少年は少女を見つける

大きなガラス張りの窓からは幾千もの星がキラキラと闇の中輝いている。毎日毎日粒のような星から生物の住む大中小様々な惑星まで見飽きるほどに見ていれば戦艦から覗く宇宙の景色なんてものを気にする者はこの宇宙船の中には誰一人としていなかった。


「阿伏兎〜、次どこいくの」


ニコニコと人好きのする微笑みを湛えながらも、抑揚を感じられない声を発する少年は片手で逆立ちをしながら明らかに歳上の、青年とも言えるし壮年とも取れる男に親戚のおじさんに接するかのようなフランクさで声をかけた。


「オイオイ、そろそろ自分で自分の仕事ぐらい把握しとけやァこのすっとこどっこい。」
「やあだよ。俺より強くなってから言えよ」
「ケェっ、この前までケツの青いヘッポコだったくせによォ」
「ハハ、阿伏兎がそーんなに死にたがりだったなんて知らなかったよ」
「冗談も通じねえのかお前さんは」


かー、やんなるねェなんて言いながら阿伏兎は現在向かっている次の仕事についての説明をしだすも神威と呼ばれた少年からはなんの反応もない。聞いているのか聞いていないのかわからないほど表情も特に変化しなければ説明にも相槌をうつことすらしなかった。


「オイ、聞いてんのか?」
「要するに相敵するやつぜーんぶ殺しちゃえばいいんだろ?」
「要約しすぎだがまぁそういうこった。第七師団に目ェつけられるなんて奴さん何したんだかなァ」
「どーでもいいよそんなこと」


強いやついたらいいなあ、と頬杖ついた神威は普段閉じている瞼を開けまだ見ぬ敵に期待して愉悦そうに微笑んだ。








「オイッ神威!勝手にいくんじゃねェ!」

しばらく船が進むと目的の惑星に到着し、気が逸ったか着陸の準備が整う以前に敵を捕捉した神威が一足先に敵地へ乗り込んでいく。阿伏兎は舌打ちまじりにそれを止めようとするも遥かに自分のスピードを凌ぐ神威に追いつくはずもなく小さく嘆息すると待機していたその他の仲間を誘導して敵地に赴いた。ま、到着する頃には神威に全部ノされてるかな、と気持ちに余裕ができるくらいには最早神威の突飛な行動にはなれ始めていた。




阿伏兎は眼前の光景を信じられないとばかりに目を見開いていた。神威の後を追えば、どこにいるか明白なほどの爆発音やなにか重機のようなものがぶつかり合う音が聞こえて派手にやり合ってんなァ神威相手に奴さんもなかなかしぶてェじゃねえの、と考えながら渦中の存在を認識した瞬間、驚きで声も失った。
次期団長と名高い鳳仙の弟子、神威に善戦しているのがうら若いひよっひよの女の子だったからである。
まだありゃあガキじゃあねえか。あの神威に食いついてるなんて末恐ろしい。神威も自分のスピード、動きについてくる存在に目を見開きながら戦闘を楽しんでいる様子だったが、決着がつくのは間も無くのことだった。体力が限界だったのか神威の攻撃をいなしたあとの反撃が今一歩及ばず逆に足を掬われ右足一本を神威に持ち上げられぶらんぶらん、と少女が捕獲された。



「オマエ、夜兎だね?」
「わたしのなまえ、しってるの?」
「は?オマエの名前夜兎なの?」
「じょうしのひとがわたしのこと夜兎ってよんでるよ」
「じょうし?」
「うん、わたしをひろった人。メシくいたきゃはたらけっていわれていっぱいたたかってきたよ」



あー地雷だそれ。神威、頼むから変なこと言うなよ。そして足を離してやれ。そう阿伏兎は心の中で願うも、馬鹿にはもちろん通じない。


「へぇ、じゃあオマエはずーっと戦ってるわけだ」
「?うん、おにいちゃんもそうでしょ?」
「なんでそう思うの」
「だってわたしよりつよいから」
「オマエはもっと強くなりたいかい?」
「うーん、だれにもまけたくはないかなむかつくから。いまもむかついてる」
「ハハッ!オマエいいじゃん。俺たちと一緒に来る?夜兎ってのはね、種族の名前だよ。オマエの名前じゃない」
「なまえじゃないの」
「そう。俺も夜兎なの。神威だよ」
「かむい」
「どうせオマエ雇ってたやつ俺が全部殺しちゃったからね。今死ぬか俺と来て強くなるかどっちがいい?」
「つよくなる」
「よっし、決まりだね」

雲行きの怪しくなっている馬鹿と餓鬼の話し合いに阿伏兎は思わず口を挟まずにはいられなかった。なァに勝手に決めてんだこのすっとこどっこい。


「オーイオイオイ、勝手に決めんじゃねえぞ、神威よォ」
「阿伏兎うるさいよ。いーじゃんこいつ強くなるよ」
「ハァ。団長にはなんて言うつもりだよ」
「あの人は強けりゃ文句言わないだろ。それにこいつ女だし」
「女がなんの関係あんだよ」
「あの人女好きだろ?」
「かァーーー!こんなクソガキ興味あるわけねーだろ馬鹿野郎」


ちら、とまだ片足を神威に掴まれ逆さ吊りにされている餓鬼を見れば無表情ではあるものの造形の整った顔貌をしていることがわかる。あと5年、10年もすりゃあ美人になるだろうな、といったところだ。だが、連れて帰ろうとしている神威だってこの餓鬼とどっこいどっこいなただの餓鬼。お前がこんな餓鬼面倒見れるわけねーだろどうせ俺が面倒見ることになるんだろ?ぜーったいやだね。お母さんじゃねえんだぞ??そう言ってやれば無表情な餓鬼が「じぶんのことはじぶんでやるよ」なーんて言い出す始末。「本人もこう言ってるしいいじゃん」ニコニコと笑ってるがこいつの頑固さは筋金入りだ。一度言ったのだから何がなんでも連れ帰るつもりだろう。

まぁ、確かに先程の戦闘を見ていたが、春雨に連れ帰って夜兎の中で戦闘方法を学べばもっと強くなるというのは明白だった。
長いため息をつけば俺が諦めたのだと判断した神威はようやく餓鬼の足を解放した。両手で地面に着地し、バク転の要領でひっくり返り二本足で立った餓鬼を神威は満足そうに見つめてそのほっそい腕をひいて宇宙船へとぐんぐん歩み始めた。



「オマエにも名前をつけてあげるよ」



ペットにでも言うかのように宣う神威に思わず何度目かわからないため息が漏れた阿伏兎であった。


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