笑顔の作法

宇宙海賊春雨第七師団といえば宇宙最強の戦闘民族、夜兎によって構成される春雨内でも屈指の戦力を持つ師団である。そんな師団には日々組織の『お掃除』的任務が舞い込む。神威に連れられやってきた少女ー、なまえはそんな春雨から見放された、敵視された組織に雇われた者だった。そのあたりの詳しい事情は幼い少女には知りようもないことではあったがー。


「で、お前さんなんであんなとこで雇われてたんだそんな年でよ」
「?きづいたら、じょうしにひろわれてた」
「……親はどこいったんだ」
「おや?」
「あー、もういい、いい。なァんとなく事情はわぁったよ」


相変わらず無表情できょとんとし続ける少女の態度に痺れを切らした阿伏兎は頭をガシガシと掻いた後に少女の視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ここにいる奴らもみーんなここにしか居場所のないような奴らだ。気楽にやんな」
「?なにすればいいの」
「あー?まあ仕事はお前さんが今までやってたようなことと変わらんがなァ、ここにいるのはみーんな夜兎、同胞だ。困ったことがあったら助けてやるよ」
「こまったこと…」


少し考える素振りをしたが、思い当たる節がなかったのか肯定も否定もせずにただ己を見つめる阿伏兎を見つめ返した。しばし時間が流れたと思えば眉間に深く皺を寄せた阿伏兎が絡まったギシギシの髪を解せるところは解してやり、優しく頭を撫でてやった。
そんなやりとりを見ていた神威も少しだけ少女より高い視線を屈んで合わせてやった。


「これからは俺が鍛えてあげるネ。弱いままじゃ殺されちゃうぞ」
「よわい…わたしよわい?いままで負けたことないけど」
「俺に負けただろ」
「そっか、わたしまけたんだ……」

今まで無表情に佇むだけだった少女は可憐に均衡の取れた形の良い眉がピクリと動いたかと思えば、シワも何もついていないまっさらな眉間が僅かに寄った。


「なまえってなんでそんなに無表情なの?」
「むひょうじょう?」
「何考えてんの?今」
「とくになにも…」
「戦ってる時は?」
「……とくになにも…?」
「ふーん、じゃあ笑ってれば?オマエに殺される奴、最後にそんな仏頂面見て死ぬなんて可哀想だろ?せめて死ぬ時くらい可愛い笑顔ですこやかに送ってあげなよ」


そう言って表情筋の死んだ少女の両頬を抓って無理矢理口角を上げさせた。「うーん、オマエ笑うの下手くそだね」尚も頬から手は離さず上下にグニグニと弄ってやれば蒼い瞳がゆらゆらと揺らぎ始める。


「アレ?泣いてる?」
「いひゃい……」


堤防が決壊したかのように大きな二つの蒼からボトリボトリと涙がこぼれ落ちてきたので頬に添えていた手を離してやれば少女の両頬は赤く腫れ上がっていた。
それを見て阿伏兎はため息を漏らして医務室まで氷嚢でも取りに行くかと立ち上がり部屋を後にした。



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