――私、死ぬみたい。


そう彼女から告げられたのは彼女が死ぬ1ヶ月前のこと。





『今日翔真の家に行っていい?』

「……ごめん麻美。今日は無理」


『そっか…うん。あ、翔真、外見てみて。満月がでてる』


「うん、俺も見てた」


電話を切り、空を見る。彼女が言う通り、今日は満月だ。怖いくらいに綺麗に見える。





「私、死ぬみたい。余命1ヶ月だって」


ある日、いきなり病室に呼び出されてそう告げられた。

初めは彼女が何を言っているのか理解できなかった。

理解できていない俺をおいて、彼女は話を進める。暗くなり始めている空を見上げながら。


「末期ガンだって。もう助からないって。だから、延命治療もしないってお医者さんに言ったの」

「紗里が、死ぬ?」


「うん、そう。延命治療をしないかわりに、苦しんで死にたくないってお医者さんに言ったら、出来る限りがんばってくれるって」

「死ぬ…」

「翔真に私の苦しんでる姿なんて見てほしくないから」


落ち着いて話す彼女を見て、話を聞いても彼女が死ぬとは思えなかった。

頭の中でぐるぐると『死』と言う言葉が回る。


「…見て、翔真。今日は満月だよ」


そうやって彼女が窓の外の月を指差すから俺もその指につられてその月を見た。


「私、満月の日に死ぬんだね」


何か言わないといけないのに、掛ける言葉が見つからなかった。

あのね、と彼女は穏やかに微笑む。


「私のこと、忘れていいんだよ。寧ろ私のこと忘れて、幸せになってほしい」


でも、と彼女は続ける。


「本当に綺麗さっぱり忘れられてしまうのも悲しいの。

だから、少しだけ意地悪。もし、私が満月の日に死んだら、翔真は満月を見るたびに思い出してくれるでしょ?」


ふふ、と笑う彼女を見てふいに腕を伸ばした。

すっぽりと俺の腕の中に収まった彼女の体がさらに痩せていることに嫌でも彼女がこの世からいなくなってしまうことを知らしめる。



「死なないで、紗里」


彼女の肩に顔をうめて俺は呟く。だけど、返ってくる言葉は俺の望んだものではなくて。

だけど、彼女は一粒涙を流して。


「翔真、大好きだよ。大好きだから、忘れてほしくないし、忘れてほしいの。わがままでごめんね」





その1ヶ月後、彼女は旅立った。

その日は綺麗な円をした満月だった。





彼女が死んで、もう2年が過ぎた。

始めは生きているか死んでいるのかもわからない状態だったけど、時は恐ろしいもので、少しずつ立ち直っていった。

人並みの生活を送っているし、恋人もできた。



だけどそれでも紗里が好きだった。


――翔真は満月を見るたびに思い出してくれるでしょ?


「…忘れないのに」


そんなことを言わなくても忘れないのに、彼女がそんなことをいうから満月の日にはどうしても月に釘付けになってしまう。


「紗里は俺のこと忘れてるんじゃないんだろうな」


満月を見上げながら言うと、窓からそよそよと風が流れ込んできた。

忘れてないよ、そう聞こえたような気がして。


満月を瞳に焼き付けると、そっと目を閉じた。




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テーマ:月

11/01/22 天樹


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