龍神の声
「お母さん、本屋覗いてきてもいい?」

「別にいいけど遅かったら置いていくわよ」

「はいはーい、分かった!」


都内に位置する大型ショッピングモール。そこへ母と買い物に来ていた少女、神埼蒼空は許しを得て1人本屋に向かった。母のお願いを聞き、休日の時間を割いて付き添っているんだからこれくらい許してもらわなきゃ困る。

季節は冬。もうすぐクリスマスが来る頃だ。
といっても一緒に過ごすような恋人なんていないし、友人と遊ぶ用事も特に立てていない。そんな事より大切な用があった。


「はぁ、愛しい...」


手に持っているのはゲームの攻略本数点。蒼空は暇さえあればひたすら没頭するほどゲームが大好きで、中でも乙女ゲームと呼ばれる恋愛シュミレーションがお気に入り。
クリスマスは自分が大好きなレーベルの制作発表イベントが待っている。友達と遊びたいのは山々だけどこればかりは譲れない。

数冊の本を大切そうに抱えて、くるりとレジの方向へ体を向けた。


「よし、これ買ったら次は新作ゲームを...っ...!」


ぴりっと頭に痛みが走る。風邪でもひくのかな、なんて思いつつ痛みの反動で閉じた瞼をゆっくりと上げる...と、目の前に見えていたはずのレジが無い。

驚いて周囲を見渡してみたら、レジだけではなく書店そのもの、さらに言えば自分がいるショッピングモールのお店の1つさえ見当たらなかった。
ただ白い空間にぽつんと立っている。人の声もまったくせず、聞こえるのは時折響くどこか神聖な雰囲気漂う鈴の音だけ。

──鈴の音?白い空間?
ふと、その2つに覚えを感じる。


「あはは、まさかね...」

"........."

「えっ」


微かに声が聞こえた。それは先程感じた覚えと合致する...ゲームの世界で聴いたことのある声。


「いや、だって...ありえない。わたし望美ちゃんじゃないし、そもそもゲームだし」

"神子の名を呼んだ?"

「...気のせいじゃないのか」


気のせいだと信じたい。が、長年愛してやまなかった物語。聴き誤るはずがなかった。
この声は白龍だろう。あの某レーベルの大作である、遙かなる世界に飛んじゃうシリーズに出てくる彼に間違いない。


"私の声に応じてくれた あなたが新しい存在──双龍の神子"

「双龍、ってそんなの聞いたことない」

"神子を救う 新たな存在だよ"

「そんなこと言われても。まず、あなたが私の世界に存在してる事自体おかしいのに」

"おかしい?だけど あなたに声は届いた"

「でも...って、うわぁ!?」

"神子を助けて"


ザザ...と、どこからか水の流れる音が聞こえる。
これはまさか、あの冒頭で望美ちゃんたちが時空の狭間を流されていたアレではと察知。


「ねえ、待ってよ!」

"ごめんなさい これ以上は力、足りない"

「私これから何をすればいいの!」

"理はあなたの心に 双の神子 どうか無事でいて──"

「白龍!」


そのまま彼の声は聞こえなくなった。
どうすればいいのか分からずに悩んでいる間に、気付いたら先程から聞こえていた音が近付いていることに気付く。


「これ、まずいんじゃ...!?」


と、呟いたその瞬間どっと波が押し寄せる。
まずいと思った時にはもう遅い。一気にその流れに飲まれ、あまりの水圧にすぐ意識が保てなくなりそうだった。

──どうしよう、このままじゃ私

消えかかっている感覚を必死に研ぎ澄ましてゆっくりと手を先にのばす。意味なんてないと分かっていても、何故かそうしなくてはと思った。



目の前が暗くなるそのとき誰かに手を引いてもらったような気がしたけれど、確かめる間もなく瞳を閉ざした。
しおりを挟む back