出逢い
今、どうなっているのだろうか。ただ体が宙に浮くような感覚だけが伝わってきている。
暗闇の中、記憶を辿って先程までの出来事を思い出す。白龍に呼ばれて、時空の波に流されて...それから何が起きたのかは分からない。

何にせよとりあえず目を覚まさなければと思い、重たい瞼をゆっくりと開ける。
目の前に広がったのは大きな御座船。めでたい事でもあったのだろうか、その船に加えて周りの小さな船でも、演奏したり何かを飲んだりしているみたいだ。
そして、気付く。

──私、どうやってこの景色見てるの?

理由は簡単。いま蒼空が見ているのは上からの様子。つまり彼女は、宙にいるということになる。


「あー、ここ空中か...って、はぁ!?ちょっと待っ、お、落ちる──!」


騒いでも重力には逆らえなかった。
みるみるうちに急降下して、先ほどいた高さからかなり下にいるような気がする。まあ、そんなの確かめる余裕なんてないのだけれど。


「ぎゃぁぁぁ〜〜〜!助けて!ほんと誰か!!ヘルプ!!」


"───"


瞬間、誰かの声が聞こえた気がした。












「還内府殿は先日の戦でも大活躍だったそうだ」

「流石は蘇りし清盛殿の嫡男ですなぁ」

「馬鹿言え。あのような者、重盛殿を騙っているに過ぎん」

「しかし...」

「ともかく、あのお方がいれば平家も安泰。我らが一門の為に尽くしてくれておるのだ。素性など二の次で良いではないか」

「我々は彼を信じて戦うのみ、か」




「......」


話の種となっている張本人は、平氏達の会話に微かな胸の痛みを覚える。いつからだろうか、平重盛の蘇り──還内府と呼ばれるようになったのは。



約3年前。邸へ忍び込んだ事がバレたとき、病でこの世を去った重盛によく似ているという理由だけで清盛に助けられた。そして、自分を養ってくれている平家に恩を返すため力を尽くすことを決める。このときはまだ"有川将臣"と呼ばれていた。

世話になってから半年も満たない頃、恩人である平清盛が逝去。それからが全ての始まりだった。
亡くなった1ヶ月経った頃のことだ。棟梁の床の間に1人の子供が鎮座していた。初めに見た者が「曲者!」 と叫び、その声を聞いた者が集まってくる。するとその少年はゆっくりと口を開いてこう言った。


「皆で我の床にずかずかと入りおって、一体なんの騒ぎだ?...なんて聞くのもおかしな話か。まあ、少し落ち着くがよい」


彼は自分のことを清盛だと言い張った。そして駆けつけた忠度の、彼は幼い頃の兄そのものである、という証言によって事実だと知る。
このとき清盛はもう有川将臣という男の存在を忘れて、蘇った重盛だと考えていた。いくら否定しても、我が息子のことを見間違えるはずもないと言って聞かなかった。

それからというものの、清盛は自らに使った死反の術を亡くなった平家を生き返らせるために使い始めた。初めこそみんな戸惑いを隠せなかったけれど、立て続けに起こるうちに段々と不思議に思わなくなってきた。これは清盛殿のお力なのだ、と。

そしで3年が経った今、あろうことか全ての平氏が自分のことを生き返った重盛──つまり"還内府"であると言い始めた。記憶を失っていない彼らでさえも。




「...どうした?"重盛兄上"」


ハッと我に返る。声のした方を見ると、着崩した狩衣に2本の刀を帯刀し、言動・行動共にスローペースな平家武将、平知盛がいた。


「具合が優れないようだ」

「別に?何でもねぇよ」

「そうか...?俺はてっきり、あの話題に何か...引っ掛かるものがあるのかと思っていたぜ」

「──分かってて来やがったな。ったく、お前らしいっつーか」

「クッ...お褒めに預かり光栄だ」

「褒めてねぇよ」


苛立ってはいない。平家を護るためには都合がいいから名を騙っているのが事実で、人によって、そんな得体の知れない居候に対しての考えは違うってことも重々承知だ。
それでも名を呼んでもらえないというのは中々辛いものがあり、少し前のように呼んでくれることを待っている自分がいる。


「...知盛、酒に付き合え」

「......面倒だが致し方ない、か。他でもない...兄上の頼みだ」

「俺は兄上じゃねえよ。弟は別にいる」


とにかく呑んで気を紛らわせよう。
そう思い、盃を口につけた──その時。


「〜〜〜っ!」


「...声?」

「還内府殿、上から何者かが!」

「奇襲か」

「いえ、その...叫びながら降ってきます!」


言ってる意味が分からない。戦場なら、人が吹き飛ぶように倒れる姿が思い浮かぶだろうけど、今は思いつきで始まった月見の宴だ。そんな状況が起こり得る訳がない。
とは思ったものの、先程から聞こえる悲鳴が徐々に大きくなってくるのも事実で。



「...ぁぁぁ〜〜〜!助けて!ほんと誰か!!ヘルプ!!」

「──危ねぇっ」


真っ逆さまに、目の前の海へと落ちてくる。助けようにも間に合うか分からないが、とにかくそちらへと全速力で走った。そしてもう間もなく水面へ差し掛かろうとしたとき。


「──ゅう」

「っ、何だ、眩し...!」


何かを呟いたかと思うと、突如、彼女の体が白い光に包まれる。眩みつつも目を凝らして見ていた俺は、不思議な光景を目の当たりにした。

海面すれすれにあった彼女の身体が反転して元の体勢に戻り、ふわりと水飛沫が宙に浮きあがる中、ゆっくりと船に降り立つ。それはあまりにも幻想的な雰囲気で思わず息を呑んだ。











──い、いま何が起きたの?


頭が追いつかない。あんなに高い位置から落ちたというのになんで生きてるのだろうか。周囲を見渡して、先程まで上から見ていた御座船に乗ってしまったらしいというのは理解した。

とりあえず船の主を特定しようとその場から歩こうとして...そして止まる。いや、固まってしまったというのが正しいのかもしれない。

それもそうだ。


「お、おい。お前大丈夫か?」


「......有川、将臣?」



だって、目の前に、自分が愛してやまないゲームのキャラクターが立っているのだから。
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