" 還内府、平重盛 "
「お前──なんで俺の名前」

驚いた。まさか自分の名前を知っている奴にこの時代で出会うとは。

「ほ、ほんとに将臣?」

「……」

頷くべきか判断に悩んでいる様子を察したのか、はっとして、ごまかすように曖昧に笑った。
得体の知れないやつだが、こいつからは殺気も計算高さも一切無さそうだ。
ここは俺がいた元の世界とは比にならないほどの野心家揃い。"平重盛"は周囲の人間を常に警戒していなくてはならない地位の為、自分なりに人を見る目は鍛えてきたつもりでいる。
そしてこいつからは悪意なんて微塵も感じない──が、それが平氏の連中に伝わるかと言うと、そんな事はないらしい。

「そこの女、控えろ」

「っ!」

隣の船で宴を楽しんでいた数人の平氏が訝しげに睨みつけ、将臣を庇うように立ちはだかる。

「得体の知れない小娘だ」

「海上で浮いておった。怨霊の類に違いない。お前達を操ることが出来るこの平家に刃向かうか?」

「え?私は怨霊なんかじゃ」

「口を慎め、穢らわしい」

……何か悪いことをした訳ではないのに、なぜここまで罵倒されてるのか。まあ、武士の世界はこんなものなのかもしれないけれど。
理不尽な状況に戸惑っていると、様子を見ていた将臣がゆっくりとこちらに近付いてきた。

「かっ、還内府殿!それ以上近付いてはなりませんぞ!」

「大丈夫だ」

「しかしその者の身元はまだ」

「だから大丈夫だって。それとも、さっき言ってたように、俺の言うことは信用出来ないか?」

いつも通りの話し方、いつも通りのノリで話しかけているはずなのに、その様子に反して空気が張り詰める。それに気付かないほど彼も馬鹿ではないようで、一瞬にして表情が強ばった。

「っ、き、聞いておられたのですか」

「……お前ら、ああいうのはせめて誰にも聞こえないところで話せよ。それと、こいつは俺の知り合いだ。もしそれ以上無礼を働くってんなら容赦はしない」

「──は。失礼致しました」

ばっと頭を下げて足早に去っていく。一瞬、訝しげに蒼空を見た気がした。
それから将臣はくるりとこちらを向き、先程までの空気から一変、人当たりのいい笑顔を見せた。

「騒がしくなったな。悪い」

「気にしないで。それよりその、将臣…くんは、大丈夫?」

「ああ、どうって事はない。こんなの日常茶飯事だしな」

「……そっか」

浮かない顔はこちらを心配しての事だろう。ありがとうな、と頭を軽く撫でると、口をぱくぱくさせて顔が真っ赤になる。

「まっ、ままま、将臣…くん!」

「将臣でいいぜ。って、まあ呼び方は何でもいいか……それより聞きたいことがある」

「あー、まあそうだよね、聞かれるよね」

「答えてもらえるか?お前が何者なのかを」

鋭い視線が向けられる。嘘をついたらきっと見透かされてしまうだろうと感覚で分かった。でもここで素直に答えたところで、何を言っているのか全く伝わらないという自信しかない。
だから私は、精一杯の嘘を考えるしかなかった。

「実は、将臣くんと同じ学校の生徒なんだ。まあクラスが違うから1度も喋ったことないんだけど、仲のいい幼馴染みがいるっていう噂を聞いたから一方的に知ってて」

まずい。口を開けば開くほどさらに胡散臭くなってしまう。流石に怪しすぎたな、と、おそるおそる将臣の顔色を伺うと、意外にも少し驚いたような表情をしていた。

「望美のことも知ってるのか」

「え?……あ」

「ちょっと聞きたいんだが、学校に──ああ、いや。何でもない」

おそらく将臣は私が自分のことを誤魔化したことに気付いている。それでも望美の安否が知りたくて、つい口走ってしまったんだろう。
そんな様子を察してしまい、ついた嘘の内容にとても後悔した。

「まあ、誰にでも言いたくないことの一つや二つあるもんさ。なにか事情があるんだろ?だったら深くは聞かねえよ。それにお前は平家の敵って感じでもなさそうだし、あいつらにもきちんと説明すれば分かってくれるはずだ」

「……うん、ありがとう。いつか話せる時が来たら絶対話すから!」

「OK. 気長に待ってるぜ」

彼が優しく笑ってくれたのを見て緊張が解れる。
この時空に突然飛ばされてきた自分にさとって、1人でも信じてくれる人がいるというのはとても心強かった。
それは、将臣にとっても同じなのだろうか。私が有川将臣という人物として見ることで、彼の気持ちが少しでも軽くなってくれたら嬉しい──そう心から思った。
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