log15/花待りか



「静雄、俺先に行ってるな」
「あ、…す、すみませんトムさん。すぐ追いかけますんで、」

トムはすれ違う瞬間、ちらりと慧也の顔を見た。慧也はそれに気づき、にこりと微笑んだ。まさか気づかれるとは思ってなかったトムだったので、慌てて自身も笑顔を作ると、そのまま人ごみに紛れていく。慧也は静雄に向き直ると、申し訳なさそうに眉を寄せた。

「邪魔したなあ、仕事中だったよね」
「いえ、…それで、あの、…帰るって…」
「ニューヨークにね、…元々2週間の出張みたいなもんだったし。帰る前に、…君に一言、挨拶をしておきたくて」

週末の池袋は相変わらず人が多い。ちらちらと人の視線、特に女性からの視線が集まってきているのがわかる。慧也は今日も完璧だ。

「挨拶、…え、飛行機、成田ですよね、……わざわざ?お、俺に?」

しかも今日、池袋のどこに自分がいるかは慧也は知らなかったはずだ。ここで静雄が通るのを待っていたのか、それとも池袋を捜し歩いてくれたのか。どっちにしても、今日彼がニューヨークに帰るのは間違いなく、飛行機の時間も決まっているわけで。

「だって何も言わずに帰るのもさ、…会えてよかった。ちょっと賭けみたいなとこ、あったから」
「慧也さん、忙しいのに、」
「最初は臨也に伝言頼もうとしたんだけど、あいつ絶対静雄くんには伝えなさそうだし」

くっくっと慧也は笑ったが、静雄は『臨也』の言葉にはっとしたような顔をする。それに気づいた慧也はすぐに笑うのをやめた。

「…俺、何かまずいこと言ったかな?」
「…いえ、その。…臨也に、俺…」

だんだんと静雄は慧也の顔が見れなくなる。慧也はきょろきょろと辺りを見回した後に「ちょっと」と静雄の腕を引くと、ひとつ路地に入った。人がいくらか少なくなる。

「…また臨也が何か、」
「あ、いや、…俺が。…俺が臨也に、謝らないと…いけなくて。臨也に、…」

静雄はぐっと唇を噛む。あれから臨也には会えていない。一体いつ、ちゃんと謝れるのだろう。自分から新宿に出向く勇気が、静雄にはなかった。しゅんと下を向いた静雄の顔を覗き込むようにして、ふわりと慧也の手が静雄の髪に触れる。

「…そんなに気にしないで。臨也もきっと、…君に謝りたいと思ってる」
「、え…」
「ああ見えて不器用でね、なかなか素直じゃないんだよね〜昔っから。…」
「……」

慧也は苦笑すると、そのまま静雄の髪をわしゃわしゃと撫でた。静雄が顔を上げれば、慧也はやはり綺麗に微笑んでいる。…一瞬臨也に見えて、静雄は目を見開いてしまった。慧也はそれには気づかなかったのか、自身の腕時計を確認すると驚いた。

「…っわ、残念だけど、もう行かなきゃだ」
「あ…、…え、慧也さん。あの、…また、会えますか」

慧也の黒髪がふわりと揺れた。慧也は微笑んだまま頷く。

「勿論。今度は静雄くんにも、俺おすすめのニューヨーク土産を持ってくるよ!」

手を数回振ると、上質そうなスーツのジャケットを翻して慧也は駅方向に歩いていった。静雄はその背中をぼうっと見送っていたが、仕事中だったことを思い出し、慌ててトムの元へ向かった。

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