例えるなら愛犬や愛猫のような

「ポチ、ミケ、タマ……定春…定春は無しかな。どれがいい?」
「…………たま?」
「オイイイイイ!!まさかとは思うがそれはこいつの名前か?!」


春雨の戦艦内に戻ってきた神威は拾ってきた少女をじーっと見つめ名前は何がいいかな?とまるでペットにつける名前をぶつぶつと呟いていた。少女は自分が自分と認識されれば良いとのことで特にこだわりがなかったらしい。阿伏兎の野太いツッコミが戦艦内に響き渡った。


「あーもう、うるさいなあ阿伏兎は」
「こいつァ犬猫じゃねーんだぞ!慈悲は無ぇのか!」
「こいつはタマがいいって言ってるよ?」
「せめて女の子らしい名前にしてやれや…」
「……阿伏兎が女の子って言うとなんかイヤラシイネ」
「あーったくよォ。ホラお前さん妹いたろ?そんな感じの名前だよ」


阿伏兎の言葉にピクリと反応して少女を見つめたまま停止した神威に少女は無表情なままで首を傾げた。いままでニコニコと笑っていたのに開眼したまま能面のような無表情になってしまった。真っ青なその瞳には煤けて艶を失ってボサボサな髪をした少女が映っている。瞳に反射した見窄らしい自分を見て、向かい合った整った顔立ちの少年をまじまじと少女は見つめる。わたしはこんななのに、お兄さんの髪は綺麗だなあと少女は思った。自分の髪をさわればキシキシと嫌な音がした。


「……妹?もう忘れたや」


突然動いた少女に釣られて神威は普段のような人工的な笑みを表情に貼り付け、少女同様に軋んだその髪の毛を触ってくりくりと弄び始める。


「……そーかよ。とりあえずポチやらタマやらはダメだ。もっとイマドキの名前にしてやれ」
「イマドキの名前ってなんだよ。うーん、そうだな…あ!そうだ!『なまえ』は?」
「悪くねぇな」
「この前団長に連れてかれたお店にいたオネーサンの名前!まあまあ美人だったしいいんじゃない?名前負けするかもだけど!」
「ブフゥ!団長は餓鬼をどこに連れてってんだ!」
「俺ご飯食べてただけだよー。ね、『なまえ』、どう?気に入った?」
「わたしのなまえ?」
「そうだよーわざわざ俺がつけたんだ気に入ったよね?」
「圧がすげェな」


「なまえ…」と少女は今しがたつけられた自分の名前を呟き、噛み締めた。「そう、オマエはこれからなまえって名乗るんだよ」神威が弄んだいた少女の髪を解放し、犬を可愛がるかのように頭をわしゃわしゃとかけば軋んだ少女の髪が絡まった。それを特に気にした様子なく、「なまえ、なまえ…」と俯きながらつぶやいて面を上げた。


「気に入った。ありがとう神威」


今まで無表情だった少女は突然血でも通ったかのように頬を薄紅色に染め上げ、興奮したように目をキラキラさせていた。晴れた青空みたいなブルー、髪もきちんと手入れすればこんなふうに輝くのだろうか、強くなりそうだと思って拾った少女だったが、案外反応が楽しい。つまらない宇宙船の中での生活の暇つぶしくらいにはなりそうだなと神威はくふくふと笑った。


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