log1/花待りか
『新宿ー、新宿です。山手線内回り、次は代々木に…』
電車を降り、混雑する改札を出た。もう道順はすっかり頭の中に入っている。静雄は早足でポケットに手を入れながら黙々と歩いた。1時間ほど前、頭の中のイライラがどうにもおさまらなくて、静雄は新宿へ行くことを決めた。理由など一つだった。ある男を殴るため。
(殺す!今日こそ殺す殺す殺すっ、臨也の野郎ッ…!!)
またしても池袋で事件を起こしてくれた。大体静雄にふりかかる事件に臨也が絡んでいることは静雄ももう知っているのだ。静雄は見知った路地を横切り、ある高級マンションの前まで来た。ぐっと拳を握り締め、エントランスへ入ろうとする。すると、ガー…と自動ドアが開いた。さらりと流れる黒髪、赤い瞳。その姿が目に入った瞬間、静雄は一気に駆け寄った。
「いいいーざやああああ!!!」
「、え?」
その男は静雄を見るなり驚いたように目を見開いた。金髪のバーテン服の男がいきなり殴りかかってきたらそうなるのも仕方がないだろうが。静雄はその顔を見て、慌ててぐっと腕を引いた。臨也ではない。男のすぐ傍でぴたりと身体が止まる。よくよく見れば、身長も臨也より高いし、髪型も少し違う。着ている服も、ネクタイがきっちりしめられた上品なスーツだ。静雄ははっとしてぺこ、と頭を下げた。
「、す…すんません。人違いで、」
「あ、ああ、構わないよ。…臨也に何か用かな?」
「、…」
確かに臨也、と口にしたのを聞いて、静雄は顔を上げた。男はにこ、と微笑み、人差し指をたてて上を指差した。
「臨也なら部屋にいるよ」
「……」
「あいつがまた何か、したのかな?」
すまなさそうに男は苦笑した。所々臨也に似ているが、やはり別人だ。見つめられる赤い瞳は臨也と同じ色だが、どこか暖かみを感じた。
「い、いえ……たいした用じゃ、ないんで…」
「そう?」
「…い、臨也のこと、知ってるんスか」
臨也の妹のことは知っているが、他に兄弟がいるなどといったことは聞いたことがなかった。ならば親戚か。最初は臨也の情報屋の客かとも考えたが、全くの他人とは思えなかったのだ。
「ん?うん、臨也は俺の弟なんだよ」
「……へ、」
「あ、ロックの番号わかる?俺開けてあげるよ」
「、…いえ。今日はもう、いいですっ」
マンションの中へと続く、ロックのかかったドアへ番号を打ち込もうとした男に、静雄は首を振って言った。男はきょとんとした表情を見せたが、「そう?」と指を止めた。
「それじゃあ、俺ちょっと出かけなきゃいけなくて。また来てやってね」
「、はい…」
「ばいばい、またね」
男はひらひらと静雄へ手を振ると、マンションのエントランスを出て行った。静雄はしばらくそこにぼうっと立ったままだった。エントランスに残る香水の香りがとても心地よくて。