log17/花待りか



思えば昔から…兄は一枚上手だった。臨也のする行動の一歩先を読み、意地の悪いことに気づかないフリをして過ごすのだ。その余裕綽々な笑顔が苦手で、随分自分なりに頑張ってみたものだが、結局は臨也の努力が報われることはなかった。臨也はゆっくりと顔を上げた。そこには見慣れた顔があった。

「…臨也」

優しく自分を呼ぶ声。紡ぎだされるそれに、臨也は一瞬、今まで考えていた兄のことを忘れる。金色の髪が揺れる、バーテン服に身を包んだその男は、臨也にだんだん近づいてくる。

「し、シズちゃ…」
「臨也」

ずいっと顔が近くなり、臨也は一歩退こうとしたが、うまく足が動かなかった。金髪の男…静雄はにいと口の端を上げる。普段見せないような笑みで、臨也はどきりと心臓が動いたのを感じた。

「…お前に、言わなきゃいけないことがあって…」
「え、…」
「…俺…その、実は……」

顎を引き、じっと上目で見つめてくるその姿。長い睫毛の一本一本まで美しく、臨也の赤い瞳に映る。静雄はそうっと桃色の唇を開いた。

「慧也さんと、付き合うことになったんだ…っ」
「、はあ!?」
「おまえのおかげで慧也さんに出逢えた!ありがとう臨…」
「やあ臨也!」

臨也が目を見開いて固まっていると、静雄の後ろからひょいと男が顔を出した。器用に笑ってみせた、整いすぎているほどのその顔を知らないはずもない。思い出さないはずもない。自分と同じ黒髪に赤い瞳。静雄がぼそりと呟く。

「慧也さん、」
「お待たせ、静雄…」
「、ちょっ…シズちゃんを呼び捨てかよ兄貴!ていうかそこじゃなくてっ…なんで付き合うって、…」
「もー臨也がうだうだしてるから、俺がもらっちゃうことにしたよ〜!静雄は俺の好みだし、…静雄も俺のこと、好きだよね?」

「はいっ、慧也さん…」と語尾にハートマークでもついてそうなくらい、憧れの眼差しと共に静雄は即答した。臨也は頭が混乱する。最悪の事態だ。そう思っているうちに、慧也はひょいと静雄を姫抱きにしてしまう。

「このままニューヨークに一緒に行こう、静雄!」
「慧也さん…俺、どこまでもついていきます…っ!」
「ちょおっ…嘘だろ、シズちゃ……っ、待ちやがれ兄貴ぃ!!」
「待たないね!…おまえが素直に言わないのが悪いのさ」

そのまま走り出す慧也を追おうとしたが、ずしんと急に身体が重くなった。足がぴくりとも動かない。伸ばした手が微かに震えた。二人はだんだん小さくなり、どこかに吸い込まれていく。臨也だけが残されて。

「シズちゃ、っ…」
「もう会うこともねえけど、じゃあな、臨也〜」
「、シズちゃん、…待っ、俺、…俺だって君のこと、っ…!」






「好きなっ……、っぃいっ!!」

ガツンッ!と鈍い音がし、どさりと臨也は床に倒れこむ。しいんと静まり返る室内。臨也はぼうっとしたまま、テーブルの角にぶつけたと思われるズキズキと痛む頭を手で押さえた。テーブルとソファの間で、臨也はゆっくりと起き上がった。

「……夢か…」

そういえばソファでうとうととして、それから記憶がない。気がつけば部屋は暗く、時計は午後7時を示している。寝すぎたな、と臨也は立ち上がった。

「……嫌な夢を見たな。さすが慧也…夢の中まで…」

独り言を呟きながら、臨也はキッチンに向かう。温かい飲み物をいれるために湯を沸かしながら、はあと息をついた。シャレにならないと思う。実際、夢の中で泣きそうだった。

(……まさか、正夢なんかにはならないよな。…いや、ないない。兄貴はニューヨーク戻ったし…そんなすぐには日本に戻ってこないだろうし。いや違うか、問題はそこじゃない、だってあの…折原慧也だぞ。ああなんでシズちゃんを気にいっちゃってんだろ、そんなとこまで似なくたっていいのになぁ…大体兄貴はいつも、)

しゅわわわ、と沸騰する音がして、臨也ははっとしてクッキングヒーターのスイッチを切った。ポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。ふわりといい紅茶の香りが漂った。

(…俺、勝てるんだろうか)

慧也より優位に立てるのだろうか。脳内に慧也の余裕な笑みが浮かんできて、それを舌打ちで打ち消しながら、臨也は小さく小さくため息をついた。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -