無い所に煙は立たないという諺を信じて日々仕事と家のみを往復するだけの生活で、仕事は楽しいけれどやっぱりどこか『これじゃない感』がずっと付き纏っていた。
今日はそんな毎日入る撮影や雑誌の取材などの予定が少し落ち着いたおかげで何ヶ月ぶりかのオフだった。1日オフなんて久しぶりだなあと休日を満喫し、なんとなく手持ち無沙汰になって久しぶりにバラエティでも見てみるかとテレビをつけた時、漠然と感じていた『これじゃない感』の正体とご対面することになった。脳内にドバドバと自分のものであって自分のものではない『以前の記憶』が鮮やかに蘇る。なぜなら、そのテレビにうつっていたのが『以前の恋人』であり『呪術界最強の男』だったからである。突然流れ込んでくる今の自分ではない自分の記憶に、頭がチカチカする。同時に今まで感じていた違和感にようやく答えが与えられたかのようにスッキリした。



「さっ悟…!!!?え?!なに?!芸人になってるの?!!?ていうか横にいるの傑?!?!ナンデ??!!!」


見慣れないスーツ姿でテレビに出ている二人にどこから突っ込めばいいのかわからなかったが、コンビ名の祓ったれ本舗という文字を見た瞬間に、あ、この二人絶対覚えてるな、と確信した。と同時に自分の死に様も思い出して思わず吐いた。そうだわたし、呪術師だったんだ。……今世では呪霊も、呪術師も、呪詛師もいない世界に生まれ変わっていることに心底安心した。
そして、悟と傑が笑い合ってテレビに出ていることが、涙が出そうなほど嬉しかった。


笑い合う二人を熱くなる瞳を潤ませながらなんとか瞼の裏側に焼き付ける。よかった、よかった。楽しそうだ。二人とも、大きく口を開けて笑って、幸せそうにしている。私は二人のこの姿がずっと見たくてたまらなかった。ポロポロと溢れていく涙がラグの上に落ちては小さなシミが大きく広がっていく。
思わずスマートフォンで祓ったれ本舗を検索した。公式ではないまとめページを開ければ、彼ら二人のプロフィールと経歴がずらっと並べ立てられていた。高校生の頃に学生向けの漫才大会に出た後、正式に結成したのはお互い大学を出てからで、テレビに出だしたのはここ4、5年のことらしい。二人とも整った顔立ちをしているから若い子たちに人気の芸人らしく、何と二人の動画配信サイトのチャンネルやSNSまであるらしい。その情報ページはもちろん自分のことをまとめてあるページもある。自分のことは出鱈目なことも書いてあるのに、この二人のことは書いてあることを間に受けてへぇなんて思ったりした。

撮影が忙しすぎてバラエティをあまり見る機会がなく、今の今まで二人が芸人をやっていることに気づいていなかったことに愕然とした。もっと早く出会えてたかもしれないのに。五条悟に新恋人か!なんていうネットの記事を見つけて嘘か本当かもわからないのに心がグサリと包丁でも突き刺されたような痛みが走った。─悟は、悟の新しい人生を歩んでるのに、こんなことで傷つくの馬鹿みたいだ。
事務所の方針から番宣もあまり出ない私はドラマや映画に出る俳優の方ぐらいしか芸能界に知り合いはいない。たまに撮影をご一緒した芸人の方たちに連絡先を聞かれて、食事会などのお誘いを受けるが丁重にお断りしている。ゴシップの種になるような外出を極力控えているからこういった同じ芸能界といっても畑違いの芸人さんたちのことは全然詳しくなくて、よくここまで気づかなかったなと悔しくなる。……今世では、恋人どころか同級生でもなく、友人ですらない。…少しでも二人が出る番組を録画しようと出演予定の番組を検索していれば、一月後に行われる年末の若手芸人No.1を決める大会に出るという記事を見つけた。これは是非とも見届けねばと、スケジュール確認をすれば生憎その日は撮影で、奇しくも同じ局内だ。もしかしたらちらっと顔でも合わすかもしれないなあなんて思いながら忘れないように録画しようとスマートフォンにリマインダーを残す。










撮影の合間にスマートフォンをいじっていればブブブ、と軽いバイブレーションと共に予定表の通知音が響き、こんな時間に予定なんて入れていたかと一瞬ヒヤリとしたが、『祓ったれ本舗エムワン』の文字を見てあぁ、と胸を撫で下ろす。録画予約は昨日されてることをきちんと確認したし、今日の撮了が何時になるか分からないが観るのが楽しみだな、とスマホの照明を落とした。


今は視聴率が好調だったドラマの続編の撮影で、来月から放送が始まる予定だ。馴染みの俳優さんたちとの撮影は勝手知ったるなんとやらでスムーズにことが運ぶ。スタッフの方も含め顔見知りばかりの現場はとてもやりやすい雰囲気で撮影が進み、今日の分も時間内で終わりそうだ。帰るのもそこまで遅くはならないだろう、自分の分のシーンのカットの声が聞こえて、今日の撮影が終わったことを確認して一息つく。いつも通りお疲れ様でした、と周りの方に挨拶をしてマネージャーの方に行けば、マネージャーがものすごい形相で誰かに電話していた。あの様子じゃ撮影が終わったことも気づいていないな、と苦笑しながら近寄ればようやく私のことを認識したのかさらに顔色を変えて耳にやっていたスマホを離した。


「なまえさん!!どうなってるんですか?!?」
「え?何が?」
「は、祓本さん知ってます?知ってますよね?!」
「はらほん?」
「祓ったれ本舗ですよ!!!!」



ああ、祓ったれ本舗ってはらほんって言うんだ、と思うと同時になんでマネージャーがそんなこと聞くんだろうという疑問。
知ってるよ、そういえばエムワンどうなったか知ってる?と声をかけようとすれば遠くからざわっとした声が聞こえてきて何事だろう、と視線をそちらにやった瞬間だった。



「なまえ!」


バーンと重い扉を開いて入ってきた男は、大輪の薔薇の花束を抱えて、私を見つけるなり一直線に長い足を伸ばしてやってくる。スタッフさんかマネージャーさんらしき人が後ろから追いかけて必死に止めようとしているが、白い髪をふわふわと浮かせながら相変わらずキラキラしたオーラを纏う男は止まらない。ひょこひょこと恐縮そうについて来た男性にも見覚えがあった。─あれ?あれって、伊地知くんじゃない?なんて思っていればあっという間に目の前までやってきた過去の恋人の美しい瞳に見つめられ、え?まだ六眼あるの?と思わず見つめ返せば足元に傅かれた。え?何?なんで?悟がここにいるの?私のこと覚えてる?と口を開く前に真っ赤な花束と有名なジュエリーブランドの箱を両開きに開けて私に差し出す。大きな宝石が顔を覗かせた。



「今度こそ、僕と結婚してくれる?」



今の状況の意味がわからなさすぎて、悟ってもしかしてまだ領域展開使えるの?と思わずにはいられなかった。


「返事は?」



自信満々に私に問いかけるその瞳には不安なんて一つも滲んでなくて、その声色も、わたしを見つめる目も全てが何もかも、昔と何一つ変わらない悟の姿にああ、迎えに来てくれたんだ。と記憶を思い出してからずっと感じていた寂寥感が優しく包まれていくような感じがした。昔と変わらず自信家だなあなんて考えながら心に溢れるいろんな感情に思わず涙が溢れてきた。



「はい」


微笑みながら返事すれば満面の笑みで抱きしめられた。薔薇の花の香りが広がって、久しぶりに感じる悟の体温に胸は幸福感に包まれた。





あまりにも目立ちすぎるプロポーズをぶちかましてくれた悟と私の熱愛報道はもちろん真っ先に表沙汰になったし、瞬く間に知れ渡った。撮影中の現場にご迷惑をおかけするわ、マネージャーは各所に東奔西走させてしまうわでとても申し訳ないことをした。しかし今までゴシップの一つもなかった私にみなさんは寛大で、変なゴシップ報道ではなく即結婚報道がでたことで私への事実確認終了後すぐに肯定の声明文をだしてくれた。



「テレビでなまえを見つけた瞬間ね、迎えにいかなきゃと思ったんだけど、傑に甲斐性なしのままでいいのかって言われてさー!そのとき僕まだ未成年だったし。今世は傑と芸人やるって決めてたし、じゃあエムワンで優勝したら迎えに行く!!て決めてたワケ。今年やっと優勝して迎えに来れたの。どう?うれしい?」
「…えっと、うんそうだね。嬉しい」
「ほんと、なまえ綺麗になったね。昔も綺麗だったけど今はやっぱり女優オーラっていうの?洗練されててほんとびっくりした〜」
「ありがと」
「いつなまえにスキャンダルが出るのかもう僕ヒヤヒヤしてたんだからね〜?!でも、一度もなかったよね。ずっと僕のこと想っててくれてたってことだよね?!でもドラマや映画で俳優とキスしたり抱き合ってるの見て毎回超嫉妬したわ」
「そ、そうなんだ…」



言えない。思い出したのつい最近なんてとてもじゃないが言えない。墓場まで持っていこう…私はハイライトのない悟の目を見てそう決意した。
私が知らなかっただけで、前の時代周りにいた人々はそれぞれがこの世に生まれ変わっているらしい。今度みんなと会わせてね、と悟に告げれば、もちろんと柔らかく微笑まれた。








記者の飛ばされる質問に一つ一つ丁寧に笑いも含ませながら答える悟の対応はさすがだった。物怖じしないし、怖いものなんてこの時代にもないんだろうな、っていうのがよくわかる。私たち二人とも、生まれ変わったのにやっぱり根っこのところは全然変わってなくて、好きだなあ、なんて思ったりして。
「お互いの好きなところは?」
とありきたりな質問を飛ばされて、悟は私にマイクを手渡す。
「天上天下唯我独尊なところです」
といえば悟は嘘でしょ?なんていって。




「今度こそ、二人で幸せになろうね」



ふわりと優しく微笑む悟と、優しくそっと口づけを交わせば、次の日私と悟のキス写真が各紙ででかでかと飾られることとなった。



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