「……は?」
「だからね、預かるってこと」
「…いやいや、何でだよ」
「……嫌なの?」
「そ、そんなこと言ってないだろ?」
「だったら良いじゃない、リリーは私に頼んでくれたの、いつもお世話になってるんだからハリーを預かるくらい良いじゃない。……せっかく2人でデートしたがってたんだから、ね?」
「あう」
「あ、ほら、ハリーも言ってるよ?」
にこにこ笑いながらハリーを抱く名前にあきれたのは否めない。俺だってリリーに貸しがある。……目の前でるんるん鼻歌を歌いながらハリーをあやす名前と恋人になれて、今でも一緒にいられるのはリリーやジェームズのおかげだ。まあ、逆らえはしないし逆らう気もない。
「あ、シリウス。私、洗濯物しなきゃ。あと皿洗いもしなきゃいけないから、ハリーを見てて」
「は、はあ?」
「…何、文句あるの?」
「ち、違う。だけど、」
「何言ってんの、あれだったら犬になれば良いでしょ……って駄目だな、シリウス大きいから泣いちゃう」
「…うるさい、早く行け」
「はいはい。……見ててね?ね!?」
ぱたぱた早歩きで歩く名前が見えなくなる。ベビーベッドであうあう言ってる親友のこども。悪いけど、俺はこどもが苦手だ。誰のこどもだとしてもあまり関わったこともないうえ、町で出会っても不快感しか持てない。そんな俺がどうやったら子どもと付き合えるっていうんだよ?普通に考えたら無理だ。とりあえず、見ておけばいいんだよな。ベビーベッドの脇に座って柵越しにハリーを見つめる。どこかを見つめて手を伸ばすハリーの髪は親友にそっくりで、瞳は親友の妻にそっくりだ。上手い具合に混ざったな、お前は両親から2人の特徴を受け継いだんだ。柵の間から指を一本伸ばして、ハリーの手に触れる。ぎゅっと思った以上に強い力で握りしめられた。
「う、お」
「んー?なんか言った?」
「何でも、ない」
面白い。…赤ん坊なんか触ったの久しぶりだ。俺とレギュラスは大して年が変わらないし、知りあいに赤ん坊が出来たのもこれが初めてだ。小さい手。この小さな赤ん坊が大きくなっていつかホグワーツに通って、恋をして、就職して、結婚して、こどもをつくって、年老いて死んでいく。そのときは俺はもう死んでいるのかもしれない。そうか、かつては俺もこれぐらい小さかったんだ、育ててくれたのは…あの、母親。ギリっと歯が鳴る。憎い、憎らしい、でも、俺を16まで養ってくれた。こうやって手を握ってくれていたんだろうか?もう覚えていない、覚えていたくもない。脳の奥がしびれるような感覚がする。俺は、正しかったのだろうか。
「う、あー」
何も、知らないんだ、この子は。あまりにも無垢で純粋な目。自分が酷く汚れた人間に見えてくる。握られていない方の手の指でハリーの頬をつつく、嬉しそうに笑う。自分のこどもでもないくせに、愛しくなってくる。そうか、そういえば俺も親ではあるんだな、"ハリー"と名付けたのは俺だ。
「……ハリー」
「あ、う」
「…………」
「うあ、ああ!」
な、泣きだした!指が折れるほど強く握られ、今の俺では不可能なほど顔を歪めて全身で泣く姿は清々しかった。感心してる場合じゃない、俺にはどうしたらいいのか分からない、誰か、誰か!
「お、おい!名前!」
「なあに、そんな大きい声出さないでよ」
「ハリーが!泣いてる!」
「聞こえてるよ、そろそろお腹が減る時間なの」
「そ、そうなのか?」
「もう、シリウスは慌てすぎ。いつかこどもが出来たときに立派なパパになれないよ」
その言葉にどきりとした。慣れた手つきでハリーを抱き上げ、哺乳瓶でミルクをあげる名前は不思議にも綺麗だった。微かにハリーを揺らして、微笑みながらハリーを見つめる。
「……慣れてるな」
「そう?よくハリーを抱っこさせてもらってるからかな」
「…そういうものか?」
「そういうもの…っ!な、何?」
「いや、なんとなく」
「びっくりさせないでよ、ハリー落としちゃうじゃない」
「……なあ、」
「ん?」
「いつかこどもが出来たときって、さっき言ったよな」
「……あー、うん」
「俺、誰とこどもつくるんだ?」
「……え?あ、いや、すきな人、とか?」
「へえ、すきな人」
「…う、うん」
「名前は作るのか?」
「…まあ、出来れば、ね」
「誰と?」
「…………」
「なあ、言ってくれよ。誰と?」
「……意地悪」
「そんなことはないだろ。なあ、誰と?」
「………す、すきで、愛してる人と」
「ふうん。今それに該当する人っているのか?」
「……も、本当に最悪」
「何が最も悪いんだよ。俺の質問の答えは?」
「……いるよ、ばか」
「馬鹿?聞き捨てならないな、何処にいるんだよ」
「………今、私の後ろにぴったりくっついてる」
更に強く抱きしめて、後頭部にキスをする。俺よりかなり小さい名前の首筋に顔をうずめて強く吸いついた。びくりと肩を揺らして、耳まで真っ赤にする名前が愛しい。それでもハリーを落とさないんだから立派だ。ハリーは名前の胸に埋もれて哺乳瓶を未だに掴んでいる。
「……シリウスは?」
「決まってるだろ」
「…教えてよ」
「もちろん、名前と」
名前をゆっくりと離して、真正面から見つめる。顔を真っ赤にしてあわあわと目を逸らす名前がものすごく愛しい。「お前としか、つくらない」と熱い頬に手を添えて言ってやると更に顔を赤くして、それでも嬉しそうに微笑むから堪らなくなってハリーの目を隠して名前にキスをする。……こんなの、こどもには見せられないだろ?まだお前は知らなくていいんだ。いつか訪れる恋や愛に必死になって足掻いて、自分が愛せるのはこの人だけだって思える相手が現れたら、名付け親として色々教えてやるよ。……ジェームズには邪魔するなとか、リリーや名前には余計なことを教えるなとか言われそうだけど。まあお前より先に、俺らのこどもに教えてやらないとな。
20100824