log19/花待りか



(……うとうとしてきた…)

池袋のファーストフード店の窓側の席に座り、静雄は遅い夕飯をとった後だった。客の話し声の中に、微かに聞こえる心地よい音楽。静雄は一人、上司である田中トムを待っていた。一緒に夕飯を食べたのだが、電話がかかってきて上司は慌てて携帯を耳に当てながら店の外に出て行ったのだ。

(トムさん、…なんかトラブルの電話っぽかったし…長くなるかもな)

硬いイスに背を預け、テーブルに置かれていたシェイクを手に取る。やはり自分はこれが好きだ。夕食と一緒に注文したら、上司に「相変わらずだな」と笑われたが。

(そういえば…この席…)

ずず、とストローを吸い上げて思い出す、黒髪の優しい男。あの日も、確か自分はこの席に座っていたっけ。…見知った顔によく似た男の顔を思い浮かべた。

『シェイク好きなの?…カワイイね』

静雄はついシェイクの容器を掴む手に力を入れてしまって、はっとして慌てて緩める。犬猿の仲であるはずの臨也とよく似ていて、だけど違う、魅力溢れる人だった。

(また会えるかって聞いたら、勿論って言ってたけど…)

ぼうっと肩肘をつき、静雄は窓に映る自分の姿を見つめた。その奥に、池袋の夜でも明るい街が広がっている。すると、いきなりコンコンと窓が鳴る。静雄はびくりとした。すっと目の前にガラス越しに現れたのは、

『シズ、ちゃん』

形の良い唇が動く。そこにいるのは黒いジャケットを着た、兄の慧也ではない…そう、慧也はもうニューヨークだ。静雄の名を口にしたのは、弟の臨也。静雄はどきどきっと心臓の音が早く大きくなるのを感じた。…そうだ、まだ、静雄は臨也に謝れていなかった。その気まずさからくるものだろう。静雄はそう思った。

「、いざ…」

臨也は静雄と目が合ったのを確認すると、ふっと窓から離れた。きっと店内に入ってくる気なのだろう。どうする、と静雄はぎゅっと拳を握り締めた。いや、この状態でどこかに逃げ出すなどできるわけがなかったし、きっとここで言わなくてはだめだ。静雄は俯きがちに臨也がこちらへ来るのを待った。

「……捜したよ」

カタン、と向かい側の席のイスが動く。静雄はテーブルをじっと見つめていた。何て切り出せばいいのか、わからなかった。というか、こうして臨也と向かい合わせになって座るということすら初めてではないだろうか。ちら、と静雄は臨也の方へ目線をやる。するとばちっと目が合ってしまい、静雄は不自然に逸らしてしまった。

「、…シズちゃん、俺、」
「…っあ、…臨也、その、」
「ごめん。…怒鳴るつもりはなかったんだ、けど…」

臨也の口から出た謝罪の言葉に、静雄ははっとして顔を上げた。申し訳なさそうに静雄を見る臨也の表情は、普段の臨也とは違って見えた。先に誤られタイミングを見失い、静雄の口は謝罪とは別のものになってしまう。

「…慧也さんが…」
「、…兄貴?」
「言ってた。おまえも、きっと…俺に謝りたいと、思ってるって…」

そのとおりだった、と口に出せば、臨也は少しだけ眉間に皺を寄せた。慌てて口を閉じて後悔する。つい言葉にしてしまった。

「…これも、兄貴の考えた通りだった…ってことか…」
「…別に、それは。…そ、そうじゃなくて。臨也、俺」
「君が。…君が、兄貴の名前を呼ぶと、……俺は冷静じゃいられなくなる」

周りの人々の声が一気に小さくなったように思えた。音楽もいつの間にか聞こえない。まるで、どこか別の空間にでもいるような。静雄は臨也の言葉を理解するのに、頭をフル回転させていた。


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