log20/はやし





「臨也…それってどういう」

冷静じゃいられなくなる、とはどういう意味なのか。
臨也の言葉を上手く噛み砕くことが出来ずに、静雄は向かいの席に腰掛ける臨也を凝視する。

「どうって…そのままの意味、だよ」

普段の臨也からは想像もつかない程の歯切れの悪さで言葉を紡ぎ、そして静雄から寄越される視線から逃れるように顔を俯かせた。
冷静ではいられなくなる。という「冷静」の言葉の意味をそのままと捉えるのであれば、臨也を前にする自分もそれこそ「冷静じゃいられなくなる」という状態になるのだろうと静雄は思う。
しかしその「冷静」と、臨也の言う「冷静」は違うものだということだけは、臨也の纏う雰囲気から理解できた。

「臨也、」

何と続けたら良いのか分からず困ったように顔を傾ける静雄に、先程まで俯いていた臨也もやはり困ったように眉尻を下げた。
顔を合わせれば喧嘩だなんだと怒号(主に静雄の)が飛び交う2人の間に珍しいと思える程の沈黙が流れる。
自分たちが座るテーブルの周りには他の客たちが会話に花を咲かせているし、BGMは流行の音楽が絶え間なく流れているがそのどれもが耳に上手く入ってこない。
自分たちのいる一角だけが別の空間にいるように静雄は錯覚した。
気まずい…。それは多分、臨也の方も同じ何なんだろうが。

何だろう。なんだかドラマで見たことのあるような、そういえば幽の出演していたドラマでの恋人が喧嘩の末にぎこちない
仲直りをしていたシーンがあった。ような気がする。
あの時は「もどかしいな」くらいに新発売で買ってきたサワーをちびちびと少しずつ飲んで見ていただけだった。第三者としてTV越しで見ていた光景が今まさにこの状況じゃないのか。

「え、…ぁ…臨也、臨也それって」
「ずっと、たぶんずっとシズちゃんの事が好きだったんだ。今までの事もあるから信じてもらえないかもしれないけど」
「好き…」

ぽつりと繰り返して呟いてみる。
あの化け物だなんだと高校から自分をそう蔑んできた臨也が、自分に対して言ってくる台詞だとは俄かに信じられない。
だが同性同士だとか相手があのノミ蟲という事実に不思議にも不快感を感じる事はなかった。
この台詞を言ったのが慧也だったなら、自分はどう返しただろうか。と考えて頭を振る。
慧也さんなら、慧也さんだったら。
これが原因でいらぬ諍いがあって、謝るタイミングを逃し続けて、この状況じゃないか。

では自分は臨也をどう思っているのか、好きなのか、嫌いなのか。
自分は慧也に臨也を重ねていて、それは逆も然りな訳で。それは、つまりはそういう事なのだ。
自分も臨也の事が好き、なのだろう。
気付いた静雄は頬をみるみる赤く染めていく。臨也の白い肌も、ほんのりと赤く染まっていて俯くようにしていた視線は上げられ、静雄をまっすぐに見ていた。

「臨也、俺…」

出てくる言葉の続きはどんどん小さくなっていき、最後には掠れたような小さな声音。

小さなテーブルを挟んで男2人が真っ赤になって向かい合って座ってるなんて、異様な光景、な気がする。

「シズちゃん」

テーブルにのせている静雄の手に臨也の手が重ねられようとした瞬間。

「悪い悪い!静雄ー、待たせたな」

しかし静雄の当初の待ち人であるトムが電話を終えたらしく店内に戻ってきて、空振りに終わる。
臨也はガクリと肩を落とし、静雄は慌てて振り返った。

「ト…トムさん…!」
「?どうした、静雄」

顔を真っ赤にさせた静雄の慌てぶりに首を傾げたトムだが、静雄のうしろに臨也の姿を確認して、先程まで2人の間に何があったのかを知らないトムは、今までの2人の関係から何かを感じたのか眉間に皺を寄せた。
トムの表情が微妙に変わった事に気付いた臨也は席を立つ。

「それじゃあ、シズちゃんまた連絡、するから」
「ぇ…あぁ、」

臨也は足早にトムの横をすり抜けて店内から出て行く。

「なんかあったのか?静雄」

状況を飲み込めないトムに静雄は「何でもないです」とだけ答え、曖昧に笑って誤魔化した。


高校時代からひらいてしまっていた距離を臨也の兄である慧也の登場で一気につめた。
しかし初々しいカップルにはハプニングが付き物。
足音はすぐ近くまで近づいている。



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