log11/花待りか
「Thanks for calling…」
さらさらと黒い手帳にペンを走らせ、慧也は決まり言葉を切り出した。最後に「Good bye」と別れの挨拶をし、携帯を切る。それと同時に、かちゃりと後ろのリビングのドアが開いた。
「電話、終わった?エリ兄」
「うん。リビング、入ってくれてよかったのに」
「話…待……」
「ありがとう二人とも」
双子の妹は慧也の電話が終わるのを廊下で待っていたらしい。慧也は二人の頭を撫で、携帯と手帳をまとめてチェストの上へ置いた。
「…ねえエリ兄」
「なーに?」
「…楽…」
「楽しいこと?あったかって?」
ソファに座れば、双子が両側に引っ付いてくる。舞流がリモコンを手に取り、テレビの電源をつけた。慧也は笑って答える。
「すごく素敵なことがあったよ」
「服が買えたの?」
「それもあるけどね…もっと素敵な、楽しいことだよ。俺、やっぱり日本が好きだなぁ!」
静雄は猛烈に苛立っていた。バーテン服ではなく私服で、新宿のあるマンションの前に立っているだけだが、通りすがりの人々は顔を伏せ、とてつもない早足で去っていく。それもこれも、臨也、臨也、あの野郎!!
(この間殴れなかった分もこめて、二倍…いや三倍、いやいや十倍で返してやるっ!!)
またしても懲りずに臨也は池袋に面倒ごとを撒き散らしていった。それは全て静雄に降りかかってくるのだ。池袋で何かあれば、静雄の頭には黒幕は一人しか思い浮かばない。黒いコートが頭の中をちらついた瞬間、足は新宿へと向かっていた。
(…犬猿の仲、そうだ俺たちは犬猿の仲だ…ッ)
臨也とよく似た、だが黒い服はちらつかないある男を思い出す。その男が言った、自分と臨也との関係。あの時、静雄は明確に答えることができなかったが。
(……否定なんて、できなかった)
かといって、肯定も。一応肯定くらいすればよかったかもしれない。彼が静雄の様子をどう読み取ったかはわからない。それにしても、臨也と顔はあんなに似ているのに、中身は別人のように違う。いや別人なのだが、…静雄が臨也の兄、慧也のことを考え始めた時、マンションから人が出てきた。
「、…臨也ア」
「…シズちゃんか」
黒いシャツに黒いズボン。ズボンのポケットに手を突っ込んで、臨也はエントランスから下りてきた。静雄は眉を寄せる。臨也は笑っていなかった。いつもの臨也ではないような気がしたが、静雄は気のせいだと思うようにする。
「てめえ、また勝手なことしてくれたなぁ」
「…今日、休みでしょ。わざわざ新宿までご苦労様」
「ああ?…てめえ…!!」
つかつかと臨也に歩み寄る。臨也は表情を変えなかった。その目つきはどこかひんやりと冷たい。静雄は拳に力をこめる。臨也はため息と共に言葉を吐き出した。
「兄貴と、何話してたの?」
ぴた、と静雄の動きが止まった。臨也の突き刺すような視線が痛い。臨也の瞳はこんなに赤かっただろうか。真剣なその瞳に、静雄は握り締めた拳から力が抜けてしまうのを感じた。