はーっと空気に息を吹きかけてみると、その息は目に見えて真っ白になった。 もうこんな時期になったんだと、今更ながらに思う。 「早く春にならないもんかね」 「最近それが蘭の口癖だね」 「口にしないとやってけないわよ。部活だって思うように体が動かないし、ただでさえ冷え性なのに…」 穏やかな口調で私の隣で歩きながら話すのは部活仲間の侑真。 いつもは私が自転車で、侑真が電車だから一緒に帰ることなんてないんだけど、今日は朝から雪が降っていたから歩いてきた私に侑真が「じゃあ俺も歩いて帰る」と言い出した。 前からこいつの考えてることは分からないと思ってたけど、まさかここまでとは。 別に私たち付き合ってるわけじゃないし、そもそも普段は別々に帰ってるのに、何でこんな寒い日に限ってわざわざ私に付き合うのだろう。 「あのさー…何で今日侑真は電車で帰らなかったの?」 「ん? 気になる?」 「んー…ちょっと」 もう一度、親指と人差し指を使って「ちょっと」と言ってみる。 「本当にちょっとだけしか気にならないんなら言わなーい」 へらへらとした口調であっさりと言い返された私は少しだけカチンときた。 何よ。 侑真が一緒じゃなかったら、私、走ってさっさと家に帰ってるのに。 「めちゃくちゃ気になるなら、教えてあげる」 「何よそれ」 「ね、気になる?」 「はいはい、気になる気になる」 私は学校から家まで近いから歩いても帰れるけど、侑真はわざわざ電車でくるくらいだからそれなりに学校から家まで離れてるってことだ。 それなのに、私と一緒に歩いて帰る、なんて。 「ただのバカだよねー」 「え?」 あ、思ってることがそのまま口に出た。 バカと言われてなのか、少しむっとした侑真は「言っとくけど!」と話し始めた。 「俺、それなりに考えてるから」 「何を?」 「こんな寒くて雪が降ってて、そのうえ暗い夜道で、そんなとこを蘭は間違いなく早く帰りたいからって理由で走って帰ると思ったの」 「あら正解」 そう言った私を侑真は「マジで!?」とでも言いたそうな顔をして私を見た。 え、まさか本気でそうしようなんて思ってたなんて――! っていう台詞が頭の中に流れ込んでくる。侑真から。テレパシー使ってんじゃないかってくらい。 こほん、と咳払いをして侑真は続ける。 「そうなると、転んだり、知らない男の人に連れて行かれるかもしれないでしょ」 そう言う侑真に私は「そうかなぁ?」と言う。 「それと!」と、侑真は更に続ける。 「今日は寒いから、」 「うん、寒いね」 「手」 「ん?」 つい、侑真に「手」と言われて条件反射で出した私の左手をすぐさま侑真の右手が包み込む。 「こういうことができるかな、と思いまして」 「…あの、」 「はい?」 「私の手、冷たくない?」 じっと握られた手を見て私は言うと、侑真はさっき私がしたように「ちょっと」と言った。 「でもすぐ温かくなるよ。俺の手、温かいもん」 「うん、ほんと」 「…良かった。手、振り払われたらどうしようかと思った」 「振り払わないよ、温かいもん。人間カイロだね」 ふふ、と笑って繋がれた手を見た。私が冷え性だから尚更なのか、温かい。 「……ん? ちょっとまてよ? 私たち、彼氏彼女さんの関係じゃないですよね?」 「そんなこと、今更言う?」 「だって、こういうの、付き合ってる人たちがするもんじゃないの?」 「じゃあ、離す?」 「嫌だ」 じゃあごちゃごちゃ言わない、と侑真は私にそう言うと手をぎゅっと握った。 侑真に握られた私の手は冷え性なんてことを忘れてるんじゃないかってほど温かい。いや、むしろ熱い。 じわじわと体の中から熱くなってきた。 「俺、ずっと冬がいいなぁ」 そう言う侑真は穏やかに笑みを浮かべて、繋がれた手を見たまま言う。 「ずっと冬なら、こうする理由も見つかるしね」 蘭の手を温めるっていう理由、と侑真は付け加えた。 理由なんか見つけなくてもいいのに、そう思った台詞をぐっと飲み込んで、斜め上にある侑真の顔をじっと見つめて言った。 「私、年中無休で冷え性だけど?」 冷たい冬が終わって春が来ても、どうかこの手を温めてほしいと願って。 −−− 反時計周り様提出! テーマ:冷たい冬が僕らを親密にさせる 10/12/28 天樹 |